#3
ブリーフィングルームのディスプレイに投影されているのは鮮やかな赤毛をツインテールにした、少し生意気そうな印象を受ける小学生ぐらいの女の子の写真と「二階堂リコ」「11歳」という表記だった。
以前ナンサイバで僕が狩ることになった町田サキとは違い、リコの写真は年齢と合致したリアルタイムのものであるようだった。
「じゃあ詳細を説明するわね。今回のターゲットはこの子、二階堂リコさん。都内の小学校に通う11歳の女の子よ。彼女は外務省経済局の二階堂静香企画官の一人娘なの」
「榊サン、その企画官……って偉いんですか?」
「ええ、外務省では課長級に次ぐ職ね。二階堂企画官はまだ30代だったはずだから、年齢的に見れば同期の中でも一二を争う出世頭だと思うわ」
「へぇ……そうなんですね」
志織はいまいち理解出来ていないような表情でそう言うけど、僕は企画官という役職ではなく、榊会長がまず母親の件から説明を始めた事に違和感を感じた。
「会長、母親の件が前提になるということは……」
「ええ。リコさんの背後関係を知るためには二階堂企画官の事を知る必要があるわ」
そう言うと榊会長は二階堂リコの顔写真の横に、少し冷たい印象のある女性の写真を表示した。いかにも外務省のエリート官僚らしいと言えばそれまでだけど、顔つきは確かにリコと似ていなくもない。けど……僕が気になったのはそこではなかった。
「お母さんの方は黒髪なんですね。ならリコさんの父親は外国籍の方なんですか?」
「いいえ。二階堂企画官の元夫は純粋な黒髪の日本人よ」
「元夫……?それに父親も黒髪なら……リコさんは髪を染めてるんですか?」
「それも違うわ。リコさんの髪色は生まれつき赤毛なの。生後すぐは濃い茶髪だったそうだけど、物心つく頃には今の髪色になったと記録されているわ」
……どういう事だろう。海外や異世界では赤毛はそう珍しい存在ではないし、実際に僕が以前知り合った異世界ナンサイバの軽戦士にして娼婦であったメリーアンも綺麗な赤毛だった。
けど純粋な日本人に限って言えば……ディスプレイに表示されている二階堂リコのような鮮やかな赤毛というのはまず見たことがない。
これが外国人とのハーフであるならまだしも、リコの隣に映し出された母親も、そして父親もが黒髪であるのなら……普通に考えれば赤毛の子供が生まれるとは考えにくい。
なら、二階堂企画官が離婚しているということと合わせて考えられる「理由」は……。
「如月君が何を考えているかは判るわ。そしてその考えは……離婚した夫も同じ事を思ったようね」
「……なら、二階堂企画官は……その、不倫を?」
「元夫は離婚調停時にそう主張したと記録が残っているわ。対する二階堂企画官はその疑いを完全否定したようだけど」
僕はドロドロした離婚劇には正直あまり興味を持てなかったけど、麗奈と志織は興味津々のようだ。
「夢那センパイ、DNA鑑定は?」
「二階堂企画官側は当初DNA鑑定を提案したそうだけど、夫側が『見るだけで吐き気がする髪色こそが明白な証拠だ』と暴言を吐いたそうよ。二階堂企画官もその言葉にプライドを激しく傷つけられたのでしょうね。最終的には『信じないなら結構』と突き放す形で鑑定を放棄して離婚調停に応じたそうよ。彼女も公的な立場があるから、あまり離婚調停に時間を割けなかったようだし……結局はリコさんが誰の子供なのか有耶無耶のまま離婚する流れになったと記録されているわ」
しかし母親が親権を取ったということは、二階堂リコが二階堂静香の実子であることは間違いないのだろう。つまりリコは自身の髪色という、生まれつきの要素によって両親を離婚させてしまった……?
