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笑いが止まりませんわ。その子は誰の子でしょうね 〜『不治の病』のお姉様がご懐妊です〜  作者: 恋せよ恋


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3/4

この子は誰の子でしょうか?

 父親候補として疑われている主治医のロドリックも、護衛のパスカルも、そして婚約者であるセバスチャンも――みな茶色の髪と茶色の瞳をしている。


 だが――本当に三人だけだろうか?


 ◇


 実は、オレーリアは水面下で従兄のビクターと共に、ミレーユの『不治の病』と『男関係』の裏付けを進めていた。


「おい、オレーリア。本当にこれでいいんだな?」


 数日前、屋敷の庭の東屋で、ビクターは眉間に皺を寄せながら一枚の調査書をオレーリアに手渡した。


 セバスチャンのクラスメイトであり、常にオレーリアの味方でいてくれる従兄のビクターだけが、この計画の協力者だった。


「ええ、ビクターお兄様。お姉様の病気が嘘だという証拠、そして……お姉様が本当に求めていた男の正体が、ここに書いてあります」


 ビクターが息をつく。


「……ここまでとは思わなかった」


「……私もですわ。セバスチャンだけじゃありませんわ。お姉様は、私たちの目を盗んで『あの男』とも密会を重ねていたのですから」


 オレーリアが指差した調査書の先。

 そこには、遠方から呼び寄せられた庭師の名があった。


 彼は、屋敷で見慣れた男たちとはまったく異なる、濃い褐色の肌に、くるくると縮れた黒髪、そして深い黒目を持つ――異国の血を引く男だった。


 庭の手入れをするために雇われた庭師。お姉様は、彼が来てから庭へ出ることを嫌がらなくなった。……歩けないはずなのに、その庭師がいる日は、不思議と庭に出たがった。


 面倒なことも努力も嫌うミレーユだったが、己の欲望にだけは驚くほど忠実だったのだ。

 彼女は、屈強で野性的なその庭師に深く溺れていた。


(自分では歩くこともままならないはずのお姉様が、誰にも支えられず庭師との密会に通っていたなんて、誰にも想像できないわよね……)


 オレーリアがロドリックの処方する避妊薬を密かにすり替えたのは、ミレーユの『病弱で清らかな令嬢』という仮面を剥がすためだった。


 誰の子を身ごもるかなど、オレーリアには分からなかった。

 ただ、妊娠してしまえば、もう隠し通すことはできない。そう考えていた。


 ◇


 そして現在。

 奥の寝室から響いた、産婆の凍りつくような絶叫。


「全員外へ! すぐに出ていきなさい! ……それと、早く旦那様をお呼びしてちょうだい!」


 部屋から押し出された侍女たちの背後で、オレーリアはビクターと共に静かに廊下に立っていた。


 やがて、青ざめた顔で駆けつけたセバスチャンが、血相を変えて廊下に現れる。


「オレーリア……? いったい中で何が……ミレーユは無事なのか!?」


 セバスチャンの声は焦燥に満ちていた。

 

 彼はまだ、自分が『父親』に仕立て上げられていることすら気づいていない。あるいは、ミレーユとの愛が実ったと本気で信じ込んでいるのか。



 その愚かな姿を一瞥し、オレーリアは冷めた声で話しかけた。


「さあ、どうでしょうね、セバスチャン。……自分の目で、確かめてみたらいかが?」



 ドアが開き、呆然とした表情で立ち尽くすお父様と、そんなお父様に縋り付くお母様の隙間から、産室の光景がわずかに見えた。


 出産を終えて、未だベッドの上で荒い息をつくミレーユの傍らで、産婆が恐怖に震えながら抱き上げている赤子。


 その赤子の肌は、セバスチャンとは違う、見事なまでに濃い褐色の肌。

 そして、頭には生まれたばかりとは思えないほどのくるくると波打つ黒い縮れ毛が濡れて光っていた。


「なっ……!?」


 セバスチャンの足元が大きく崩れ落ちる。

 それは、彼が選んだ浮気の代償であり、崩壊の序曲に過ぎなかった。



 その混乱の最中、ドタバタと慌ただしい足音が廊下に響き渡った。


 蒼ざめた顔で駆けつけてきたのは、主治医であるロドリックと、ミレーユの専属護衛であるパスカルだった。二人はそれぞれ、自分こそが『父親ではないか』という焦りと期待を顔に貼り付けていた。



「無事に生まれたのですか……っ!」


「ミレーユ様はご無事なのですか……!」


 ロドリックが叫び、パスカルが血相を変えて部屋の扉に身体をねじ込もうとする。


 だが、産室から漏れ聞こえる伯爵夫妻の怒鳴り声と、わずかに見えた赤子の肌と髪の色、そして産婆の青ざめた顔が、男たちの足を完全に凍りつかせた。



「こ、これは……一体どういうことだ……っ!?」


 茶色の髪に茶色の瞳を持つ三人の男――セバスチャン、ロドリック、パスカル。

 誰がどう見ても、三人の男とは明らかに異なる肌と髪の色、異国の血を引く褐色の赤子。


 ベッドの上で青ざめ、虚ろな目で震えるミレーユと、目の前で崩壊していく『不治の病』の虚偽。もしくは、これこそが『妖精のいたずら』だったのか……。


 男たちは、それぞれが抱いていた『自分こそが父親かもしれない』という期待を打ち砕かれ、言葉を失った。


 セバスチャンも。ロドリックも。パスカルも――誰一人として、赤子の父親ではなかった。


 そして、その瞬間から――ミレーユが八年間守り続けてきた、『不治の病』に苦しむ『健気で高潔なパピノン伯爵令嬢』という仮面もまた、崩れ始めた。


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