シングルベッドで一緒に寝よう
二人は、寝室に入り、寝る準備をした。
一緒に暮らしていた時のように、ベッドは由紀江、敷布団は優子という形になった。優子はさっそく布団に入り寝る体勢になった。ただ、由紀江はなんだかお泊り会でそんな不公平さがあるのはあまり気に入らなかった。だからといって、敷布団は二つもない。ベッドは一つしかない。
「優子ちゃん。一緒にベッドで寝ない?」
「はい?」
「いや、ね。なんか、せっかくのお泊り会なんだし、同じ目線の方がいいなーと思って。なんか話しづらいじゃん?」
優子は寝ていた体を上体を起こしてこういった。
「寝ながら話すんですか?睦言ですか?」
「睦言⁉いや、なんか、うーん、合っているような、いや、私たちの関係では合っているはず!」
「すみません。違うと思います。」
「(ガーン)」
気を取り直して、改めて同じベッドで寝ないか聞いてみた。すると優子は、
「それ、シングルベッドですよね。さすがに二人は狭いのでは。」
と返してきた。由紀江は、
「もちろん承知の上。まあ、優子ちゃん、無理にとは言わないけど…。」
と答えた。優子にはそれは「嫌ならいいけど」と、少し残念そうに言われた気がした。なので優子は、
「いえ、問題があるわけではありません。ただ純粋に、なんていうか、本当にいいのか、と。それに私と一緒に寝るって、そんな…。」
優子は途中でふと思い出した。誰かと一緒に寝たことなんてあっただろうか。それは親と。あっただろうか。あった。確かにあった。小さいころ母親と一緒な布団で寝たことが。そんな母親にいつか言われたんだった。『あなたなんか産まなければよかった』と。夢のことを思い出した。一人で寝るとよく見る夢。でもあれは夢なんかじゃない。本当に言われた…。
優子の頭の中が一気にいろんなことがよみがえってきて、優子は珍しく少し表情に出たのだった。話を急にやめ、下を見て、表情がこわばっているように見える。
「優子ちゃん?」
由紀江はまだ電気のついている部屋で、優子のその表情が斜め上からでもはっきりとわかった。
「優子ちゃん?大丈夫?…。ねえ?」
「!あ…、はい。大丈夫です。」
優子はこわばった表情の名残を残しながら、由紀江の方を見て答えた。
「大丈夫じゃないよね。どうしたの?私何かまずいこと言っちゃった?」
優子は由紀江がひどく気遣っていることを察知した。自分が動揺したせいで。自分で勝手に思い出しただけなのに、由紀江に気遣わせてしまったと。
「だいじょうぶです。もう寝ましょう。」
優子はこれ以上気遣わせたくなくて、早く寝ようとした。
由紀江は、一緒に寝ることが何かまずいことだったのかもしれないと思ったが、そこは引かなかった。
「誰かと一緒に寝ることが、怖い?」
由紀江は思い切って聞いてみた。
「いえ、そういうわけではありません。ただ少し、連想して、いろいろと…。」
「じゃあ、一緒に寝ることは、大丈夫なんだね?」
優子は由紀江の方を向いた。
「はい…?」
「寝よう。一緒に。放っておけない。今の優子ちゃんは。」
優子はぽかんとした。
由紀江は思っていた。一緒に寝ること自体にトラウマがあるわけではないのであれば、本当に必要なのは温もりである。今それを与えなければいけない。そう思ったのだ。そして誰かと一緒に寝ることが、何かへ連想してしまうのであれば、それを上書きしてあげればいい。そういった理由があったが、なによりも、この状態の優子を一人寝させるというのは、なんだか違う気がしたのだ。
優子は思い出した。一人で寝ているときの怖さを。またあの夢を見るかもしれないという恐怖。由紀江の家で寝るときは見ることのない夢である。だから由紀江と一緒なベッドで寝る必要はないはずだ。でも、なぜか行きたい。由紀江の元へ。それは温もりを求める、人としての本能だろうか。
「本当にいいんですか…。ベッド狭くなりますし、同じ掛布団で。二人用じゃないのに。」
それつまり、密着する前提である。
「いいよ。優子ちゃん。」
由紀江は手を差し伸べた。
