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2話 魔法の存在しない世界

0日目・夜

 

――しばらくして。

 アズはカップを置いた。


「さて。本題に入るか」


 空気が変わる。ユイも背筋を伸ばした。


「俺はあんたの“魔法”を止める為に来た」


 部屋がしんと静まり返る。

 外を走る輸送列車の低音だけが遠くに響いていた。

 効き馴染みのある、それでいて架空の概念である“魔法”。

 真剣な顔をして魔法の話をされるのはどこかむず痒い。


「……さっきは突っ込みませんでしたけど。その“魔法”って何なんですか?この世界に魔法が無いのは子供だって知ってることでしょう。アニメや漫画の中の出来事であって現実には無いんです。“能力”は存在しますけど、私にはそんなのありません」


 アズは少しだけ目を細めた。

 魔法は無いが、能力はある――それがこの世界だ。

 能力とはいえ相手の心を読んだり、念力で物を浮かせたり……そんな力があれば自分は今頃こんなアパートに住んでいないだろう。

 

 企業は広告塔、又は傭兵として能力者を求めている。戦闘能力が無くとも見栄えが良ければ芸能人として活動することも出来るのだから。

 しかしユイには完全な“人違い”とも言い切れない理由があった。


「心当たりはあるだろ」


 アズの言葉にユイは考える。

 最近、感じていた違和感――そしてぽつりと呟いた。


「……無いわけではないですね」

「思い出したか?」

「ここ数日、人っ子一人見ていません。“遠く”から貨物列車の音はしますけど、車も自転車も見かけない。元々人気の無い所ですけど妙に静かだとは思ったんですよ」

「概ね正解だ」


 正直、ユイはこの違和感を肯定することが恥ずかしかった。

 “普通”の人間であれば半日もあればこの違和感に気付くだろう。

 通勤通学、買い出し、散歩……理由は各々だが外に出るはずだ。


「この区画は今、ほぼ“閉じてる”」

「閉じてる?」

「外から入れない。正確には“入ったつもりで元の場所に戻される”。配送ドローンも、巡回員も、通行人もだ。座標が捻じ曲がってる」


 ユイは眉を寄せる。

 この男が能力絡みの事件を解決し来たことは分かったが――その中心にいるのが自分と言いたいのだろうか。

 

「……そんな能力、聞いたことありませんけど。そんな力があれば今頃大騒ぎですよ。どこの企業も放っておかないでしょう」

「最近“発生”したものだからな。それにここまで致命的なものは能力じゃなくて“現象”に近い。だから俺は魔法って呼んだんだ」


 アズはポケットから端末を取り出した。

 古びた端末の画面には簡易地図が表示されている。

 端末にはユイの住む区画一帯が表示され、その一部が赤い線で囲まれていた。


「三日前からここ一帯が封鎖状態だ。最初は設備障害かと思われたんだがな。だが違った。人間だけじゃない。通信も、搬送も、位置測定も狂っちまう。外側の人間はここへ辿り着けない。逆に中の住民は外へ出られないんだ」

「えっ」

「あんたも試しただろ。近所の無人販売所で」


 ユイの表情が固まった。

 昨日の夕方、食料を買いに出た。


 ――下層には有人の商店が少ない。

 食料や日用品は自販機と無人販売所で済ませることが一般的だ。

 理由は“互い”に治安が悪いから。自販機の方が盗難等のリスクからかえって“危険”という意見もあるのだが、実際の所はかなり“安全”だ。

 商店の多くは行政機関に警備を依頼するか、区画を管轄する組織に保護を依頼している。盗難事件というのはあまり聞かない。


 このように下層では無人店舗が普及しているため、生活スタイルによっては人間と一切顔を合わせない人というのも珍しくない。ユイは“その手”の人間だ。

 ――そのためアズの言う“異変”もこうして指摘されるまでは「気の所為」だった。


 十分ほど歩いたはずだった。

 ……それなのに気付けば自分のアパートの前に立っていた。

 疲れていたのだと思った。方向感覚がおかしくなったのだと。

 あるいは人間と距離を取りすぎて、遂に狂ってしまったのかと。


「三回繰り返したな」

「そんなところまで見てたんですか」

「監視対象だからな」


 嫌味なく言う。

 ――何の監視対象なんだろうか。

 ユイはしばらく黙り込んだ。


「待ってください。仮にその話が事実だとしてですよ?この異常事態の原因が私で、“元凶”の私が無事で、国に監視されていたことはいいとして……どうしてあなたは都合よく“侵入”出来たんですか。いくら監察局と言ってもそんな都合よくいきます?」

