#2
僕達の所属する総合学部の本部は地下に存在しているけど、名目上総合学部は御門大学の本部棟上層階にフロアを持っていることになっている。その関係から、本部棟の屋上は総合学部が運用するヘリポート――実態は飛行魔法を使える狩人達のフライトデッキ――として運用されている。
今回、僕と麗奈、そして志織に榊会長といういつものメンツがその本部棟屋上へ集まっているのは僕が「虹と永遠の世界」から持ち帰った装備、動力甲冑の動作試験を行うためだ。
「いやー、何度見てもゴツいですよね」
「悠斗、これはリビングアーマーに似てる」
「まぁ、そんな魔法的なモノではないそうだけどね……」
僕が科学文明が高度に発達した世界で建造された動力甲冑を得ることが出来たのは、これが廃棄予定のジャンク品だからという理由が大きい。それでもごく限られた時間であれば稼働させることが出来ると、これを譲ってくれた「ガーリックの女神」は言っていた。
「如月君、これは太陽電池で稼働するという理解でいいのかしら」
「概ねそれで合っている……と説明を受けています。実際は電力ではなく光子なるエネルギーで動くそうですけど」
「でもユートさん、肝心のバッテリーが欠落してるんですよね?」
「なんでもサルベージされた旧式らしくて、現行のバッテリーが使えないと言ってたけど……。内蔵された小型の動力源で15分ぐらいなら動くらしいよ」
「へぇ……」
一応、装備を譲り受ける際に簡単な説明は受けたけど、詳しい操作方法は搭乗して内蔵されたマニュアルを参照してくれと言われている。
本来なら異世界の装備に添付されたマニュアルなんて読めるはずもないけど、HUD代わりに投影されている立体映像に表示さた文字は何故か日本語で、僕達はなんの苦労もなく動力甲冑の操作方法を会得することが出来た。
「しかし、本当に日本語が使われているのね。ローカライズが掛かっているのかしら」
「そのあたりは詳しい話を聞けませんでしたが……可能性はありますね」
「ところでユートさん、この動力甲冑でしたっけ?ステータスがちょっとヤバそうな気がするんですけど」
鑑定眼で動力甲冑を観察していた志織が気になることを言い出した。どういう事かと確認する僕に、志織は小首をかしげて言う。
「えっと、バッテリーが欠損しているのは確認済みとして、酸素触媒?なるものも残量が少ないようですよ。これ、内部を完全密閉して深海でも宇宙でも使える仕様になってるみたいですけど、酸素が供給されなかったら窒息しますよね?」
「現状渡しって言ってたのはそう言うことか……まぁ僕は酸素を生み出す魔法を使えるから、マナがあれば問題はないかな」
「まだ問題がありますよ。これ、戦闘用じゃないって出てます」
「え?……それ、どういうことだい?」
志織の言葉に、僕は一瞬虚を突かれた。この装備は件の世界で対ワイバーン戦で実戦投入されていたはずだけど、それが戦闘用ではない……?
「えっと、装甲がジュラナイト合金という金属らしいですけど、その金属の耐熱温度が低すぎて現地武器の攻撃を防げない、ってなってます」
「耐熱温度……何度ぐらいかわかるかい?」
「……2000℃になってますね」
鑑定眼によって表示された情報を読み取っているのか、眉間にしわを寄せて志織かんでとないことを言う。
「……ちょっと待ってくれ。200℃じゃなくて?」
「ええ。ツーサウザンドです」
「いや、英語で言わなくても良いけど……それって……」
「……如月君、この数字……私達の文明が保有している大気圏突入可能な宇宙船よりも格段に熱耐性が高いわ。そんな金属を熱耐性が低いカテゴリに分類するなんて……どれだけ高度な文明の産物なのかしら」
そう言えばあの世界で出会った英雄は熱線銃のようなハイテク武器を使用していた。確かにあの武器なら数千度クラスの熱を放つことも有り得るだろうし、それを防ぐとなるとこの動力甲冑の装甲では力不足ということか……。
「悠斗。もしその世界と敵対していたら、大変なことになっていた」
「だろうね。そうか、彼女がいともたやすく動力甲冑を譲ってくれたのは、自分達の武器でこれを簡単に破壊出来るから、僕達が手にしても脅威にならないと考えていたってことか……」
今さらながらだけど、恐るべき技術を持つ世界と友好的に話を付けることが出来た幸運に、僕は心の底から感謝した。
