お互いの恋愛経験
優子は相変わらず体操服で過ごしている。これを部屋着にしているようだ。
「優子ちゃん。部屋着ほしくない?」
「いえ、これがあるので大丈夫です。」
と言って、服の胸のあたりをつまんで見せた。
「そう?でも彼氏さんとかできたらさぁ。」
「できませんよ。」
優子は顔色一つ変えずに答えた。そういうことにまったく興味がないのだろうか。由紀江はそのあたりが少し気になった。
しかし、優子は保護施設に入るまでの間、ずっと迫害を受けてきた。きっと恋愛なんてする余裕はなかったのだろう。だとしてもだ、と由紀江は思った。優子ほど美人で欠点がまるでない女の子を男子が放っておくわけないだろうと思った。ただ、それを聞くのもなんだか野暮だなと思い、由紀江はそのことについては掘り下げないでおこうと思った。ただ気になる。優子の恋愛観。
「優子ちゃんって、恋とかしたことある?」
「え…、なんですか急に。」
心なしか優子が少し引いたように見えた。
「え、引かないで…。(泣)」
「いや、引いてはいないですけど、なぜ急に。」
「そりゃあ、気になるから。ん?もしかしてこれってセクハラになる⁉」
そういえば、現代において、恋愛事とか結婚とか、そういったものは全部セクハラになる時代なのだと、由紀江は思い出した。
「あ、ごめん、撤回。訴えないで!」
「訴えませんよ。別にセクハラとも思っていませんし。」
「そっか…、よかった…。デリケートな時代だから…。」
由紀江はなんとも、この時代、女としてありがたい時代と今まで思ってきたが、ここにきて久しぶりに生きづらい時代になったと思った。
「私は、恋愛事はしたことありません。他人を恋愛対象としてみたこともないです。」
「あ…、そうなんだ…。」
「由紀江さんはあるんですか?恋、したこと。」
まさかの質問返しをしてきた。この話題について。優子が話をつづけようと気を遣って聞いてくれたのか。それとも優子も由紀江の恋愛経験とか恋愛観が気になるのだろうか。
「私はね…。私は…。うん、まあ、恋は、小学生の時、あるかな。」
「小学生の時?それって恋っていうんですか?恋愛ごっこ的なものでは?」
「あー、まあそうかも。本気の恋とは違うだろうね。女子の皆に人気だった男の子を、皆が好きになってたから。私もその皆のうちの一人だっただけ。って感じかな。」
「それ以降は、恋愛してないんですか?」
「してないねぇ。」
「由紀江さんが??」
「え⁉どういう意味?」
「いや、由紀江さん。すごい恋愛経験豊富かと思ってました。」
優子は結構本心でそう思っていたらしい。
「いやね。そういう場面には居合わせたことは何回もあるけどね。私が恋愛したかというとそうでもないっていうか。」
「というと?」
「告白はされたことはある。」
「まあそうでしょうね。告白されない方がおかしいです。」
優子は納得した。
「何回告白されたんですか?」
「えーっとね。大体覚えてるんだよね、こういうのって。忘れられなくてね。確か、中学生の時に十一回。高校生の時に二十三回…。大学の時に十四回。就職して二回で。ちょうど五十回。だね。(笑)」
「五十回⁉」
優子は珍しくあからさまに驚いた。予想よりはるかに上だった。
「いやー、モテすぎだよね私。でもね。皆のこと覚えてるんだよ。あの空気感とか。全然忘れられない。」
「え…、え。で、付き合ったのって何回なんですか?」
「一回。」
「一回だけ⁉」
優子はまたあからさまに驚いた。
「うん。大学の時ね。先輩と。先輩に告白されて、まあ一回くらい付き合ってみようかなーって思って。」
「え、その先輩のことが好きだったとかではなく?」
「うん。今までさんざんいろんな人の断ってきて、なんか一回も経験しないのもなんだかなーって思ったから、試しに付き合ってみることにしたんだよね。」
「それでどうなったんですか?」
「見ての通り。今に至るって感じ。別れたよ。数か月で。先輩はずっと別れたくなかったみたいだったけど。私が続かなくてね…。」
「そうですか。なんか、すごいですね。マドンナってやつですか。」
「それほどでもあるかなー。」
「…。」
優子はじっと由紀江の顔を見ていた。
「…?なんか、え?どうしたの?」
「由紀江さん、心なしか少し苦い顔をしています。その先輩との思い出って、苦い思い出なんですか?それとも何かトラウマでも?」
「え…?」
由紀江は驚いた。そこまでわかりやすく顔に出ていただろうか、と。それと同時に優子の洞察力。やはり、特殊な環境下で今まで生きてきただけに、人の表情を見抜く力は鋭い。
由紀江は、少し息を詰まらせた後、口を開いた。
「まあ、先輩とのお付き合いも苦い思い出ではあるけどね。あるよ、他に、トラウマ。」
由紀江は、トラウマは優子の方ではなく、自分の方にあったのだと自覚した。恋愛事においてのことではあるが。
「それって、聞いても大丈夫なやつですか?」
「うん、優子ちゃんになら話そうかな。なんか、ずっと誰にも言わずに閉じ込めておくのもつらいし。」
由紀江はこのことを初めて、口にする。誰にも言ったことがない。親にも話したことはない。もちろん友人にも話したことはない。
「何があったんですか。」
優子は興味本位ではなく、純粋に由紀江の「ずっと誰にも言わずに閉じ込めておくのもつらいし。」という言葉に気を遣って、優しく聞いた。
「んっとね…。実はね。高校の時。とある男子生徒に、無理やりキスされて、体触られたことある。」
「え…。」
優子は表情には出ない。というか唖然としているようだった。声はドン引きのそれだった。




