由紀江のトラウマ
由紀江は過去に、高校時代、男子生徒に無理やりキスをされて、体も触られたことがあった。
高校二年生の時。由紀江は隣のクラスの、とある男子生徒に放課後呼び出された。由紀江は「また告白かなぁ」と思いながら、少し憂鬱になって呼び出し場所へ向かった。
男子生徒は先に待っていた。見た目は普通だったが、コミュニケーション能力は高いとは言えない感じの男子生徒だった。
そして案の定、告白だった。付き合ってほしいと。きっと彼にとってはとても大きな出来事で、かなりの勇気を振り絞った行為だったのだろう。由紀江から見ても少しテンパっていたのが分かった。
由紀江は心臓がバクバクだった。それは決して相手のことを何か思ってのことではない。告白されるという行為、自分に好意が向けられているということ、それが何回受けても、由紀江は慣れなかった。だから告白されるたびに、毎回心臓バクバクになる。
ただ由紀江はそんな状態の中でも、告白してきてくれた彼の勇気を振り絞った様子を見て、優しく接し、そして断った。
しかし、彼はどうしてダメなのか。お願いだから少しだけでも試しに。と、引き下がらない。そんな力ずくで来るタイプには見えないが、テンパっているのか、それが本性なのか、彼は由紀江に詰め寄った。由紀江は怖くなったが、できるだけ丁寧に理由を話そうと思って、その場に残って話そうとした。
すると、その男子生徒は、由紀江の腕を掴んで、壁に押し当て、本当に好きなんだと言いながら、由紀江の唇に無理やり自分の口を押し付けた。
由紀江はパニックになり、抵抗するが、力では及ばず、悶えながら振り払おうとするが、振り払えない。その時間が、由紀江にとってはとんでもなく長い時間に思えて、男子生徒は理性を失っているのか、片手を離したと思ったら、由紀江の胸に手を押し当て掴んだ。片手が離れたので、由紀江は自由になった片腕で抵抗し、身をよじって、悶えて、どうにか相手の体勢を崩したので、そのまま振り切り、走って逃げた。
由紀江は叫ぶことすらできなかった。誰かにこんなところを見られたらまずいと、そう思って、怖くて、悲しくて、どうにもならない心のまま、由紀江は大粒の涙を流しながら、袖で口を何度も拭いて、息を切らして学校の外へ出た。荷物は置いてきた。もう取ってくる余裕なんてなかった。とにかく逃げたかった。男子生徒からも、その場所からも、その空気からも。
それを優子に告白した。優子は、
「その相手、そのあとどうしましたか?」
「どうしたって…。特に何も。でも怖かった。ずっと怖かったなぁ。その人のことは。」
由紀江の顔がかなりひきつっている。相当つらい思い出のようである。
「男性不信なんですか。もしかして。」
「直後は少し。そのあともいろんな人から告白されたけど。やっぱりそのことを思い出して、身構えてはいた。今はそうでもないけどね。」
由紀江にとっては、その事件はかなりの傷であった。そして由紀江は続けた。
「あー、何よりね。」
「はい。」
「ファーストキス。なんて言い方したくないけど、それ、だったんだよね。……。あー、つらい…。」
由紀江はなんだか泣きそうな様子になってきた。
優子は聞いてはいけないところまで深入りをしてしまったと思った。
「ごめんなさい。私が聞きすぎたせいで。不躾でした。」
「いや、全然。でもね。ずっと誰にも話せてなかったんだ。今吐き出せてよかった。これで私、少しは楽になるかな。ありがとね。優子ちゃん。」
由紀江は引きつった笑顔で、優しく優子に言った。
こういう時、どうすればいいのか。優子はわからなかった。




