手紙の世界
何が起こったのか、理解が全く追い付かない。
暴風によって顔を腕で庇っていたら、いつの間にか森の中にいる。これだけで理解できる方がおかしい。
どこからともなく訪れる恐怖感から、心臓が激しく脈をうち続け、瞳孔が開く。
何かに頼るかのように、魅月はまた手紙を確認する。
だが、書いてあることは変わらない。
しかし、この手紙がこの状況の元凶であることは間違いがない。何が起こるかも分からないが、一縷の希望を胸にとにかく祈ってみる。
恐怖により、手の震えが止まらない。
時刻はもう夕方五時前というところだろう。
頼む、と願いながら元の場所に戻れるようにとにかく祈る。
だが、現実は残酷だった。
祈っても祈っても、風も無ければ手紙の文字が増えていることもない。
服はそのままだが、荷物は置いてきてしまっている。
つまり、今あるのはこの手紙と学制服のみ。
何もすることができない。
「なんで……ここ何処だよ! 近所にこんな森みたいなところなんて無いぞ!」
魅月が住んでいたのは都心から少し離れた場所。
森なんていう大層なものはない。
だが、今いる場所は明らかに森。しかもかなり深い。
混乱していて頭が働かず、ただ喚き散らすことしかできない。
だから、確信していることだけを行う。
「そもそも、こんな手紙があるのがいけないんだよ!」
まずは、手紙の処分。
何してもダメなら、もう持っている意味がない。
むしろ、また勝手に変なところに飛ばされる方が幾分かマシといったところだろう。
手に持っていた手紙上下左右と裂いていき――違和感を覚える。
「おい……どうなってんだよこれ……! 切れないじゃん!」
ビリビリ、という音はちゃんとしている。
だが、いくら破ったところで、破れ目のその間から同じ材質の紙が隙間なくニョキッと生えてくるのだ。
破り捨てる度に紙屑は地面に落ちていくも、手紙は全く形を変えずに拾ったままの状態を維持している。
「なんだよこの手紙! だったらこのままでもいいから捨ててやるよ!」
破れないと分かったら、もう破らなければいい。
魅月は手紙をくしゃくしゃに丸めてできるだけ遠くに投げ捨てた。その紙屑は数メートル離れた木に当たり、そのまま茂みの中に落ち――ずに、空中を超スピードで移動してきて、魅月の前で広げられた。
『拝啓、この手紙。
読んでいる貴方は、何処で何をしていても、この手紙を捨てることはできない』
その文章を読んで固まっている魅月に対して、手紙は自動的に折り曲げられて制服のポケットへと勝手に収まっていく。
「はは……笑えない冗談にも程があるぞ……」
手紙から、逃げられない。
何処に飛ばされたのかも分からないで、日は沈みかけており、いつ飛ばされるのかも分からない。
元の場所に戻ろうにも戻れない。
魅月には絶望しかない。
「……とりあえず、歩いてみるか」
だが、絶望しかなかったからだろうか。
不思議と、とりあえず歩いてみよう、という気にはなれた。
まずは日が沈んでいる方向へと向かって歩いてみることにした。
気分は重たいが、足取りは意外と軽い。
不安しかないが、誰か人に会うことを目標に、魅月はとにかく歩き続けた。
そして、見つけた。
夕日の先に佇む、一つの影を。
長いブロンドの綺麗な髪が逆光を乱反射させており、今なら神様と言われても信用できるほどの幻想的な女性の姿。
せっかく人に出会えたのだか、と少しだけ希望が見えた魅月はその女性の元へと向かって、叫んだ。
「危ない!」
◆◆◆
世界には、クスザ島、リキン島、ブンゲ島、コビャツ島、イセウリュ島の五つの大きな島で出来ており、レイナたちは南東から北西に細長い島、リキン島に住んでいる。
それぞれの島にはレイナ達と同じ勇者の一族が代々守護者として、島の平和を保っていた。基本的に揉め事を起こさないために他の島へは不干渉になっているのだが、一つだけ例外がある。
魔王の襲来だ。
そして、それが今から二十年前にリキン島で起きた。
歴代最強と言われたレイナの祖父にしてアゲロスの父、レイヴンや各島の勇者達が手を組んで挑むも、一人を除いて全滅してしまったのだ。
だが、魔王もその時に力を使い果たし、それから城に引き籠っている状態だ。その隙をついてアゲロスが魔王を倒さんと単身で乗り込むも、魔王の部下に返り討ちにされて、命からがら逃げてきた。