「内部に転送されてきたんだよ。瞬間移動って言えば分かるか。アニメとかによく出てくるだろ」


 何処にでも現れる監察局の裏事情をこうして知ることになるとは。

 国外の荒野からホテルの個室、大企業の会議室に至るまで彼等はどこにでも現れる。そのインパクトの強さから“湧く”と揶揄する人間も少なくない。


 アズ曰くそのカラクリは内部に転送系の能力者がいる、という単純なものだった。

 誰にでも思いつく可能性ではあるが、実際こうして人間を送り込んで来るとは。


 ――ひとまず監察局、“元凶”の自分が無事であることは理解出来る。

 しかし、同時にユイの中で一つの疑問が生まれていた。


「でも普通の人たち……近所の人、もしかして死んじゃ……」

「安心しろ。眠ってるだけだから。外に出ようとすると疲労が蓄積して眠くなるみたいだな。今は政府側が“設備事故による外出制限”って形で誤魔化してる」


 ひとまず死者は出ていない。

 一人でも死なせていたら今頃どうなっていたか――考えるだけで背筋が寒くなる。

 というのもこの国は人間、特に“下層”の人命を軽視しているとはいえ、“殺傷能力”の高い能力者がいると分かれば黙っていないだろう。


「……そんなことを本当に私がやってるんですか?どうして?」

「さあな。でも現状、この付近でピンピンしてるのはお前一人なんだ」

 

 ユイは以前、漠然と眺めていたテレビ番組で能力に目覚めた人間のインタビューを見たことがある。「人間を燃やして処理する」裏組織の人間が戦闘中により強い火力を求め、発火能力に目覚めた……という馬鹿らしい話だった。

  ――人間が能力に目覚める時、それは願いと隣り合わせなんだ。

 そのインタビューの中で男はそう語っていた。


 自分は力など求めてはいない。ただ一つ願いがあるとすれば……。

 アズは黙り込んでいるユイを真っ直ぐに見つめた。


「局の考える発現原因の候補は三つだ。愛着障害、喪失体験、隔離環境への長期適応。人間生きていればどれかしら当てはまるんじゃないか」


 その言葉にユイは息を止めた。

 本来なら他人に理解されたくない。理解したつもりになってほしくない。


「俺は心理学者じゃないし、理由は知らん。ただこういう能力は大体、人間関係絡みで発現する傾向にあるか。まあ……所属的によくこういう案件を担当するからさ」

「悔しいけど若干図星ですね」

「よくある話だ。能力ってのは願望に引っ張られるものだからな」


 ユイは足元へと視線を落とした。

 思い当たる節はあった。


 家族とは必要最低限の連絡しか取り合わない。学校では誰とも深く関わらない。

 故郷から離れて以来、連絡を取る相手もいない。

 この部屋で誰とも話さず終わる日も珍しくなかった。


 寂しいと思ったことはある。

 ……けれど。


「私がちっぽけな理由で街一つ閉じ込めてるっていうんですか」

「一種の才能だろ。普通の人間は人生をやり直したいだとか、金持ちになりたいだとかといくら願ったところでソレが力にはならないんだから」

「それが本当なら迷惑すぎますね」

「同感だ」


 アズはあっさり言った。

 実際、ユイは力を褒められても嬉しいとは思わなかった。

 恐らく履歴書に書けるものでもないだろう。制御出来ない能力は“体質”と呼ばれ、忌避されている。これ以上自分に悪い特性を付与したくはない。

 ――能力に目覚める人間そのものが“稀”だが、その中で評価される者もまた稀だ。


「だから止める必要があるんだ。今は下層の区画のほんの一部分で済んでいるが、コレが徐々に広がっていくとなると厄介だ。お偉方も気が気じゃないんだよ。ウッカリ高級住宅街にでも封鎖が広がった時のことを考えてみろって」

「現実味のあること言わないでくださいよ。……どうやって止めるんですか。私、能力の止め方なんて知りませんよ」

「記憶処理」


 静かな声だった。

 記憶処理と言えばこの国ではメジャーな“処理”だ。治療と言ってもいい。

 多くの場合はトラウマの払拭、或いは何らかの契約に基づいて記憶の一部を消す……といった方法で用いられている。

 一般人にとっても身近な方法だけあって“穏便”な解決策に聞こえてくる。



「能力発現前後の記憶を削って、原因となった精神状態ごと薄めるんだ。そうすれば現象は収束する可能性が高い」

「可能性?絶対じゃない時点で怖いんですけど……」

「だから本来は隔離施設行きだ。これでもかなり譲歩されてる方だぞ」


 ――譲歩。彼等なりの譲歩なのは分かるが、複雑だ。

 ユイの中で監察局と言えば血も涙もないもない組織、というイメージだった。

 行政機関を束ねる実質的なトップ。彼等に逆らえばどれほど強大な組織であっても軽く吹き飛んでしまう。見たことはないが、その実績は学生ですら知っている。

 

 アズは淡々としていた。その口調が逆に現実味を与える。

 ……その気になれば、自分をこの場で真っ二つにすることも容易なのだろうか。

 

