#28
僕は静かに頭を振ると、サキに精霊銃を向けたまま口を開いた。
「悪いけど君のことは既に信用できない、つまり処理すべき人物だと判断した。理由は言わなくてもわかるだろう?」
「ウ、ウチはBなんや!オーナーが商売のために手ぇ打ったことが悪いんか!」
「サキ、君は根本的な所で間違ってる。君は自分の事をBクワドラント……ビジネスオーナーだと思っているようだけど、それは正しくない」
「はっ!?ウチは座ってても大金を生み出せるんや!それがオーナーちゃうならなんやねん!」
「君は自分が本当にその立場だと思っているんだね。もう少し注意深く本を読んでいれば、自分の立場をわきまえることが出来ただろうに」
そう、サキは自称するBクワドラント……つまり本人が不在であっても稼ぎを生み続けるシステムを保有する立場の人間とは遙かに縁遠い、単なる専門技能を持った労働者でしかない。
彼女は良くて自営業者を意味するSクワドラントか、実態としては結晶を生み出す専門職能の労働者……つまりEクワドラントでしかないんだ。
このナンサイバにおける結晶ビジネスにBクワドラントが存在しているとすれば……それはイコックのような大店連中だろう。
つまるところサキは彼女がラットレースだと見下していたシーカー達と同様に、もっと大きな結晶経済という回し車を回すネズミでしかなかった、ということだ。
けど、全てはもう手遅れだ。サキは自らの価値を過信して僕の信用を裏切ることを選び、勇者狩りである僕は信用できない彼女を殺すという選択肢を選ばざるを得ない。サキ自身に対する怒りや憎しみではなく、僕達総合学部の定めたルールに従って。
「なぁ、ユート、後生やから許してや。ウチかてこんな事しとうはなかったんや」
「君の人生が不運続きだったことは同情するよ」
「なら、な?ええやろ?」
「けど、それは理由にならない。さようなら、町田サキ」
「このクソガキィ!人が下手にでりゃ調子に――」
それまでの媚びた表情と猫なで声から打って変わった形相でサキが上げた罵声は、精霊銃の銃声によって断ち切られた。
僕は思う。確かに子供の頃に両親に見捨てられ、社会のセーフティネットからもこぼれ落ちたサキは同情に値する不幸な境遇だった。けど、同じように不幸な境遇にあっても強く、真っ直ぐに生きている人だっているはずだ。
もちろんこんなことは僕が恵まれた立場にいるからこそ言える、傲慢な考えかも知れない。けど、少なくとも…このナンサイバで出会ったメリーアンという女性は、稼業を失い娼婦に身をやつしてなお義理堅く、誠実な人物でありつづけた。ならサキだって……。
「まぁ、もう今さら、か」
僕はそう呟くと、サキの死体をその場に残しマナバンクを後にした。
これで僕がこのナンサイバで行うべき任務は完了した。あとは帰還するだけだけど、その前に一つやるべきこと……いや、違うな。僕がやりたいと思っていることが残っていた。
宵の口を少し過ぎた頃合いのナンサイバは活気に満ちあふれていた。色とりどりのネオンが照らす路地ではシーカーらしき人々が陽気に語らっているのが見える。そんな光景を見るとはなしに見ながら、記憶を頼りに名前もうろ覚えな宿へと戻った僕は、借りているツインの部屋へと足を運んだ。
そっと開いた扉の中は、灯りが消されていて真っ暗だった。もしかしたらメリーアンは起き出してどこかへ行ったのだろうか?そう思いながら室内へと足を踏み入れる。と……。
「なんだ、ユートじゃないか……びっくりさせないでおくれよ」
「メリーアン?」
「忍び足で近づいてくるから、また刺客でも来たのかと思ってつい身構えちまったよ」
窓から差し込むネオンサインの光に照らされた薄暗い室内で、僕の首元に短剣を突きつけていたメリーアンはそう言うと深く息を吐いて表情を緩めた。
「いや、君が寝てたら悪いと思ったんだよ」
「そうかい?そりゃすまなかったね。でもユートが無事に帰ってきてくれて良かったよ。用事は終わったのかい?」
「ああ。僕がここですべきことは終わったよ」
「そっか……じゃあ、わざわざアタシにお別れを言いに来てくれたのかい?」
「まぁそうなんだけど……灯りを付けてもいいかい?」
「構わないよ……ちょっと待ってな」
そう言うとメリーアンは灯りを付けてくれた。けど……確か眠ったときは革鎧を身につけていた筈なのに、今の彼女はまた下着姿になっている。僕の視線に気付いたのか、メリーアンは肩をすくめて言った。
「鎧を着けてると寝にくいんだよ。っていうか、女に服を着ろってうるさいのアンタぐらいだよ?普通は脱げ脱げって騒ぐものなのにさ」
「僕は常識人なんだよ」
「……どうだか。で、もうすぐに帰っちまうのかい?」
「そうだね。でもここを去る前に用事を一つだけ済ませておきたかったんだ」
僕はそう言うとストレージから革袋を一つ取り出し、それをメリーアンに差し出した。怪訝げな表情を浮かべながらも素直に受け取ったメリーアンは、袋の意外な重さに少し驚いた様子だ。
「なんだい、これ」
「ポーションと軟膏を買ってきた。僕に付き合ったせいで君が傷ついたんだから、責任をとらないとね」
