#27
けど僕もこのような事態を全く想定していなかった訳ではない。マナバンクで僕が最初に接触した傭兵シーカーが障壁の指輪を身につけていた時点で、対応策は考えている。
「部屋の備品、壊さんといてや!あと、殺すのもナシや!」
「承知しました、おーなー!」
「へへ、こんな弱そうな兄ちゃんをとっ捕まえるだけで1000ギルダとか、美味しい仕事だぜ」
「ああ、せこせこシーカー稼業をやってるより、ここでおーなーの護衛をやってるほうが楽に儲かるからな!」
「ラットレースに戻りとうないなら、ちゃっちゃと働きや!」
そう言うとサキは開けっぱなしになっていた扉から出て行った。そして軽口を叩きながら11人のシーカーが僕の周囲を取り囲む。僕が見慣れない武器を持っているせいか、彼等は警戒しているようだけど、その逡巡が命取りだ!
《マナよ、礫となりて我が元へ来たれ!礫よ、奔流となり手荒れ狂え!『マナストリーム』!》
僕はストレージから結晶を取り出すと、結晶を握りしめて魔法を行使する。「マナストリーム」は魔力を礫として実体化させ、術者を中心とした広範囲に対して渦拡散的に放出する魔法だ。生成される礫が小さいこともあって大ダメージは期待できない魔法ではあるけど、僕がこれを選択したのには理由がある。
そう「マナストリーム」は一度行使すると術者が停止するか、魔力が尽きるまで礫の放出が継続されるからだ。
つまり小威力かつ広範囲の持続性魔法を行使することで、傭兵シーカー達の持つ障壁の指輪――そしてその障壁を維持している魔力を削る作戦だ。
「マナストリーム」は精霊銃のようなノックバック効果は期待できないけど、障壁の発生中は装備者も一時的に行動できなくなることは確認済みだ。つまり僕は「マナストリーム」を使って相手を固めて削る、嵌め殺しパターンへ持ち込んだ訳だ。
「くそっ……なんだ、これは!」
「狼狽えるな!相手の魔力が切れたら一気に押し切れ!それまでは耐えろ!」
「結晶の魔力がどんどん減って……!」
傭兵シーカー達が手に持っていた結晶にはサイズ差があったのか、まず最初に一番小さい結晶を持っていた軽戦士の手の中で紫色の立方体が砕け散る。
そしてその直後、魔力防壁を喪ったシーカーは魔力の礫に生身の体で乱打された。そして防具を装備していない箇所――有り体に言えば頭部だ――を貫通され、ボロ切れのようになって倒れ伏した。
僕はシーカー達に恨みも敵意も感じてはいない。けど彼等が自らの利益の為に僕を捕らえるための傭兵として雇われている以上、生きていれば僕の行動を妨害しようとしてくることは想像に難くない。なら、僕はサキを殺す障害となる彼等を倒す。ただそれだけの話だ。
「くそ!リチャードが!」
「耐えろ!ヤツの結晶の方が小さい!直にこの厄介な魔法も終わるはず――」
「……残念だけど、それはないよ」
魔力切れを期待するシーカーの言葉に、僕は頭を振るとストレージから結晶を取り出して見せた。
「まだあと39個あるからね」
僕の言葉にシーカー達は絶望の表情を浮かべたけど、後の祭りだ。
結局、2つ目の結晶が魔力を使い切って砕ける前に、11名全てのシーカーは魔力障壁を破壊され倒れ伏した。当たり所がよく、生き残っている者もいるかもしれないけど、ざっと確認した限りでは起き上がって来そうな気配はない。それだけ見て取ると、僕はまるで暴風雨が荒れ狂ったような惨状を晒すサキのオフィスを後にした。
サキの居場所は探るまでもなく手に取るようにわかった。なにせ彼女はストーカー王女が僕に寄越した件の首飾りを身につけているのだから。
この位置関係だと地下室だろうか。移動していないようだけど、サキがあの首飾りに仕込まれた追跡魔法の気付いているとは思えないし、おそらく外部への脱出路がある訳ではなくゴタゴタが終わるまで一時的にシェルターにでも籠もっているのだろう。
地下への扉には鍵が掛かっていたけど「開錠」の魔法で難なく開くことが出来た。現在使っている結晶の魔力残量はあと僅かだけど、消費マナの少ない魔法ならあと1発は撃てるだろう。そんな事を考えながら、僕は地下へと足を進める。
「なんや、えらき時間掛かったな。で、あのアホはちゃんと捕まえたか?」
「そのアホっていうのは僕の事かな?」
「な、なんでユートがここへ!?鍵掛けとったやろ!?」
「確かに掛かってたね。まぁ簡単に開けられる程度の代物だったけど」