「夢那センパイ。黒髪の両親から赤毛の子が生まれる可能性は無いの?」
「私も詳しい事は知らないけど、分析官が言うには確率は0ではない、との事よ。両親のどちらかに外国人の血が流れていると隔世遺伝的に赤い髪色が発現することは極希にだけど有り得るそうだから」
二階堂リコの髪色を巡る話の真相は僕達には判らない。けど、彼女の赤毛が二階堂家を崩壊に導いたのだとしたら……運命の悪戯はあまりにも残酷だ。
「それで榊サン、この子が複雑な家庭環境なのは判りましたけど、それって案件と関係あるんですか?」
「関係というよりも……そうね。これはあくまでも私の個人的な想いだからここだけの話にしておいて欲しいのだけど……。私は彼女、二階堂リコさんを現実世界に帰還させて欲しいと強く望んでいるわ。もちろんこれまでのターゲットだって、皆帰ってきて欲しいとは思っていたけど、それでも彼女の状況は……」
いつもは冷静で、僕達狩人がターゲットを殺害したことを報告しても大きく感情を動かさない榊会長が、ディスプレイに投影されたままになっているリコの写真を見ながらそんなことを呟いた。
異世界へ転移した人々には様々な事情があり、僕が実際対面したターゲットにも複雑な背景があった。確かに母子家庭であるリコの生い立ちには同情すべき点はあるけど、自慢では無いけど僕自身も実家の両親は別居している。
ターゲットが小学生である事を踏まえても、普通に考えれば母子家庭という事実だけで榊会長がそこまで思い入れを持つようなことはないように思えるけど……。
「まだ、何かあるんですか?」
「ええ。二階堂リコさんはネグレクトにあっていたようなの」
「育児放棄ですか……?でも母親は官僚なんですよね?そんな地位のある人がネグレクトなんて……」
「悠斗、逆。地位がある人間だから虐待はしない。けど、愛情を持てない相手だからこそ、最低限の世話だけして無視をする」
僕は児童福祉に詳しい訳ではないけど、ネグレクトも物理的な暴力を伴わないだけで虐待の一種じゃなかったっけ。そんな少し的外れなことを考えてしまう。
「弓月さんの言っている通りよ。二階堂企画官は娘であるリコさんを虐待していない。身なりも立派だし、食事もちゃんと与えているわ。けど、学校の父兄参観にも保護者懇談や三者面談にも、二階堂静香は公務を理由に一度たりとも顔を出していないそうよ」
「それって、かなり異常じゃないですか……」
「ええ、学校側も問題視はしていたようだけど、学校も、教育委員会も、相手が官僚ということもあってあまり強くは言えなかったみたいね。さすがに家庭内の事までは調査できなかったけど、学校内でリコさんが問題行動を起こしていたにも関わらず呼び出しに応じないということは……おそらく自宅でも母娘の接点は殆どなかったんじゃないかしら」
「外務省の官僚だと、海外での公務も多そうですからね……」
リコの状況にいまいち想像が及ばず、僕は自分が的外れな事を言っていると理解しながらも、ついそんな合いの手を入れてしまう。けど、僕の発した何気ない言葉に榊会長は眉をひそめると、言った。
「外務省経由で二階堂企画官の海外渡航状況を確認したけど、ここ3年は国際会議への随行や事前調整などの公務を理由に年の半分近くを海外で過ごしているようね。もちろん、リコさんは日本国内に残したままで」
「小学生の子供が1人で生活できるんですか?セキュリティ的にも問題がありそうですけど……シッターを雇っているとか?」
「二階堂家は都内の高層住宅に居を構えているけど、常駐している管理人にリコさんの動向をそれとなく監視させていたようよ。食事の類いは纏めて冷凍食品を取り寄せたり、宅配サービスを利用させていたようだけど、常駐のシッターは雇っていないようね」
ということは二階堂リコという少女は年の半分をひとりぼっちの家で過ごしていたということか。
タワーマンションに憧れる人は多いけど、豪華な高層建築物はリコにとって自身を閉じ込める監獄塔のようなものだったのかもしれない……ふとそんな事を思う。
おそらく榊会長がリコに肩入れしたくなっている理由はネグレクトも関係しているのだろう。そう考えながら、僕は榊会長に話の続きを促す。
「では今回案件だと発覚したのは……」
「……前置きが長くなってしまったわね。案件についての説明を始めるわ」
そう言って榊会長が説明してくれた二階堂リコが失踪した状況は、先ほどの前置き無しでは理解しづらい事態だった。