「護衛に雇った人間にここまでケアする雇い主なんて聞いたことないよ。……それになんで袋に金貨が入ってるのさ」
「これまでのお礼だよ。こういう形でお礼をするのが良いかどうか迷ったんだけど、メリーアンには必要だと思ったんだ」
そう、袋の中には薬だけで無く200枚ほどの金貨を入れておいた。それはこのナンサイバでは数日分の生活費にしかならない額だけど、街の外ではそれなりの期間生活が出来る額だと聞いている。
「ユートにはもう2週間分のカネは貰ってるよ?」
「メリーアン、大事な話だ。僕はサキを殺した」
「サキ?誰だい、それ」
「マナバンクのオーナーだよ」
「!?」
僕の告白にメリーアンは息をのむ。それもそうだろう。なにせマナバンクは今やナンサイバの経済を支える最重要インフラであり、「オーナー」はマナバンクを稼働させうる唯一の人物だったのだから。
「……どうしてそんな事になったんだい?」
「詳しい話はできないけど、僕はサキを自分達の世界に連れ戻すためにここを訪れたんだ。そしてサキは帰還を拒否した。僕達のルールでは帰還を拒むものは殺す必要がある……まぁ、君が納得してくれるかどうかは判らないけど、そういう理由だ」
「……アタシは学が無いから良くわからないけど、それでもユートが必要だと思うなら、多分必要なことなんだと思うよ」
異世界間のリソース争奪戦については知る者が少なければ少ないほど僕達の世界は有利になる。だからメリーアンが相手であっても、全てを話すことは出来ない。けど……それでもこれから僕が彼女に伝えたいことを話す前提条件として、サキのことと、彼女を殺した理由は説明しておく必要があった。
「それで、だ。サキが死んだ事でマナバンクは活動を停止することになる。これが何を意味するかは……昨日も話したよね」
「ああ、そうか、そういうことだったんだね。ユートがいずれマナバンクが無くなったらって言ってたのはそういうことだったんだ」
「そういうこと。だけど実はあの話には、あの時の僕が知らなかった続きがあったんだ」
そう前置きして僕がメリーアンに話したのはロードが大氾濫対策として勇者を召喚したこと、そしてその勇者こそがサキであること。
サキは勇者としての務めを果たさなかったけど、結晶の供給という間接手段で大氾濫の発生を押しとどめていたこと――。
「ちょっと待っとくれ。じゃあそのサキってのが死んだら、大氾濫が起きるってことかい?」
「正直、その可能性がどの程度あるのかは判らない。勇者による大氾濫防止が単なる間引きでいいなら、結晶を持ったシーカー達がすでに十分間引きを行っているはずだから」
「けど、もしダンジョンにボスでも現れていて、それを倒さないといけないなら……」
「結晶の供給が止まった現状では、現在攻略しているフロアへすら辿り着けないだろうね」
つまりは、そういうことだ。大氾濫は発生するかもしれないし、しないかもしれない。けどサキがいない以上、大氾濫が発生すれば……対抗手段を持たないナンサイバは大迷宮からあふれ出した魔物達によって蹂躙されることになる。
ロードは未だ昏睡状態だと聞くし、再び異世界から勇者召喚が行えるとは思えない以上、もし大氾濫が発生すれば高い確率でナンサイバは滅亡することになるだろう。
僕の言葉にメリーアンは絶句する。それもそうだろう。彼女の目の前にいる僕が行ったサキの殺害が原因で、街が一つ滅ぶ可能性があるのだから。
「それで、だ。君はこの街に家を持っていないと言ってたよね?それは街の外に故郷があるってことだろ?」
「……ああ、アタシの実家は馬車で10日ほど行ったところの小さな村にあるよ」
「メリーアン。僕は君に死んで欲しくない。だから……そのお金で故郷へ帰ってくれないか?」
僕の言葉にメリーアンは沈黙し、手にした袋をじっと見つめている。けど、僕はこれ以上彼女の人生に干渉する事はできない。危機を伝え、最低限の避難資金を渡す。本当に、どうしようもないぐらい中途半端な介入だ。
内心でそう自嘲すると、僕は座っていたベッドから立ち上がった。
「ユート?」
「……僕はそろそろ行くよ。メリーアン、君と出会えて良かった」
「……なぁ、ユート。もしアタシがアンタと……。……いや、何でもない」
「じゃあ、元気で」
メリーアンが何を言おうとしていたのかは鈍感な僕にだって判る。彼女は僕と一緒に現実世界へ渡ることを考えたのだろう。けど、言葉も風習も何もかも違う世界で、さらに言えば僕には待っている人がいることをメリーアンは知っている。だからこそ、彼女は最後まで言葉を続けなかったのだろう。
結局、彼女がこのナンサイバを離れる決断をするかどうか僕は確認しなかった。中途半端な介入しか出来ない僕が、今この場でメリーアンに決断を迫ることが烏滸がましいと思ったから。
「本当に、中途半端なことだよね……」
通りから窓から魔力の灯りがこぼれる客室を見上げながら、ふとそんな言葉がこぼれる。
僕は頭を振って、ストレージから小ぶりな結晶を取り出すと……ロードの居城を視界にとらえながら、「瞬きの転移」の魔法を発動させた。