おそらくサキは僕の捕縛が終わり次第、傭兵シーカーに知らせに来いと指示していたのだろう。けと現れたのが傭兵シーカーではなく僕だったことは想定外だったようだ。
「……あの連中はどないしたんや?」
「傭兵のシーカーかい?僕がここに来てる時点で判ると思うけど、全員倒したよ」
「はぁ?なんやて……?11人もおったやろ!?」
「何人でもそう大差は無かったと思うけど」
僕の言葉に嘘偽りはない。「マナストリーム」の効果範囲に捉えることさえできれば、相手が1人でも100人でも倒す労力は全く同じなのだから。
「そのけったいな鉄砲でやったんか!?でも、ウチにはそれは効かへんで!」
「そう言えば君も障壁の指輪を使ってるんだよね。けど、その指輪の攻略法はもう理解したよ」
「なんやて?そんなハッタリ、ウチには効かへんで!」
こちら睨み付けてそういうサキの言葉に僕は嘆息した。障壁の指輪は魔力供給がある限りダメージを無効化する。そしてサキ自身は魔力を持たないため、彼女が障壁を張れるのは僕から奪った魔力……つまり左手に握りしめている結晶があるが故だ。
なら、彼女を守る障壁を打ち消すには結晶を取り上げさえすれば問題は解決するということだ。そして彼女1人を相手にするのであれば、シーカー達に使った「マナストリーム」のような非効率的な手段を使うまでもない。
《マナよ、滑油となりて地を覆え。汝、摩擦を忘れ地を舐めよ!『転倒の油膜』!》
僕が使った魔法は最も初歩のもので、魔術を習い始めた掛けだし魔導士が最初に学ぶ「転倒の油膜」だ。
相手の足下にヌルヌルとした油を生成し、踏ん張りを効かなくさせて転倒させるという、悪戯にでも使いそうな魔法だけど……実はこの魔法は戦闘時に上手く使用すると極めて有効な戦況管理を可能とするポテンシャルを秘めている。
ただ、今回の場合は相手がサキ一人だけなので、僕の狙いは戦況管理ではない。
「うわっ、なんやこれ……キモっ……わっ!」
呪文の完成と共に僕が手にしていた結晶は最後に残ったマナを使い切って砕け、同時にサキの足下に獣脂のような独特の匂いを放つ油膜が出現する。
突然足下に発生した油膜にサキは驚き、そしてその場から逃れようと迂闊にも片足を上げ、そして……次の瞬間、前のめりに転倒した。
もちろんこの魔法は足下に潤滑油を撒くだけだから即座に相手を地に這わせるような攻撃的な要素は持ち合わせていない。けど、だからこそ、この魔法は障壁の指輪で防ぐことができない。
さらに言えは戦闘経験の無いサキであれば、バランスを崩して転倒しそうになれば無意識のうちに手を付いて身体を守ろうとする。
――そして手を付くためには、握りしめていたモノは手放さざるを得ない。
結晶を放りだし、付いた手がまた潤滑油で滑ったことでサキは床に顎を打ち付けている。僕はそんなサキを醒めた目で見ながら、彼女が放り出した結晶を回収した。
「な、なんやねん、これ!ちょ、それ返しや!」
「おかしな事を言うね。これは元々僕のマナを抽出したものじゃないか。僕のマナは大事な人から託されたものなんだから、君が勝手に使って良いものじゃないし、ましてや君のものでもないだろう?だからこれは返して貰うよ」
「くそっ、あのラットレースのアホんだら共はなにやっとんねん!」
「言ったろう?倒したって。……いや、もっと正確に言うなら、皆殺しにした……と言った方が判りやすいかい?」
「なんやねん……アンタ……」
悪趣味な衣装を油塗れにした状態で床に突っ伏したサキは僕をバケモノでも見るような目で見ながらそう言った。
「僕かい?僕は異世界へ転移した勇者を狩る者、『勇者狩り』だよ」
「それ、ウチを殺すちゅうことなん!?」
「既に君にはそう伝えたと思うけど」
「……な、なぁ?アンタ魔法使いなんやろ?なら、ウチの力がいるんとちゃうの?」
「そうだね。君のマナバンクの力は確かに魅力的だったよ」
「なら、取り引きしようや。ウチはアンタの言う事ならなんでも聞くし、アンタが望むんなら好きに抱かせちゃる。な?悪い話とちゃうやろ?」
必死の形相でそういうサキの表情は、僕には醜いモノにしか見えなかった。もちろんサキの顔つきがどうとか言う問題ではない。自分が生きるために平気で嘘をつき、他人を騙そうとするその性根が滲み出たかのような媚びた表情が、僕にはどうしても受け入れられなかったんだ。