優子は由紀江の手を取って、立ち上がり、ベッドに腰かけた。すでにベッドに載っている由紀江。掛布団を開いて、
「じゃあ、寝よっか。」
と、優しく声かけた。
優子は由紀江が開いた布団の中に入って、寝る体勢になった。優子はなんだかとんでもなくドキドキしていた。さっきまでの不安はいつの間にかほぼ消えかかっていた。
布団に入ると、由紀江のいい匂いがした。由紀江もそのまま優子の方を向いて寝て、優子に布団をかぶせる。
優子はどうしてか、由紀江の方に体勢を向けていた。無意識に。優子はそれに気が付いて、すぐに普通に仰向けに直ったが、そうするとどうも狭い。
由紀江は優子の方を向いた体勢のままだ。とんでもなく密着している。仕方ないのだ。シングルベッドなのだから。そう思うしかない。本当はもうベッドに少しスペースはあるのだが。
由紀江が平常心だったかというとそうでもない。由紀江もドキドキしていた。この状況、お姉さんらしいことをしなければならないと、そうやってふるまっていたが、心臓の鼓動の大きさは制御できない。胸は優子にあたっている。優子はもちろん、由紀江の鼓動の大きさを感じていた。
「由紀江さん。ありがとうございます。」
優子は察して、感謝の言葉を述べた。
「いいんだよ。」
由紀江も察して、そう答えた。
由紀江と優子は、優子の体の上で片手ずつ手をつないだ。手は温かかった。初めてつないだ手が、こんなつなぎ方になるとは。由紀江は想像もしていなかった。
しばらく二人は何も話さず、その体勢のままいた。
しばらくして、優子が何を思ったか、再び由紀江の方を向くように体勢を変えて、由紀江の胸元に顔を押しやった。
「…。」
「…。」
二人はしばらく黙って、由紀江はその優子の頭を優しく撫でた。
優子の髪はあまりにも滑らかで、柔らかい。少しひんやりしているその滑らかな髪。優子の頭。由紀江は大切に撫でた。優子の髪からはまだシャンプーの匂いがする。自分の使っているシャンプーの匂いだった。
由紀江は心の中では、
(これいいんだよね?いいんだよね?事案にならないよね?いいよね?でも放っておけないし。)
と思っていた。相手は今年で十八歳のまだ女子高生相当だ。大人の自分とこんなことをして、たとえ同性であっても問題にならないか心配であった。そんなことよりも優子の感触があまりにも心地よかったので、そのことでも頭がいっぱいだ。
足には少し力が入っていた。しかし由紀江はさすがにずっと力を入れ続けることもできないので、少し力を抜いた。すると優子の足に密着した。優子はびくともしない。足が当たっていることには何も思っていないようだ。このまま優子の足と絡めるほうが体勢的には楽なのだがそこまでやるのは少し気持ち悪いと思われるかなと思って、由紀江はやらなかった。
しばらくして、優子が口を開いた。
「私、由紀江さんの匂い、好きなんです。優しい匂い。柔らかくて、包んでくれる。落ち着くんです。眠くなる…。」
由紀江は、自分の大きな心臓の音はバレているだろうと思いながらも、やさしく、
「じゃあ、いっぱい吸っていいよ。」
と、言った。なんで「嗅いでいい」じゃなくて「吸っていい」にしたのか自分でも謎で、途中自分で何を言っているのかわからなくなったが、おそらくドキドキしすぎて混乱していたのだろう。
「おやすみ。優子ちゃん。」
由紀江は混乱しつつも、優子を優しく撫で、「おやすみ」の言葉をかけた。
優子は、今にも消えそうな小さな声で、
「おやすみなさぃ…。」
と答え、由紀江の胸元に顔をさらに密着させて寝た。
これが優子の素なのか。いつもはきりっとして、隙さえ見せない立ち振る舞い。今はただ温もりを求めて、由紀江に体を預ける、一人の少女である。
お互いの体温が、お互いにとって心地よかった。
二人は自然になじみ合って、由紀江も優子の体と体温と存在そのものに癒されて、そのうち緊張もほぐれて、優子を包み込むように優しく撫で続けた。
優子はもう、寝る前の不安や恐怖は完全に消えていた。