その後、動力甲冑の試験稼働は無事に成功した。事前に聞かされていた15分という稼働時間は晴天時に光子を充填しながらの稼働させた際の数値らしく、比較のために陽光の当たらない地下の試験場で動かした時は10分ほどしか動かすことが出来なかった。
光子が切れると脱着できないというのも事前情報通りで、エネルギー切れになったあとは一旦ストレージに収納する形で装備解除し、屋上へ持って行って再充填してから再稼働させる……という少々面倒な運用が必要であることも判った。
「常用するには少し手間が掛かりそうね。緊急時の装備というところかしら」
「そうですね……。バッテリーを生成出来ればもっと効率的に運用出来るのですが」
榊会長の言葉に、僕は志織に視線を向けながらそう答える。けど志織は首を横に振りながら、言った。
「無理ですよ。トートも原理が全く判らないって。この世に存在しない知識だって言ってました」
「まぁ魔神が科学技術に詳しいとは思えないし、仕方ないか」
「色々と解析してみたい気もするわね。如月君、もし壊れて動かなくなったら総合学部に寄付して貰えないかしら」
「承知しました、会長」
まぁ元々ジャンク品だし、動かなくなったら分解して研究素材にするのが良いだろう。
光子の充填が完了した動力甲冑を再びストレージに格納し、僕達は屋上を離れようとした。と、榊会長がそんな僕達を呼び止めた。
「そうそう、如月君にお願いしたい案件があるのだけど……」
「夢那センパイ、悠斗は試験期間前。今悠斗に案件をふるのは良くない」
「公欠処理はできるから、仮に試験期間に被っても追試験を受けられるわよ?それに、もし試験を受けられなくて留年しそうなら……総合学部へ転籍すれば問題ないでしょうし」
そう言えば僕を総合学部に勧誘してくるのは麗奈と志織だけじゃなかったっけ。最近はあまり意識してなかったけど、榊会長も僕を総合学部に引き入れようと考えている1人だった。
「夢那センパイ、それはナイスアイデア」
「そうですね!榊サン、案件の事を詳しく聞かせてください!」
「……えっと麗奈?志織?僕の意見は……」
「転籍のためだから、仕方ない」
「そうですよ、ユートさんが総合学部に来たらずっと一緒にいられますし」
どうやら僕は同意なしに期末試験前というタイミングで案件を引き受けざるを得ない状況に追い込まれてしまったようだ。どうしてこうなった……。
「それで、どんな案件なんですか?」
「詳しい話は作戦室でするけど……端的に言うと、先日の陣川君のケースと似たような状況なの」
「と言うと、また空間に穴が開いたんですか?」
「いえ、そちらではなくて家庭環境に問題のある子供ということよ。陣川君や高坂さんを説得できた如月君なら、たぶん……あの子も連れ戻せるんじゃないかと思って」
榊会長の言う陣川君とは虹と永遠の世界へ迷い込んだ中学生で、彼は両親が離婚調停の最中に異世界へ転移することになった。彼が行方不明になったことで両親は家族の絆を再確認したとかで、結果として離婚は取りやめになったと聞いている。
けど陣川君のケースは僕が説得したというよりも、異世界の英雄や女神達が彼の問題を親身になって受け止め、諭してくれていた事によるものだと僕は考えている。
「会長、陣川君の件で僕は説得らしい説得は出来ていませんが……」
「それでも、今派遣できる狩人で説得できそうな可能性があるのは如月君しかいないから。頼めないかしら?」
「まぁ、話を聞いてから判断するので良ければ……」
「ありがとう、如月君。是非彼女を助けてあげて欲しい」
彼女、ということは女の子なのだろう。ふと僕は傍らに立つ志織に視線を向けた。僕が何を考えているのか理解しているのか、志織は微笑むと言った。
「大丈夫ですよ、ユートさんなら。私の時と同じように寄り添って我が儘を聞いてあげて、そして現実世界へ連れ帰ってあげてください。あ、でも自宅へお持ち帰りは駄目ですからね?」
「判ってるよ、志織」
「……悠斗、私にも優しくして」
「僕はいつでも麗奈には優しいだろ?」
志織との関係が深まったとはいえ、麗奈への愛情が薄れることはない。むしろ麗奈がこれまでよりも積極的に求めてくることで、回数が……いや、そんなことは今はどうでも良かった。
ともあれどこか和やかな雰囲気のまま作戦室に到着した僕達は、早速ブリーフィングを受けることになった。
……けど、今回のターゲットである少女「二階堂リコ」の生い立ちは……少し浮かれていた僕の想像を遙かに超えた深刻なものだったんだ――。