「そんなわけで。そろそろいいか?一緒に来てもらっても」


 アズは立ち上がった。

 ユイは少し考えてから、困ったように笑った。


「……いいですよって言ってあげたいんですけどね」

「なんだ。意外だな。随分と物わかりの良さそうなやつに当たったから、今日こそ残業無しだと思ったんだが」

「だって、記憶が消えるんでしょう?」

「ああ。発現前後、四十八時間程度。何か困ることでもあるのか。お前、学生だろ?今は試験休みだろうに」

「はあ……そこまで調べてるんですか。休みの間にやってこいって課題が出てるんですよ。ここら一帯を仕切ってる組織から。共同庭園演習の課題があるんです」

「共同庭園……?ああ、組織運営の大学ってやつか」

「はい。区画管理団体と合同の実地演習です」


 ユイは机の端末を引き寄せる。

 画面には立体庭園の設計図が表示された。

 温室区画。導線。給水管。植物の配置。

 赤字で評価基準まで書かれている。


 【捕食事故率を規定値以下に抑制すること】

 【住民動線の安全確保】

 【死体処理効率を維持すること】


 アズが嫌そうな顔をした。


「学生の課題に見えねえな……」

「庭園管理科なので。言ったでしょう、“下層”の学校に通ってるって。職業訓練施設みたいなものですよ。食費や家賃の補助だって学校行かないと出ませんよ」


 ユイは平然と言う。

 ――自分も望んで家族と離れ、現在の学校に通っているわけではない。

 ひょんなことから家族の中で一人、下層に移住を命じられなければこんなことにはならなかっただろう。好き好んで得体の知れない植物の世話もしていなければ、こんなアパートにだって住んでいない。


「三人一組なんですけど、私だけ抜けると設計担当が消えるんですよね」

「知らん。そこまで面倒見きれるか」

「未提出だと就労推薦が止まるんです」

「……あー」


 アズは顔を覆った。

 下層の学生にとって推薦停止は重い。

 所属先を失うということはそのまま生活基盤を失うことに近い。

 これは学生や社会人といった問題ではなくこの国全般の問題だ。


「だから記憶を消されると困るんですよ」

「バックアップは?」

「外部サーバです」

「……閉鎖のせいか」

「同期が止まってます」


 アズは深く溜息を吐いた。


「お前、本当にタイミング最悪だな……」

「四十八時間待ってください」

「長すぎる」

「でも理屈は通ってるでしょう?現象が確認されたの今日の夕方。あなた達が来たのは夜七時。なら明後日の夜までに私を処理すれば辻褄は合うじゃないですか」

「処理って嫌な言い方だな」

「記憶消去」

「もっと嫌な響きになったな」


 ユイは少し笑った。


「お願いですから課題だけ提出させてください」

「却下だ。流石に二日は長すぎる。上に怒鳴られるのは俺なんだぞ」

「監察局って怒鳴られるんですね。てっきりロボット兵士とか人間離れした人しかいないものだと」

「全員人間だよ。普通に怒鳴られる。どこにでもある普通の人間社会だからな」

「夢がないですね」

「最初から夢のある組織じゃない」


 引き留めるユイを余所にアズは立ち上がる。

 しかし武器を構える気配も無ければ、他に人の気配も感じない。


「ほら。行くぞ」

「嫌です」

「頼むから協力してくれ。こっちだって手荒な真似はしたくないんだ」

「触ったら死にますよ。あなた、今何処にいるか自覚ないんですか?身体の中。私の身体の中と言っても差し支えないでしょう?」

「だからなんでそんな物騒なんだよ最近の学生は……」

「学生は情緒が不安定なんです」

「初めて聞いた理論だな」


 アズは溜息を吐いた。ユイはじっと彼を見つめる。

 ――案の定、何も手は出してこない。

 監察局としてもこちらの“対処法”は分からないらしい。


「……あの」

「なんだ」

「私を殺せないんですよね?」


 空気が少し止まった。

 アズは目を細める。


「どうしてそう思うんだ」

「公務員のわりに回りくどいから」

「回りくどい?」

「本当に危険なら最初から撃たれてる。家や職場ごと爆破したりするでしょう。監察局ってそういう組織ですよね?」

「買い被りだ」

「それにあなたはずっと説得してるんですよ。私にお願いまでしてる。つまり私を傷つけられない理由があるんですよね?」


 アズは数秒黙ったあと、小さく笑った。


「……勘がいいな」

「当たり?」

「半分な」

「お前みたいな発現者は貴重なんだよ。“閉鎖型”は珍しい。下手に傷付けると何が起きるかわからん。だから刺激したくない。街一つ吹っ飛ばしかねないだろ」

「へえ」

「あと」


 彼はソファに座り直した。

 アズはぼそりと言う。


「お前、死にそうな顔してるから」

「……は?悪口ですか?」

「そういうやつ追い詰めると大抵ろくなことにならないんだ」


 ユイは目を瞬かせた。


「監察局の人って、もっと冷たいのかと思ってました」

「冷たいぞ」

「でも二日悩んでますよね」

「悩ませてるのはお前だ」


 アズは深く息を吐いた。


「……四十八時間だけだ。その間に現象が悪化したら即終了。強制的に連れていく。あと絶対単独行動するな」

「了解です」

「返事が軽すぎるだろ……」


 ユイは久しぶりにちゃんと笑った。

 誰かと他愛ない会話をしたのが、いつ以来だったのか思い出せない。

 アズはそんな彼女を見て、少しだけ嫌そうな顔をした。


「……あーあ」

「?」

「これ絶対面倒なパターンだ」


 窓の外では、貨物列車の音が変わらず響いていた。

 閉じた街の夜は、妙に静かだった。

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