#6
僕は内心で覚悟を決めたけど、まだリコがチートを使っていることを確認出来た訳でもない。
斎藤君の時と同じような戦技系のチートなら、疑惑を確定させるためにはリコが実際に戦っているところを確認する必要があるだろう。
そう判断した僕は、平静を装ってリコに告げる。
「そうか、じゃあ僕もリコの近くで戦いを見守らせてもらおうかな」
「え~、お兄さんは戦わないの~?まぁ、お兄さんって普通の格好してるし、見るからによわよわのザコ♡って感じだからしかたないか」
「あはは……。戦闘には直接参加しないけど……そうだ。リコはアイテムボックスの魔法は使えるかい?」
「アイテムボックス?何、それ。っていうかリコ魔法使えないんだけど!」
異世界転移者といえばアイテムボックスを使えるイメージがあるけど、実情としては使用可能な転移者の割合は意外と高くない。実際、僕がこれまでに出会った「勇者」の中でアイテムボックスを使えたのは志織ぐらいのものだ。ならリコがアイテムボックスを使えなくても不思議はない。
「実は僕が女神に与えられた能力はアイテムを沢山しまうことが出来るっていうものなんだ。魔王を倒しに行くなら装備とか食料とか持ち運ぶ必要があるだろ?僕が荷物運び役としてリコについていくっていうのはどうだい?」
「へ~、お兄さんそんな便利な人なんだ?」
便利な能力を持っている、ではなく便利な人と呼ばれて少しプライドが傷ついたけど……まぁ、子供相手にムキになっても仕方ない。僕は曖昧な笑みを浮かべてリコの言葉を聞き流す。
結局、リコは僕をポーターとして同行させることに同意してくれた。
もちろん、僕は魔王討伐の旅に同行することなんて最初から考えていない。僕がすべきなのはリコがチートを使うかどうかという見極めだ。
とはいえリコがチートを使っていた場合でも、彼女が勇者である以上は人類の拠点近くで彼女をこすことは避けるべきだ。
状況から考えれば、城塞都市に迫っている魔王軍との戦闘でリコのチート使用を見極め、その後戦闘中のどさくさを狙って戦場のどこかでリコを殺すのが妥当だろうか……。
リコを見ながら、僕はそんなプランを立てていた――。
「そろそろ帰らないと、ロロがうるさいからなぁ」
「ロロ?」
「うん。王さまが付けてくれたお世話係?みたいなメイドさん」
「なるほど、お付きメイドか……」
「あ~お兄さんもしかしてエッチなこと考えてない~?でも残念でした~♡ロロはリコとそんなに年が変わらないよ?」
「いや、そもそもメイドさんに手を出すつもりはないからね」
……まぁ、前に一度麗奈がメイドのコスプレをしてくれた時は、元王女である彼女が侍女になるという背徳感で随分と興奮したけど……いや、それはどうでもいい。
リコがロロというメイドの元へ戻るということは、丘の下にある城塞都市へ向かうということだろう。彼女に同行する以上、僕もあそこへ行くなら「言語習得」は必須になる。
本来、「言語習得」は誰から言語を習得するかで当たり外れがあるけど、今回に限って言えば100点……いや120点の相手が目の前にいる。
「リコ、あの街へ行く前に一つお願いがあるんだけど」
「な~に?ロロはあげないよ?」
「いやいや、そうじゃなくて。少し君に触れさせて欲しいんだけど」
「げっ……キモっ!」
僕の言葉にリコは警戒したように自分の腕で身体を抱きしめ身を守るような仕草をした。直前の会話が会話だけに余計な警戒をさせてしまった……?
「済まない、変な意図じゃないんだ。僕はこの世界の言葉がわからないから、このまま街へ行くとトラブルを起こしかねない。けど『言語習得』って言う魔法を使えば、この世界の言葉を習得できるんだ」
「……それとリコにエッチなことするのに関係があるの?」
「いやいや、エッチなことなんかしないよ。この魔法は相手に触れる必要があるんだ。だから握手とか、手に触れるとか――」
そこまで口にして、僕ははたと気が付いた。部分鎧で武装したリコは両手が肘の先まで金属製の籠手で覆われている。ということはこの状態で握手をしても「言語習得」を掛けることができない。
リコの肌が露出している部分は首筋と太股、それにおへそ回りで……どこを触っても僕が変質者扱いされてしまう部位じゃないか!
