第95話 諦めきれない監督と正論パンチ
第95話 諦めきれない監督と正論パンチ
監督視点
今日の練習は衝撃が強すぎた。
確かに渡辺と田辺からのフリはあったよ?
だけど、想像のさらに斜め上を行くとか誰が想像できるよ。
俺は今日の練習を早々にきり上げ、同僚の早乙女と矢吹を連れて行きつけの居酒屋に来ていた。
この店は大将が野球好きで特に高校野球が大好きなんだ。
だから俺もこの店を懇意にさせてもらっているんだけどよ。
さすがに今日は飲まずに入れなかった。
「今日の岸辺、荒れてんな。何があった?」
早乙女はいつも通りか。
まあ俺がこうなるときは練習がうまくいかなかった時が多いから、今回もそう思ったのかもな。
俺は無言でタブレットを取り出し、俺の度肝を抜いた2人の動画を見せてやる。
普通なら俺がグチグチ言いながらやることを無言でやるから違和感を持ったんだろう。
早乙女と矢吹はタブレットを覗き込んで動画を見始める。
案の定2人は騒ぎ出す。
やれこの女の子のトルネードがヤバいだの、なんでアンダースローなのにワインドアップしているんだだの、ボールの軌跡のエグさなどを騒ぎまくる。
そうなると野次馬もできてくる。
そもそもこの店に来るのは野球好きだし、常連の俺が星華の野球部の監督ということも知っている。
やいのやいのと騒げば大将も出てくる。
「何だ何だ?むさ苦しい輩ばかりで何やっているんだ?」
「あ、大将、見て下さい。これ。」
「んなちっこい画面で見れるかってんだ。そこの大型モニタに繋ぎな。」
大将が見せの自慢である大型モニタを顎で指す。
矢吹が手慣れた手つきでタブレットとモニタをつなぐ。
「ほう?女の子か。」
大将が顎を撫でながらひと言。
そしてその子がトルネード投法で投げ込むのを見て喝采を上げる。
「こりゃたまげた!見事なトルネードじゃねえか!それも球威も悪くねえ!」
大将め。
俺の気苦労も知らずに楽しみやがって…。
ほかの客もモニタに視線が釘付けになる。
圧巻はあのフロントドアスライダー。
野球経験者も多いからあの変化のエグさがわかるんだろう。
どうやって攻略する?とかあんなの打てるかよとか声も聞こえてくる。
「これ、男だったら間違いなくドラフト一位だな。それも全球団が指名するレベルだ」
大将が満足そうにこぼす。
「大将、下手したらそんなのじゃすまないかと」
「ん?岸部の旦那、どういうこった?」
「この子曰く握り方が分かれば全球種投げれるんだそうです」
「は!?」
「ナックルも、スラーブもパワーカーブも縦スラも、です」
「…とんでもねえ化け物だな」
「です。こればかりはこの子が女の子でよかったと思います。この子がマウンドに上がればほぼ誰も打てないですよ。投げてくる球種が多すぎて絞れませんから」
「なるほどな。観客たちからしたら飽きちまうな」
「そうです。波乱が起きないスポーツは楽しめません。まあ、この後に出てくる彼氏もヤバいんですが、ね」
「お前さんがそういうってことはキワモノか?」
「キワモノもキワモノです。正統派ではなくイロモノの、ね」
俺はタブレットのシークバーを動かしていく。
「見ていてください。彼がどんだけキワモノかわかりますから」
ワインドアップからのアンダースローが画面から流れてくる。
一様に絶句。
そりゃそうだ。
普通はバランスを崩さない様に極力小さなモーションを選ぶ。
だが、彼は違う。
悠然と腕を掲げてから体をかがめ、地面スレスレから投げ込んでくるんだからな。
これをキワモノと言わんでなんという。
「これは…岸部の旦那がイロモノのキワモノというわけだ。なんだこのモーション。体幹が異常だな」
「です。体幹がかなりヤバいです。野球ボールを二個重ねて、その上に片足で立てるんですから」
「なんだよその雑技団的な技術はよ」
大将も苦笑い。
観客からは星華の野球部にはいるのか!?と問い詰められたが、正論パンチで拒否されたと答えたら大爆笑。
「そりゃ岸辺っち、こいつがいうのがまともだよ」
「言われりゃ確かにそうだよな。誰が好き好んでこのクソ暑い中で汗だくで運動しなきゃならんのだ。俺らみたいにビールという清涼剤もないんだろ?」
「だな。まあ、俺等なんかもうベースランニングで息切れしちまうよ」
くそっ。
こいつら好き勝手言いやがって!!
夏に鍛えなきゃ強豪に勝てねえんだよ!
「で、正論で断られて諦めたのか?マムシの岸部監督よ」
「諦めたくなかったが、彼女たちの手伝いが忙しくて練習に参加できないってさ」
「そりゃまた正論で返されたな」
「青春している奴の邪魔なんかしていたら、俺が嫁さんに蹴り飛ばされるわ」
「ちがいねえ。岸辺の旦那の嫁さん、同じチームのマネージャーだからな」
「そういうこった。たまに手伝ってくれるみたいだからバッピを頼んだよ。そしたらそのくらいならって快諾してくれたよ」
「そりゃよかったな。だが、オレとしては決勝戦でこいつに投げてもらいたいな。こんな変態モーションで完全試合やらせてみたくねぇか?」
「大将、そりゃ欲張りすぎだよ」
矢吹が大将の願望を爆笑で流す。
「まあ、な。歴史に残る試合になるが、飽きられてしまうよな」
「なあ、岸部。ダメモトで聞いてみたらどうだ?チームのエースがへそを曲げてしまうかもしれんが」
「早乙女、ヘソを曲げることはないと思う。こんなモーションで変態的な球種を投げるんだぞ?むしろ尊敬していたよ。それに彼氏くん。普通にオーバースローもサイドスローもできるからそっちの方で底上げしてもらったほうが、後々役立つと思うんだ。」
「なるほどね。まあ、岸部がつぶれてなくてよかったよ」
「本物の化け物を見るとどうしても、な」
俺は繰り返し流れているデータを見て考えていた。
「岸部の旦那。こんなイロモノ投球の動画は中々見られないからこのままこのモニタで流していていいか?後から来た客も話題に混じりたいだろうし。」
俺は快諾したよ。
扱えない天才は、正直チームにとって猛毒でしかないと思う。
それが変態級の投手ならなおさらだ。
だったら俺たちが使いやすいように誘導するだけだ。
俺は高橋が間抜けに三振するところを見ながらそう思ったよ。
いいじゃないか。
入部してくれなくたって。
扱いを誤ってチームを崩壊させるほうが問題だろう。
入部拒否の理由も正論だ。
やりたいやつだけやればいい。
たまに彼氏くんに来てもらって部員をきりきり舞いさせればいいんだ。
そう思うことにしよう。
4/2に投稿を開始してまる3か月経過しました。
早いものでもう3か月です。
5月にはいきなり注目度ランキングに掲載されるハプニング(?)はありましたが、読んで頂ける皆様のおかげで、執筆のモチベーションは続いてます。
7月も毎日投稿できるだけのストックが出来上がってますので、毎朝6時をお待ちください。




