何にも代えられない時間
「ごめんなさい、由紀江さん。また変なことしてしまったと思います。」
「え?何のこと?」
「いや…、いきなり顔触ったり、手握ったり…。」
優子は昨夜のことを謝っているようだった。確かに、昨夜は優子がかなり積極的だった。積極的という言い方も変ではあるが、少なくとも日中にはそんなことはしない。はずである。
「まあ、夜だからね。しかたないよ。」
「…。」
優子は無表情ながら、どこか複雑そうな顔をしている。かなり気にしているのだろうか。
「気にしないで、優子ちゃん。超恥ずかしかったけど、なんか楽しかったから。」
由紀江はかなり恥ずかしい思いはしたが、まんざらでもなかった。というかむしろ、なんだかとても楽しくて、心地良い時間だった。そんな時間は優子だったからだということは、由紀江はわかっていた。だから、
「ありがとうね。この三日間楽しかった。またお泊り会しようね。」
といった。優子は少し微妙な顔をしてこう言った。
「私、きっと、由紀江さんと一緒に寝ると、変になってしまいます。」
「全然変じゃないよ。きっとね、優子ちゃんはこうやって人と触れ合いたかったんだよ。私がその役になれたらいいな。」
「役だなんて…。私は、純粋に、由紀江さんだから…。」
「ん?」
優子は言うのをためらったが、これを言うことをためらう必要はないだろうと思い、
「由紀江さんだから、ああなってしまうんです。きっと。人肌ならだれでもいいというわけではないんです。由紀江さんがいいんです。だから役とかじゃない。由紀江さんじゃなければ、私はそんなこと求めません。」
「優子ちゃん…。ありがとう。嬉しい。」(はぁ…。もう結構限界まで愛おしいのに。限界突破しちゃうな。)
優子はあと一つ悩んでいることがあった。
「由紀江さん、それと…。」
「ん?」
「さっき、夜だからって、由紀江さん言いましたけど、たぶん、関係ありません。私、そういう状況になったら、昼でもやると思います。」
「え?」
「気をつけてください…。」
そういって、優子は二人座っているソファーを立ちあがり、洗面所へ歩いて行った。
優子は洗面所で自分の顔を見た。優子にとって由紀江という存在は、特別なものになっていた。それは城崎温泉の時点で分かっていたことであったが、今回のお泊り会ではっきりとわかった。自分の中で由紀江は唯一の存在になっている。由紀江と過ごす時間は特別だった。一緒にご飯を作る時間、食べる時間。テレビを見ている時間。話している時間。そして、一緒に寝る時間。あんなにも一緒に寝るということが特別で心地良いとは思わなかった。振り返ると由紀江と過ごした時間、一緒に寝た時間は優子の人生の中で何物にもかえられない時間だと気づいた。そしてその時間が、自分自身の何かのスイッチを入れてしまうのか、それとも自分の本性を出してしまうのか。由紀江に対してあまりにも積極的に何でもしてしまう。優子はそれを自制したいとも思ったが、もっと由紀江と親密になりたいとも思った。由紀江には触れていたい。話していたい。由紀江と過ごす時間があまりにも心地良い。
「優子ちゃん?大丈夫?」
由紀江が心配して洗面所まで来た。いろいろと考えていて、少し時間が経ちすぎていたようだ。
「由紀江さん…。私、由紀江さんとの時間、もっとほしいです。もっと一緒にいたい。」
優子は表情が鏡越しに、いつもより少し寂しそうな、悩んでいるような、どうすればいいのかわからないといった表情に見えた。
その言葉はどこから来たものなのか。由紀江は察しようとした。そして優子もまた、自分がなぜそんなことを不意に言ってしまったのか。わからなかった。なにも、由紀江と離れてしまうというようなことを考えていたわけでもないのに。ただ自分の心地良い時間を理解して。この時間があまりにも掛け替えのないもので。だからなのか。今の一人暮らしの生活に戻るのが、一人の夜に戻るのが、嫌なのか。
由紀江は、後ろから抱きしめた。
「…!」
優子は動かず、一瞬体に力が入ったが、すぐに力が抜けた。
「もうさ、一緒に住んじゃおうよ。ずっとさ、一緒に夜を過ごそう。」
「っ…!」
「私寂しかったよ。一か月くらい?経ったのかな?温泉と今週と一緒に過ごせたけどさ。やっぱり普通の日、優子ちゃんと一緒にいれないの、寂しい。」
由紀江は優しい声で、ささやくように言った。
もうすぐ午前十時だ。日中にこんなことをしている。夜じゃなくても。
「私も、同じです。」
由紀江は優子を後ろから抱きしめ、優子は抱きしめられ、お互いの体温が感じられ、そのうち馴染んできて、しばらく過ごした。
お互いの思っていることは話せた。共有できたし、お互いに二人でいる時間がどれほど掛け替えのないものかということを認識した三日間でもあった。
また日常が始まる。すぐに優子も一人暮らしをやめられるわけではない。ただ、お泊り会は頻繁に。できたら毎週末にやれたらいいねということになった。




