見捨てられる者たちと、新たな未来
産室での騒動から数日。パピノン伯爵家は、かつてないほどの冷たい静寂に包まれていた。
オレーリアは、青ざめた両親の前へ静かに歩み寄り、証拠の書類を突きつけた。
「お父様、お母様。お姉様の病気はすべて虚偽でしょう。それどころか、主治医であるロドリック医師とはいかがわしい関係にあったのです。これ以上、彼に診察を任せるわけにはまいりません。今すぐ主治医を替えて、お姉様の身体を診察させるべきです」
はじめは信じようとしなかった両親だったが、オレーリアが突きつけた数々の動かぬ証拠、そしてロドリックや護衛パスカルの自供の前に、現実を突きつけられた。
後日、新たな専門医によって行われたミレーユの精密な診断結果は、両親をさらに絶望させた。
――『妖精の気まぐれ』など最初から存在しない。
ただ部屋に引きこもっていたがゆえの運動不足による筋力低下はあるものの、身体は至って健康である、と。
そうでなければ、妊娠も出産も到底できるはずがない――医師はそう一刀両断した。
虚偽の診断書を書き続けていた主治医のロドリックは即座に解雇され、医師としての倫理を著しく欠いたとして告発され、医師としての資格を剥奪された。
屋敷の護衛であったパスカルも同様に解雇を言い渡され、屋敷から追い出された。
そして、赤子の本当の父親である庭師には、子供を引き取り養育することを条件に伯爵家から十分な養育費を渡し、赤子とともに異国へ帰るよう手配した。
お姉様は、『私の子よ! 誰にも渡さない!』と大騒ぎしたが、周囲の目は冷たかった。
◇
すべてが明るみに出たことで、パピノン伯爵家の継承を巡る状況は一変した。
「お姉様がお元気でお子も産めることがわかったのですから、嫡子としての権利はお返しいたしますわ。もともとお姉様の権利ですものね」
オレーリアが冷ややかにそう告げると、両親はもはや反対する気力を失っていた。
ガチノー伯爵家からの通達は冷徹だった。
オレーリアとの政略結婚の話は完全白紙となり、父親であるガチノー伯爵に厳しく叱責されたセバスチャンは、不祥事の責任を取る形で、オレーリアではなくミレーユと結婚し、パピノン伯爵家の婿養子になることを強制されたのだった。
セバスチャンは頭を抱えて絶望した。
――実は、セバスチャン自身はオレーリアを嫌っていたわけではなかった。
優秀で自分を支えてくれるオレーリアを正妻に据え、ミレーユを愛人として囲い、一生二人を手放さずに済むと本気で甘い幻想を描いていたのだ。
だが、その計算は完全に音を立てて崩れ去った。
手元に残ったのは――すべての元凶であるうえ、子供を産んだ途端に化けの皮が剥がれ、我儘の限りを尽くすミレーユだけ。
「セバスチャン、どこに行くの? 私を一人にしないで……抱いてよ!」
「うるさい! お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ! いろんな男と肌を重ねていたお前なんぞ、もう触るのも穢らわしい!」
自室のベッドにしがみつき、いつまでも被害者面をして、執務の補助すらしようとしないミレーユ。
社交界からも完全に孤立し、他人の同情すら得られなくなった彼女は、伯爵邸の中で癇癪を起こすばかり。
そんなミレーユの相手と身勝手な罵声に毎日縛り付けられ、セバスチャンは精神的にすっかりボロボロになり、かつての面影すら失って地獄のような日常を過ごすことになった。
◇
すべてを清算したパピノン伯爵家の庭。
初夏の心地よい風が吹く中、四阿でお茶を楽しむオレーリアの前に、一歳上の従兄・ビクターが真っ直ぐに歩いてきた。
「オレーリア。もうこんな家で、お前が我慢する必要はない」
ビクターの瞳には、かつてないほど真剣な光が宿っていた。
彼はオレーリアの手をそっと取り、静かに、しかし力強く告げる。
「我がリッチモンド侯爵家は、次期侯爵夫人として君を求めている。こんな腐ったところにはもう置いておけない。我が家で正式に婚約を結び、俺の妻として共に未来を歩んでほしいんだ」
リッチモンド次期侯爵としての誇りと、長年自分を支え続けてくれた深い愛情。
オレーリアは初めて心の底から穏やかな笑みを浮かべ、そのプロポーズを受け入れた。
「ええ、お兄様……いいえ、ビクター様。喜んで!」
偽りの病にすがった姉と、甘い幻想に溺れた男たちが自業自得の絶望に沈んでいくのを背に、オレーリアは誇り高く顔を上げ、新しい愛と未来へ向けて歩き出したのだった。
ハッピーエンド
「面白かった」と思っていただけましたら、
・ブックマーク
・作品ページ下部の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」欄にて
ポチッとクリックしていただけますと、とても励みになります。




