#26
「おう、ユートやんか。待っとったで」
「やあ、サキ。もしかして僕のために臨時休業にしてくれたのかい?」
「そういうとこやな。まぁ座りや」
昨夜同様、だらしない格好で豪華なソファーに腰掛けたサキが笑顔を浮かべてそう言う。オフィスの中にいるのはサキ一人だけだけど、マナバンクに入る前に使った「生命感知」の感知結果では隣室に4名、奥の部屋にも5名程度の反応があった。もちろん、その後移動している可能性はあるけど、配置的に考えれば十中八九伏兵だろう。
僕が傭兵シーカーの配置に気付いていることを知ってか知らずか、サキは上機嫌な様子だ。服装は昨夜と違うものだけど、ヒョウ柄でゴテゴテとした派手な……そう、メディアで見かける誇張された「大阪のおばちゃん」的な衣装を身につけている。首からは昨夜僕が渡した王女の首飾りを提げているところをみると、気に入ったのだろう。
「早速で悪いけど、返事を聞かせて貰えるかな」
「返事?何の話やっけ。ウチと一緒にビジネスするっちゅう話か?」
「違うよ。チートを使うのを止めて僕と一緒に現実世界へ帰って欲しいって言う話だ」
「ああ、そんな話もしとったなぁ」
はぐらかすようにそういうサキの態度は、適当な返事で誤魔化してこの場を逃れようとしているようにしか思えなかった。これはアウトだと僕が思ったその時だった。サキが予想外のことを言い出したのは。
「なんやっけ……そう、日本が沈没するんやっけ?まぁそんな大事になるのは寝覚め悪いしなぁ」
「沈没するんじゃなくて、エントロピーが増大して熱的な死を迎えるんだけどね」
「小難しいことはよう判らんけど、ウチが帰らなあかんのやろ?ほな、帰るわ」
……今、サキはなんと言った?世界が滅亡する危機を良くわからないと言った直後に、現実世界へ帰還する……と?そんな事が有り得るんだろうか?
いや、サキの事だ。何か勝手に自分の都合の良いように思い込みをしている可能性も否定できない。
「サキ、念のため確認したいんだけど、日本に帰還したら好き勝手にチート能力は使えないし、このナンサイバでの出来事も言いふらすことはできないんだけど、納得してくれてるのかな?」
「まぁ、しゃあないな」
「ここで稼いだ金貨も持って帰れないけど、それも理解してる?」
「この首飾りは持っていけるんやろ?ユートが持ってきたんやし」
「……まぁ、それはそうだね」
「これ、日本で売ったら10億ぐらいになるんとちゃう?」
「いや、鑑定書も付いてないからそこまでは高くないと思うけど」
そう答えながら僕は頭の中でサキが態度を変えた理由を考える。チートを使えず、異世界の事を話せないという条件は理解しているようだ。そして金貨を持って帰れないことも理解している。
……少し問題があるとすれば首飾りの価値を過大評価しすぎている点だけど……確かにあの首飾りを売却すれば億とは言わないけど、数百万円にはなるだろうか。つまり、僕の提示した条件でサキは帰還を納得した……いや、買収されたということなんだろうか?
いや、折角サキが条件wの飲んで帰ると言っているんだ。僕の側からサキの答えを否定するような事を言うのは本末転倒だろうか。
「君が納得して帰還してくれるなら、僕も嬉しいよ」
「そうなん?ほんならこれで交渉成立やな?」
「ああ、そうだね。詳細な条件についてはまだもう少し話す必要が……」
そう言いかける僕にサキが手を差し出してきた。握手を求めているということだろうか?
「ビジネスオーナーは契約が成立したら握手するもんやで。金持ち父さんにもそう書いとったし」
サキはそう言うけど、僕がざっと読んだ限りでは「金持ち父さん、貧乏父さん」にそんな話は出ていなかった気がする。
けどあの本は確か何度か改訂されているという話も聞いた気がする以上、サキの言葉を完全に否定することもできない。
ともあれ、サキが握手で契約締結だと言うのなら、気持ちよく帰還して貰うためにも拒絶するという選択肢はないだろう。
ひんやりとしたサキの手を握りながら、僕はこれで彼女を現実世界に連れ戻し、結晶を生成する支援要員として総合学部へ迎え入れることが出来ると安堵した。けど、そんな浮かれた甘い気持ちは……サキが浮かべた笑みによって打ち砕かれることになった。
――サキの手から冷気が身体の中に流れ込んでくる?
