第115話 一仕事終えて…。
第115話 一仕事終えて…。
溝口早苗視点
「おーいこっちこっち」
私は溝口早苗。
ベーゼンドルファーのショールームに勤務している元東京芸大のOGよ。
今、駅前の居酒屋で旧友たちを待っているの。
というのも、今日試奏に来た女性のレベルがあまりに高すぎて震えちゃって、そのパッションが赴くままにメッセージを友人に送ったのよ。
そしたらファツィオリにもスタインウェイにも行っていたみたいで、親友たちもノリノリできてくれたって感じ。
親友の山川雛子ちゃんと沢村雪奈ちゃんも笑顔で駆け寄ってきてくれた。
卒業してもう10年も立つのに交流が途切れないんだよね。
まあ、お互いに男の影もなくて慰め合っているのはあるんだけど。
「早苗、いきなりメッセージが来たからなにかと思ったわ。だけど、まあ、わかるわ」
雪ちゃんが笑いながら私の向かいに座った。
「だよねぇ。うちでも話題になっていたよ。あんなきれいなキラキラ星変奏曲滅多に聞けないもん」
雛ちゃん、興奮しすぎだよ。
わからなくもないけど。
「で、早苗の方はどうだったの?」
「んと、1曲目はよく知らないけど何かのゲームの曲だったみたい。2回目はヘンデルのパッサカリアだった」
息を呑む雪ちゃん。
「パッサカリアとか…ベーゼンでやられたらヤバそうじゃない?」
「やばかった。私鳥肌がすごかったもん。それにうちのトップが部屋から顔を出していたし」
「でしょうね…すいませーん」
雪ちゃんが店員さんを読んでくれて飲み物を頼んでくれた。
頼むのはもちろん生ビール。
雛ちゃんが笑っていたけど、私達って頼むものがオヤジ臭いのよね。
枝豆とかエイヒレとか酒盗とか。
そりゃ若手の男もよってこないわって大笑いしたわ。
「とりあえず、久々の再会を祝して」
「「「かんぱーい」」」
カチャンとグラスが当たる。
っかーーー!!
仕事上がりのビール最高!!
「早苗、オヤジ臭い」
「雪ちゃん、白ひげ作りながら言っても説得力ない」
ゲラゲラと笑う私達。
かつては東京芸大の三大美才女とか言われたけど、もう三十路過ぎているしね。
「雪ちゃんのところではあの人は何を弾いたの?」
グビリとひと口ビールを飲んで雪ちゃんが言う。
「革命のエチュード」
思わず吹き出しそうになったわ。
あの高難易度の曲をよりにもよってスタインウェイで弾いたの!?
どんだけ神経が図太いの!?
「とんでもない強心臓の人ね」
「うん、私でも無理」
雛ちゃんの言葉に私も同意する。
1億積まれても嫌だよ。
スタインウェイのショールームで革命のエチュードを弾けとか。
命がかかれば少しは考えるけど、私にはそんな度胸はない。
「だけどね、その人、完璧に演奏していたんだけど首を何度もかしげていたのよ」
なんで?
私と雛ちゃんは顔を見合わせる。
完璧に引けたんだったら問題ないんじゃないの?
「私もそう思ったから、引き終わった後に聞いてみたのよ。そうしたらなんて言ったと思う?完璧すぎて情景が浮かばないって」
「うわ…」
雛ちゃんが絶句する。
「しかも音の粒が揃いすぎている、ため完全無欠に感じちゃうんだって」
はあと一つため息を付く雪ちゃん。
「完全無欠も良いことばかりじゃないんだね」
「あの人いわく、ブレとか揺らぎが欲しかったらしいわ」
そこで雛ちゃんも雪ちゃんも黙っちゃった。
確かにスタインウェイは完全無欠の王者だからなぁ。
もしかしたら、あの人が変わり者だったのかも。
「でも雪ちゃんが言っていたのもわかるかも。あの人パッサカリアを時に、鍵盤に手をおいた瞬間に鳥肌が立ったって言ってた」
「…楽器が人を選んだって言うの?」
雪ちゃんがじろりとこっちを見る。
こういうオカルトチックな話、雪ちゃん苦手なんだよね。
「ほら、バイオリンの名器であるストラディバリウスもそういう事あるって聞くじゃん」
「まあ、噂くらいには」
ピアノ専攻の私達が触れるものじゃないけど、話くらいは聞くよね。
名器であるストラディバリウスの話。
「正直、分からないわ。結局のところ、感じた本人の話だし」
まあ、そうなんだけど。
「妖刀村正じゃあるまいし、今の現代じゃそんなことないわよ。きっと気分が昂ぶっただけなんじゃないかしら」
雪ちゃん…。
身も蓋もない事を言わないでよ。
浪漫がないなぁ。
「でもファツィオリでも楽しそうに弾いていたかなぁ。雨だれも情景が浮かんできたし」
「それは合うだろうなぁ…。うーん、オールマイティーもオールマイティーで長所であり短所でもあるのかなぁ」
雪ちゃん、頭抱えちゃった。
雪ちゃんちのピアノ、スタインウェイだもんね。
「後はあの人がどこのピアノを買うか、だよね。だけどピアノは結構高いからなぁ」
「たしかに。早苗ちゃんも雪奈ちゃんも親の代からのお下がりだもんね」
「雛もそうでしょう?」
「うん、そうなんだけど」
本当におにゅうでピアノを買える人って尊敬するなぁ。
「あの後、グチッターのタイムラインを追っていたんだけど、すごかったわね」
「あー、バズってたねぇ」
雪ちゃんの言葉に雛ちゃんが頷く。
「まああんだけ引ければバズりもするか」
「それだけじゃなくて、前にアキバのストピで大混雑があったでしょ?あの人が諸悪の根源みたい」
諸悪の根源って…。
雛ちゃん、悪者じゃないんだからそういう言い方はないんじゃない?
「他にいい言葉が見つかんないよ。犯人?首謀者?中心人物?」
そうだった。
雛ちゃんは語彙力がないんだった。
雪ちゃんも頭を抱える雛ちゃんを見て笑っている。
まあこういうやり取りが楽しいんだけどね。
この先も私達3人で仲良くできたら良いな。
だけど結婚は負けないんだからね!!
私、まだ諦めてないんだから!!
ここまででレアの試奏アークは終わりとなります。
私自身こんな素晴らしい名器の演奏を聞いたことがないので、想像の中で書いてます(笑)
近場の駅にあるストピはKAWAI製ですしね。
次の話はレアの振り返りとなります。




