#1
戦場。それは勇者も魔物も一般兵も、等しくすりつぶされる地獄の別名だ。そして今、ランドール王国の最終防衛線はまさに地獄の様相を呈していた。
「がはははは!遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは魔王軍四天王が一人、大地のグランバレス!人間よ、我が軍の前に屈するがいい!」
敵軍の前線中央で大喝したのは身の丈4mほどもある大柄な鎧姿の武人。甲冑の隙間から見える肌の色が青銅色であるところから察するに、魔族……それも名乗りの通り四天王の一角であるのなら、かなり強力な部類の存在なのだろう。
前線で必死に戦う騎士団や王国軍の兵達はグランバレスの声に畏怖……いや恐怖を感じたのか既に及び腰で、民兵に至っては既に戦意を喪失してしまっている。
王都決戦という、すでに退路を断たれている状況ではあるけど、もし誰か一人でも逃走してしまえば戦線が崩壊してしまうのは傍観者である僕の目から見ても明らかだった。
一方で魔王軍の方は四天王の名乗りによって志気が高まり、このままではランドール王国側は一気に押し切られ、国が滅びてしまうことになるだろう。
むろん、僕が力を振るえば戦況を好転させることも不可能ではない。けど異世界であるランドールがどうなろうと僕には無関係だから、この戦いに積極的に介入するつもりは毛頭無い。
……そう、僕には理由がない。けど、彼女は違う。
「はぁ~、ほんっとうによわよわだよねぇ。騎士のおじさんよっわ〜い♡、まほーつかいのおばさんもよわすぎ〜♡みーんなよわよわ~っ♡」
戦場には全く似つかわしくない、少女……場合によっては幼女と評してもおかしくないような、幼い声が響く。
言葉の内容は戦場に立つランドールの騎士や魔法使い達を嘲笑するものだけど、その声を聞いたランドール軍の空気が微妙に変わったことが、物見台から見ていた僕にも判った。
「あれれ~、そんなんじゃ、みんな死んじゃうよ~?ざこの相手はリコに任せて、よわよわおじさん達はもうおうちに帰って寝てたら~?」
そんな言葉と共に、ランドール軍から小柄な影が飛び出した。単騎で突出した無謀な人影は前線を構成する大量の魔物を一瞬のうちに蹴散らし、四天王大地のグランバレスへと肉薄する。
「むぅ、何奴だ!」
「ざぁこざぁ~こ♡ざこ四天王♡」
巨大な戦斧で突出した人影の一撃を受け止めるグランバレス。一瞬、動きが止まったその人影は……ちびTにデニムのショートパンツという軽装の上から、黒い部分鎧を身につけた少女だ。
まだ10歳かそこらでしかない少女。鮮やかな赤毛をツインテールにした彼女は小馬鹿にしたような表情で、戦場に恐怖を振りまいていた四天王に告げる。
「四天王とか、だっさ~い♡そんなダサい名前名乗って、はずかしくないのぉ?」
「貴様!名誉ある我が称号を愚弄するか!」
挑発に激高したグランバレスは斧を一旦引き、大きく振りかぶると少女を一撃の下に葬り去ろうとする。けど、その動きは失策だった。
「ぐわっ!?」
「ちょっろ〜い♡」
大振りになったグランバレスの隙を見逃さず、彼女――勇者、二階堂リコは、素早く重い、大剣の一撃でグランバレスの首を打ち落としたのだ。
「うおぉぉぉ!」
「勇者様が四天王を討ち取ったぞ!」
「この戦、我らの勝利ぞ!」
それまで意気消沈していたランドール王国軍は乾坤一擲となるリコの一撃により士気を取り戻し、逆に将であるグランバレスを討たれた魔王軍は予想外の敗北に騒然となり、後方の兵から雪崩を打って壊走を始めた。
結果として……その日の戦闘は人類側の勝利で幕を下ろすことになった。
「ここまで勇者らしい勇者は珍しいけど、それがまさかあんな子だなんてね……」
混乱する戦場を、まるで無人の荒野を行くかのように意気揚々と王都へ帰還するリコの姿を遠目に見やりながら、僕がそうつぶやいたのも……致し方ないことだと思う――。
僕がランドール王国へ向かうことになったのは、「虹と永遠の世界」を巡る「案件ではない案件」という少し不思議な出来事から1週間が経過した、7月も終わりに近づいたタイミングでの事だった。
結局、僕があの不思議な世界から連れ戻した中学生、陣川正樹君は経過観察期間を経て本当にチート能力を得ていないことが判明し、僕達総合学部の管理下から外れ自宅へと帰還することになった。
