第8話 ルナ、旨味という新たな世界を知る
「さあ、みなさん、召し上がれ」
俺としては7年ぶり、異世界組の彼女たちにとっては初めての和食だ。
和食を食べるのが久しぶりすぎて、涙がこみ上げてくる。
「今日は恋人さんたちも蒼魔ちゃんの心の味を楽しんでもらえるとうれしいわ」
今晩の献立は白ご飯、わかめと豆腐とネギのおみそ汁、鮭の塩麹焼き、ほうれん草の胡麻和え、肉じゃがだ。
これだよ、こういう和食が食べたかったんだ。
確かにルナの料理もすごい。
彼女の料理が美味いのはまず間違いない。
でも、お袋の作る和食は手抜き流ズボラ派であるにも関わらずルナの料理とは別次元で俺に効く。
「んまーーーい!!」
サンはハムスターのように頬を膨らませ、ニッコニコでもぐもぐしている。
エルシアも目を見開いているから驚いているんだろうな。
レアは慣れないながらも箸を使いながら白米を口に運び味わうように頷きながら咀嚼している。
レアのことだ。
ようやく俺の故郷の味を食べることができてそれを噛み締めているんだろうな。
それで件のルナは⋯⋯、あー、やっぱりほうれん草の胡麻和えを一口食べてから固まっていた。
彼女にとって初めて味わう味だ。
衝撃を受けたんだろう。
「お、お母様、この葉物、どのように調理なさったので?」
おー、ルナの声、震えているな。
「ほうれん草の胡麻和えのこと?さっと湯通しして、水でさらして胡麻と調味料で味を調えただけよ?」
「で、ですがわたくしの知らない味があります」
「あー、それ、多分旨味のことね。和食独自の味と言えばいいかしら」
「こ、こんなの、こんな味わたくしは知りません⋯」
あー、ルナの中にある味の価値観が崩れていっているのかな?
ルナにしては珍しく混乱しているな。
「旨味はこの国独自の味だからルナちゃんは知らなくても不思議じゃないわね」
それまでうつむいていたルナが、ガバっと顔をあげてケラケラと笑うお袋を見る。
「それでは、もしかしてほかの料理にも?」
「ええ。みそ汁にも、鮭の塩麹焼きにも、肉じゃがにも旨味はあるわよ?」
ルナはそれぞれ一口ずつ順番に食べていく。
「どれも知らない味です。似たような味なのに全部違う⋯」
「使っているお出汁が全部違うからねぇ」
「お出汁?」
「そう、鰹だったり昆布だったり顆粒だったり発酵調味料だったりといろいろあるのよ」
知らない情報が多すぎて固まるルナ。
「ふむ。ルナ殿のそのような顔、初めて見るな。これはかなりレアなのではないか?」
普段笑顔を絶やさないルナが目を見開いて驚いている時点で激レアだよ。
「いつもルナはニコニコしているから、確かにこれはかなり珍しいわね」
エルシアも頷く。
「ルナお姉ちゃんのご飯も美味しいけど、ママさんのご飯も美味しいね」
サンは本当に無邪気だな。
俺もほっこりする。
「お母様」
ルナは真剣な顔でお袋に頭を下げた。
「わたくしにこの味を伝授いただけますか?」
「ちょっとルナちゃん!?頭を上げて!!」
あまりの真剣なルナにお袋もたじろいでいるな。
「お願いします!」
「大丈夫よ、安心して!蒼魔ちゃんのお嫁さんになるかもしれない人に教えることができるなんて最高じゃない!」
「いいのですか!?」
「もちろん。ルナちゃん、明日の朝食、一緒に作りましょう」
「お母様、ありがとうございます!わたくし嬉しいです!」
お袋にガバっと抱きつくルナ。
「冷泉家の味をちゃーんと引き継いでちょうだいね?ルナちゃん」
お袋はルナの後頭部を優しく撫でている。
あー、ルナにその言葉は効くよなぁ。
ルナの肩が微かに震えているし。
彼女も嬉しくて感情が抑えられないんだろう。
⋯嗚呼、この光景を俺はずっと、ずーっと見たかった。
こういうのを、望んでいたんだよ。
4人も彼女を連れてきて、否定もせず受け止めてくれた親父とお袋。
本当に、いい親に育ててもらったと思うね。
海外に行ってばかりで家にいないということだけが少し悔やまれるけどな。
それでも俺にとっては尊敬できる両親だ。
「あのさ、ルナお姉ちゃんが、この味覚えるの?かなりというか結構ヤバくない?」
サンがちょっとひいている。
まあ、そうなるわなぁ。
ルナは瞬間記憶の固有スキルを持っているから覚えるのはめちゃくちゃ速いし、更にそこからの掘り下げ方もえげつない。
もう、俺たちは異世界一の美食と呼ばれるエルフ料理、一流のお店で食べても美味しいと思えないもん。
ルナが向こうの料理を研究し尽くしているせいで、俺たちの味覚も満足できないレベルになっているからなぁ。
「これからはルナちゃんが作る和食も楽しめるようになるんだからいーんじゃない?実際あーしは楽しみだし」
エルシアはルナが究めた和食を期待しているようだ。
「うむ。我も同感だな」
レアは玄米茶が気に入ったのかな?
普段よりリラックスしているようだ。
「お母様!よろしくお願いします!!」
「今回は2日しか日本にないけどいろいろ教えてあげるわ。楽しみにしててね」
⋯⋯とりあえず嫁姑戦争は勃発しないようだな。
よかったよかった。