いや、違う。サキの手が……僕から熱を奪っている?そこまで考えた僕は、自分の愚かさに情けなくなった。
「サキ、これはどういうことかな?」
「アンタ、自分のことをお利口さんやと思うとったやろ?ウチのこと馬鹿にしとったもんな?」
「そんなことはない、と思うけど」
「けど残念やったな。ウチの方が地頭はよかったみたいやで?」
そう言って邪悪な笑みを浮かべるサキの左手に、紫の光が収束してゆくのが見える。光はやがて結晶質な物体へと変化し、どんどんその大きさを増してゆく。
……つまり、サキは握手を装って「マナバンク」のチート能力を行使し、僕から魔力を奪っている!捕まれた手を振りほどきたいけど、サキの力は恐ろしい程強い。いや、もしかしたらこれは魔力を奪うことに特化したチート能力の一種なのかもしれない!?
「安心しぃや。アンタは殺したりはせえへんから。イコックのジジイがアンタは使える言うとったからな」
「……彼に何を吹き込まれたんだい?」
「アンタがウチの商売を乗っ取ろうとしとる言うとったで?おおかた日本がどうとか言うのもウチを騙そうとしとるだけやろ?」
『じゃあ日本語で話していることも嘘だと?』
「そんなん、魔法でどないでもできるやろ。知らんけど」
どうやらサキはイコックの入れ知恵に従い、僕を捕らえて彼女のビジネスを拡大するための知恵袋にでもしようと考えているのだろう。なにせ限界までマナを吸い上げられた人間は激しく衰弱し、最悪の場合はロードのように昏睡状態に陥るのだから、マナを奪って僕を生かさず殺さずの状態に置くことはそう難しくない……とサキは考えたのだろう。
「へぇ、アンタすごいな?こんなにようさん魔力を持っとるヤツはロードのジジイ以来やで?けどまぁ……こんなとこやな。どうや、もう動かれへんやろ?」
そういうサキの左手には、市販されている結晶よりも二回りほど大きな紫の立方体が生成されている。正直な所、僕はナンサイバに来てから既に何度か自前のマナで魔法を使っているから、マナ残量は6割といったところだったのだけど。
僕のマナをほぼ全て奪い取ったサキはそう言うと笑って僕の手を放した。
「サキ。君は僕の『信用』を裏切った。そして現実世界に帰還する意思はない……そう判断して、問題無いね?」
「まだそんな口利けるんか?吸いたりんかったか?」
「……返事を聞かせてくれるかな?」
「はぁ?まぁええわ。んなもん、決まっとるやろ?なんでウチが日本へ戻らなあかんねん!またドブネズミ言われる生活へ戻れ言うんか?アホとちゃうか!」
「判ったよ。なら、僕は君を殺すだけだ」
そう宣告すると、僕はマントの下から精霊銃を取り出し、サキに狙いを付けた。
「はぁ!?なんで動けんねん!おかしいやろ!」
「君が奪ったそのマナは元々僕のモノじゃないんだ。素の状態じゃ僕は君と同じ魔力無しだから、魔力を奪われたからといって昏倒したりしないのさ」
そう告げた僕は、サキの頭部に目掛けて精霊銃を発砲した。しかし乾いた銃声と共に放たれた光弾はサキの額に命中し、彼女をのけぞらせたが……それだけだった。
……障壁?でも魔力を持たない彼女が、何故?
体勢を立て直し、距離をとったサキに銃口を向けながら僕は彼女の様子を観察する。昨日同様、サキは多数の装飾品を身につけているけど……その中のどれかが障壁の指輪である事は確実だろう。そう、左手の中指で光っているアレだ。そしてサキは……左手で僕から奪ったマナで生成した結晶を握りしめている……?
そうか、結晶は蓄積されたマナで魔法を行使できるだけじゃなくて、マジックアイテムも発動させることが出来るのか!
「おーなー!」
「遅いわ、ボケどもが!カネ払ろうとるんやから、とっととこのアホを捕まえや!」
「はっ!」
サキが生き延びたカラクリを見抜いた僕だったけど、対処法を検討する前に扉が開き武装した男達が雪崩れ込んで来た。どうやら隣室に待機していた傭兵シーカー達が騒ぎを聞きつけたらしい。護衛が現れたことも面倒だけど、それ以上にもっと面倒なのは……シーカー達が全員、手に結晶を握りしめているということだ。
未明に戦った暗殺者は結晶無しでも数発の精霊銃に耐えて見せた。なら、結晶を持っている傭兵シーカー達は一体どの程度障壁を維持できるのか……あまり考えたくない状況だ。