時期的に丁度小中学校が夏休みに入っていたこともあり、彼の行方不明事件は「家庭環境に起因する多感な少年のちょっとした家出」という形で話が収まることになるのだろう。
で、僕はと言えば……夏休み前の大学生に訪れる最大の試練である、前期試験の準備に追われている最中だ。
「悠斗、総合学部へ来たら試験受けなくていいよ?」
「ほんと、なんで頑なに総合学部へ移籍するのを拒むんですかねぇ……」
僕の前で頬杖を付きながら、そんな事を言っているのはピンクゴールドの長い髪が目を惹くビスクドールのような美少女と、長い黒髪に赤い瞳が印象的な知的美少女の2人組。
……言うまでもなく、僕の婚約者である麗奈と志織だ。
表向きは学生の身分を持つ麗奈と志織だけど、この2人の実態は総合学部の職員に近い。だから彼女達は一般学生である僕と違って試験や講義とは無縁の存在だ。そして麗奈は――最近は志織も――ことあるごとに僕に総合学部へ転籍しろと言ってくる。
「だからいつも言ってるだろ?僕は――」
「ユートさんがモブなら、タローさんとかどうなるんですか?ガガンボですか?」
「シオリ、ガガンボは太郎に悪い。ミトコンドリアぐらいにすべき」
「いや、それもっと酷いよね?」
僕達が今いるのは自宅のリビングだから当然この場に太郎はいないけど、それにしてもあまりにも酷い言いように僕は苦笑するしかなかった。
そういえばナンサイバの件の直前に金を無心しに来た太郎は結局、投資詐欺にあったことが実家にバレたらしく、夏休みは実家でみっちりと経済の勉強を叩き込まれることになったと嘆いていたっけ。
「それよりユートさん、今日は天気が良いですから例のアレ、そろそろ稼働試験しませんか?」
「稼働試験の前に前期試験の方をなんとかしたいんだけど……」
「悠斗、気分転換は大事」
「そうか、麗奈がそう言うならそうしようかな」
「ちょ、私の提案は聞いてくれないのにレーナさんの提案は二つ返事でOkとか酷くないですか!?私もユートさんの婚約者ですよね!?」
「シオリ、私は第一夫人。だから優先度は私の方が高い」
「でも、私の方が先に婚約指輪を貰いました!」
「ぐぬぬ……」
麗奈はいかにも悔しそうな言葉を口にしたけど、その声は平坦な棒読み口調だ。たぶん、志織に合わせてそう言っているけで内心では麗奈はまったく気にしていないのだと思う。
その証拠に麗奈は口でこそぐぬぬと言いながらも視線は左手の薬指にはめた指輪に向かっているし、柔らかい笑みを浮かべている。
そんな麗奈の視線に気付いたのか、志織も自分の左手薬指にはめた指輪を見やりながら、言った。
「私の指輪もイケてますけど、レーナさんのも良いですよねぇ」
「うん。悠斗は私のことを考えてくれている。悠斗、好き」
「喜んでくれて嬉しいよ。それで衣装セットはもう決めたのかい?」
「1つは普段着にした。もう1つは悠斗が保管してくれてた昔の装備にした。最後は裸エプロンにしようと思ってる」
「いや、最後のはどうかと思うな……」
麗奈が言っているのは、僕が彼女に婚約指輪として贈ったマジックリング「衣棚の指輪」に関することだ。
この指輪はワードローブのように3種類の装備を保管・登録することができ、さらにはそれらに一瞬で着替えることが出来るという、アイテムボックスやストレージの限定版のような力を持っている。
麗奈は3枠のうちの1つを普段着……つまりかっちりとしていて脱ぎ着に手間の掛かる衣装にし、もう1枠をグレイランスでかつて使っていた巫女姫としての装備にしているそうだ。
ちなみにこの指輪は衣装だけでなく装備中の武器もまとめて登録できるので、志織が改造した小型化された魔力銃も2番目のスロットに登録し、結果として2枠目は戦闘用装備になっているのだそうだ。
いや、麗奈が本格的な戦闘をするような状況になったら困るんだけど。
「でもレーナさん、毎回裸エプロンだとユートさんも飽きるでしょうから、いっそ『何も無い』を登録しておいたほうが汎用性が高いのでは?」
「それは一考の余地がある」
「いや、無いだろ。間違えて人前で全裸になったらどうするんだよ……」
馬鹿なことを言っている志織と麗奈に苦言を呈しながら、僕は開いていた講義ノートを勢いよく閉じた。
結局、2人が一緒にいると気が散って勉強にならない。なら……志織が言っていた稼働試験を済ませてから、夜にでもまた勉強を再開した方が効率的だろう。