僕にとってリコは「言語習得」を掛ける相手としては理想的だ。なぜならリコは転移の女神によって「この世界の全ての言語」をインストールされているだろうから。
つまりリコから「言語習得」すれば、僕もそのチート的な言語理解力を引き継ぐ事が出来ると考えたんだけど……さすがに変質者的な接触は好ましくない。
「えっと、リコ?握手をしたいから、その籠手をとってくれないか?」
鎧や衣服で覆われていない、接触して問題にならない部位がなければ作ればいい。そう考えて僕はリコに鎧を一部解除するように頼んで見たのだけど、リコは首を横に振った。
「だ~め、それは無理♡」
「理由を聞かせてくれるかな?」
「えっと、お薬を洗うから?」
「は……?薬を、洗う?」
「うん」
僕はリコが何を言っているのか判らなかった。一瞬、この世界の言葉を話しているのかと思ったけど、それにしては――意味不明だけど――少なくとも言葉としての意味は理解出来る。
「お薬って、粉薬とか、錠剤とか……」
僕はそう口にし掛けて、あることに思い当たった。「お薬」を「洗う」。それってつまり……。
「もしかして錠剤を洗浄する……ってこと?」
「あれ、お兄さんは言葉の意味わかるんだ?騎士のおじさんが言ってたけど、リコ意味がわかんなかったんだ」
「……それ、たぶんだけど『常在戦場』って言ってるんじゃないかな」
「うん、リコは錠剤洗浄だって。意味わかんないけど」
……まぁ、小学生の女の子に武人の心構えなんて通じる訳はないか。そう思いながら、僕はリコに「常在戦場」……すなわり平時にあっても装備を常に身につける武人の価値観を説明した。
「へ~そうなんだ。じゃあそういうことだから、リコは鎧を外せない♡別にリコに触るのはいいけど、変なところ触ったら大声で叫んじゃうから♡」
《汝が紡ぐ言葉を我が言葉に、我が言葉は汝らの言葉に》
小馬鹿にした様子でそういうリコに嘆息しながら、僕は「言語習得」の呪文を唱えると、ニヤニヤと笑うリコの頭に手を置き、呪文を解き放った。
《「言語習得」》
毎度おなじみの頭痛がこの世界の言葉が習得できたことを僕に教えてくる。しかし、今回は軽い頭痛ではなく、いつもの比では無い程ズキズキと痛む。
……そうか、普通はせいぜい1つか2つの言語を覚えるだけだけど、女神によるチートでこの世界の言語を習得しているリコは扱える言語の数も半端じゃないということか……。
リコの頭に手を置いたまま、頭痛とこらえながらそんな事を考えていた僕は、リコが妙に大人しいことに気が付いた。
少し呆けたような表情で、黙って僕を見上げているリコ。もしかして「言語習得」の影響がリコになにか不調を引き起こしているのだろうか?
「リコ?」
「え……う、うん。お兄さん、女の子の頭触るとか、ちょっとキモいよ。……けど、もう少しなら、そうしててもいい、かな」
「……うん?」
リコの反応に戸惑いながら、僕はなんとなく彼女の頭を撫でてしまう。うん、時々麗奈が頭を撫でて欲しいとねだってくるから、つい自然にそうしてしまったんだ。
けど頭を撫でられたリコは、暗がりでも判るほど動揺した表情で僕から飛び退った。
「ちょ、へ、ヘンタイ!お兄さんのエッチ!不審者!」
「……いや、リコがそうしてもいいって言ったんだろう?まぁ、不快だったのなら謝るけど」
「別に……イヤだったなら、大声上げるし!」
そう言うとリコはぷいと横を向くと、さっさと丘を降りて行ってしまう。小さく何かを呟いたような気がしたけど、あいにくと僕はエルフほど耳がいい訳でもない。
結局彼女がなんと呟いたのかは判らなかったけど……少なくとも今この時点で、彼女に拒絶されなかったのは僥倖だ。なにせリコが使っているチートを見極めるためには、彼女の側にいる必要があるからね。
都市へ戻るリコの後を追いながら、僕はふと思った。どうしてリコはこんな夜更けに人気の無いこの場所にいたのだろう、と。
――もしそのときの僕が、リコがこの場にいた理由に気付くことができれば。
そしてリコの語った言葉にもう少し注意深く意識を向けていれば。
あるいは……未来は変わっていたのかも知れない。けど、そのときの僕はそんな事に気付くこともなく、ただリコの能力をどうやって暴くかを考えながら城塞都市への歩むことしかできていなかった――。




