優しさに浸って
休日の土曜日。二人は朝からリビングでテレビを見ながら過ごしていた。
お互いの恋愛経験の話になり、話自体は由紀江が振ったのであったが、優子が少し深く由紀江に対して掘り下げてしまったため、由紀江のトラウマを知ることとなった。
由紀江はそのトラウマを思い出して、少しつらい気持ちになったが、そもそもこの話を最初に振ったのは自分だし、こんな気持ちになったのも自分の責任であると思った。それに優子にこのことを打ち明けられて、初めて誰かに話を聞いてもらえて、少しすっきりした部分もある。だが、やはり、こういったトラウマは思い出したり口にしたりすると、余計に傷が深くなるような感じにも思えた。
優子はそんな由紀江の微妙な気持ちの様子を、どうすればいいのかと悩んでいた。今の自分にはできることは何もない。そうも思えた。
「あ、そうそう、優子ちゃん。神楽通りのお菓子屋さんの…」
由紀江が話を変えた。優子の気持ちを察したのだ。そしてそのことを優子も察した。この話はこれで終わり。お互いに気にせずに。その合図だ。ここで話を戻すのも野暮である。優子は由紀江の話に乗って会話をつづけた。
そろそろ昼になる。
「食べに行く?家で食べる?」
優子は先ほどの空気をいまだに引きずっている感があった。それはこの家の空気になりそうでもあった。でも優子はそんなのは嫌だと思った。由紀江の家がその印象になるのは絶対に避けたい。どうにかいい思い出で上書きしたい。それならと、
「家で食べましょう。」
といった。
「よし。じゃあ、何作ろっかな。」
そうして二人で昼ご飯を作った。ちょっと変わった料理でもしてみようかということになり、冷蔵庫にある食材で検索をかけて、変わったものを作ってみた。
「いただきます。」
「いただきます。」
二人は始めた食べる料理に、こんな料理もあるんだなぁと思いながら食べた。
昼を食べた後は、お菓子作りでもしてみようかということになり、クッキーを作った。
優子は初めての経験だったが、由紀江はいつものように優しく教えてくれて、優子はいつものようにすぐ要領よく覚えた。焼いてみたら、意外と数が多くなってしまい、それもなんだか楽しかった。
二人はそのクッキーと飲み物を持ってきて、またテレビの前のソファーに座って、机に置いて、食べた。充実した休日だ。
クッキーづくりに時間を使ったため、すぐに晩ご飯の時間になる。用意をしなくてはいけない。
二人でまた作る。今日は料理三昧の日だ。しかしそれも良い。いつしか朝の出来事は忘れられていた。
しかし、話を戻したのは由紀江の方だった。
今日は一日中家にいたので、風呂よりも先に晩ご飯を食べた。そのあと風呂に入り、洗濯をまわす。その待っている間、二人はソファーに座っていたが、由紀江が話し始めた。
「私ねー。あんなことがあってよくまだ男の人と付き合えたなーって自分で感心するよ。」
「え?」
「あんなことがあったからなのか、あんなことがなくても同じなのかわからないけど、私には恋愛は向かないのかもね。もともとそういう星の下なのかも。」
「まだ何か、別でそういう経験があるんですか?」
「んー。うん。」
「男の人のこと、嫌いではないんですよね。」
「嫌いじゃないよ。嫌いな人は多いけど。でもいい人もいるのは確か。恋愛対象も男だしね。むしろ恋愛対象が女になってたらもっと楽だったかも。」
由紀江はそう笑いながら言った。
「だって、そしたら、優子ちゃんのこと恋愛対象に見て、幸せだっただろうになぁ。」
「なぜ私なんですか。」
「美人で、可愛くて、優しくて、かっこよくて。好きになることへの疑問が全くない。」
「私はそんな完璧ではありません。」
「完璧だよ。優子ちゃんは。」
「完璧ではありません。さっきだって。由紀江さんがトラウマを思い出して悲しんでいた時に、どうすればいいかわからなくて…。何もできませんでした。私は完璧ではありません。」
優子のその言葉に、由紀江は微笑みながら、優子の頭をなでた。
「⁉…?なんですか。急に。」
「ありがとね。そう思ってくれるのがね。優しいんだよ。気を遣わなくていい。でも、ずっと、優子ちゃんは優しい優子ちゃんのままでいてね。」
由紀江はそう言いながら、優子の頭を撫で続けた。優子のことがあまりにも愛おしくなる。
「それにね。今回は私が先に話を振ったの。それに対して優子ちゃんは話をつづけようとしてくれたじゃん。」
「それでも何もできなかったのは間違いないです。」
優子はそう言いながらも、撫でられる感覚に力が抜けていた。心が癒されていくようだ。許されるみたいに。何もかも許されるみたい。温もりと、優しさで、気持ちがとても軽く柔らかくなる。優子はその感覚をまた一つ覚えたのだった。