その逃げた先が、レイナの母、レイアのいた城下町、リキン島の中央に位置するアーミン王国だ。
そんな昔話を思い出していると、気がついたら辿り着いていた激しい波が押し寄せる崖の上で、眩しい夕日に照らされながら、レイナは昔、アゲロスが言っていた言葉を思い出す。
『いいか、レイナ。私たち勇者は例えその命を落とそうとも、最後まで戦い続けなければならない。この先、何があろうも、私はこの島の民を守り続ける。そして――』
「いった……」
そこで、頭痛が走った。
その部分を思い出そうとしても、その先を思い出すことが出来ない。
何故か、頭が拒否反応を起こすのだ。
「もう……わかんないよ……なんで……なんでこんなことにッ!」
行き場の無い後悔、状況を理解できない苛立ち、そして、何よりも両親に捨てられたという絶望感が、レイナの心を支配していく。
それにより、さらに悪い方へと思考が向いてしまう。
――どうして、両親は私を捨てたのか。
――私の、何がいけなかったのか。
――何故、勇者の力を使えなくしたのか。
――そもそも、そんなことをして何のメリットがあるのか。
考えても考えても、思考の行き着く先は『親に捨てられた』という結果のみ。その現実は、十六歳のレイナにとって過酷なものだ。
「――眩しい」
レイナの泥沼にはまってしまった思考に、いきなり一筋の光が射した。顔を上げたレイナのうつろな目に、夕日が射し込む。
「……夕日、綺麗ね」
夕日の光が目から脳へとその明るさを情報として伝え、完全に暗闇に染まってしまっていた脳内に光を侵食させていく。
暗闇に染まったマイナス思考の脳内に、光というプラスのものが入り込んだことにより既に疲労している脳は働くのをやめ、意識がぼんやりとしていく。
レイナは何も考えることをせず、夕日に向かって歩き出した。
何故かは分からないが、その夕日には今一番欲しいと思っている優しい温もりがあったのだ。
もう少し、近くで感じたい。
その一心で歩みを進めて限りなく夕日へ――
「危ない!」
――行こうとしたところで、後ろからかけられた男性の声によって現実に引き戻される。視線を落として見ると、すぐ下で荒れ狂った白波が崖を崩そうかという勢いで押し寄せていた。
思わず後ろへ倒れこんでしまったレイナ。後一歩踏み出していたらと考えると、背筋がゾクッとする。
「ごめんなさい……助かりました」
お礼をしながら振り返ってみると、そこには黒髪の見たことない服を纏った、レイナより少しだけ身長が高い男性が立っていた。武器を持っていないことやよく分からない服装から考えるに、『迷い人』という表現が似合う。
「いえいえ、たまたま見かけたら落ちそうな雰囲気を漂わせていたので……貴女も何かあったのですか?」
「本当に申し訳――あなたも?」
勇者なのに命を捨てようとしてしまったことに対する恥ずかしさと、同じく訳ありそうな少年の言葉に複雑な感情が絡み合う。
だが、勇者の性として、相手の用件を聞かないわけにはいかない。
「あなたも、ということは、貴方様も何かあったのですか?」
「あ、はい……あったというか、進行形というか……」
しかし、返ってきた答えはパッとしないものだった。
進行形。つまり今現在もそれが続いているということだ。
だから、もう少し詳しく説明するように要求した。
「ごめんなさい、察しが悪くて――今貴方には何が起きているのでしょうか。手伝えることなら全力でお手伝いさせていただきます」
「本当!? それならまず、一つだけ聞きたいことあるんだけど……いいかな?」
「はい。是非聞いてください」
今思ったが、誰であれ、話せる相手がいるというのはとても有り難いことだと分かったレイナ。命の恩人ということもあり、しっかりと解答できるように準備しようと心に決めて――
「ここって、何処ですか?」
――理解に苦しむ質問に、固まってしまった。
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『テスト?知らない子ですね』
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