#24
その後、メリーアンの体調が多少なりとも回復するのを待って僕達は宿をチェックアウトした。もう1泊分の前払い金は室内を荒らしたことの迷惑料として支払うはめになった。本来であれば暗殺者を送ってきたイコック堂に請求して欲しいところだけど、室内を荒らした犯人である暗殺者の死体は保管袋の中だし、彼等が依頼人の名前を白状した訳でもない。なので結果的には泣き寝入りする形になった訳だ。
まだ少しふらつくメリーアンに手持ちのポーションを渡そうとしたのだけど、ポーションを見た彼女はそれが異世界のものかと聞いてきた。僕が差し出したものは今回志織が用意してくれたものだったから、正直にそうだと答えると受け取りを拒否されてしまった。
「ふらついてるけど、本当にいいのかい?」
「これ以上アンタの恋人の世話にはなれないよ」
「いや、志織とは……」
そう言いかけて僕ははたと気が付いた。僕の自認では自分の恋人は麗奈1人だと思っているけど、麗奈と志織は互いに自分達2人が僕の妻だと自称している。
僕はまだどちらとも結婚していないし、そのつもりもまだ無いとは言え……これは他人から見れば麗奈だけでなく志織もまた僕の恋人ということになるのだろうか。
けど僕のそんな内心を余所に、メリーアンはポーションの受け取りを拒んだまま大迷宮へと向かうと言う。上層階であれば大した魔物は出ないとはいえ、今のメリーアンは万全な状態ではない。そう考えた僕は彼女に同行し、二日連続で大迷宮へと足を踏み入れることになった。
「再生」の魔法を掛ければメリーアンが回復する可能性は高いけど、なにぶん今のメリーアンは負傷している訳ではなく毒の影響による一時的な衰弱だ。再生効果による活性化がどう働くか判らない以上、迂闊に魔法を掛けることもできない。ポーションならそんな事を気にせず体力を回復できるから、本当はメリーアンに薬を飲んで貰いたいのだけど……。
結局、僕が何度か勧めたポーションをことごとく拒否したメリーアンは、ふらつきながら僕を先導し3階層の奥へと誘った。そこは下層階へと向かう攻略ルートからは外れた場所で、ダンジョンアタックが進んでいる現在ではシーカーの寄りつかない場所なのだそうだ。
「ここへ死体を捨てるってこと?」
「ああ、そうさ。ここいらにはゴミ漁りが出るからね」
「なるほど、迷宮の掃除屋か。便利なものだね」
「忘れてるかもしれないけどさ、もしかしたらユートがここへ捨てられる可能性もあったんだよ?」
「……言われてみればそうだね。メリーアンがいなかったら危なかったよ」
そういう僕に苦笑しながら肩をすくめて見せたメリーアンは保管袋から暗殺者達の死体を取り出し、行き止まりの暗がりへと横たえた。彼女が言うには僕達がこの場を去ればすぐにでもゴミ漁り達が処理に取りかかるという話だった。
メリーアンが言うには力尽きたシーカー達や魔物の死体、うち捨てられたゴミの類いはは何処へともなく消えるらしい。一般的にはそれらはゴミ漁りの仕業だと考えられていると言ったあと、メリーアンは少しおどけたようすでこうも言った。
「そう言えばおかしな魔術士が大迷宮は生きてて、死骸や何やらを喰って財宝や魔物を生成してるってヨタ話をしてたことがあるよ。本人も大迷宮で死んじまたけど……アイツの言ってたことが本当なら、今頃アイツも大迷宮の一部になってるのかもしれないね」
メリーアンは自身の言葉を妄執に囚われた魔術士の戯言だと思っているようだけど、僕が知っている無限生成ダンジョンは確かにそのような仕組みを持つものも存在している。
け どナンサイバのような巨大都市をまかなえるだけの富を生成し続ける大迷宮が僅かばかりの死体やゴミでその生産能力を維持できるとは考えづらい。
なら、この迷宮が生み出す品々の源泉はどこに――。
そう考えた僕は、自分の愚かさに情けなくなった。
この大迷宮が莫大な富を生み出すための源泉は一つしか無い。そう……「勇者」と、それが導く異世界のリソースだ!
思えばナンサイバの大迷宮は数十年間隔で定期的に大氾濫を引き起こし、そのたびに異世界から勇者が召喚されているとイコックは言っていた。そして異世界の勇者とは他の世界からこのナンサイバへ世界の持つ活力たるリソースをもたらす存在でもある。
つまり過去の勇者達は大氾濫に対処する過程でチート能力を振るい、その余波によってこの世界に流入したリソースを用いて大迷宮を活性化させていると考えれば……辻褄があう。
つまり大氾濫はある意味、大迷宮から人間側に対してリソースの枯渇を知らせるサインのような役割も果たしているのだろう。
そして今回、サキは大迷宮に入らず大氾濫への直接的な対処も行ってはいない。けど、それでも彼女が生み出した結晶によって活気づいたシーカー達は結晶を用いて大迷宮を攻略し、その余波を迷宮内に拡散させてゆく。
要するに……サキは自身がBクワドラント……つまり座していて利益を上げられるビジネスオーナーであると認識しているけど、実態としてはナンサイバと大迷宮という巨大な経済システムを回すための動力源になっている、ということか。
「ユート?どうしたんだい?」
「なに、今の話がとても皮肉が効いていて面白いと思ってね」
「だろ?まさか自分が迷宮に喰われるなんて、アイツも思ってなかったろうからさ」
メリーアンは僕が脳内で考えていたことなど知る由もないから、件の少しおかしい魔術士の話だと思っているようだ。けど、僕が本当に考えていたことはこの世界の人間であるメリーアンには語るべきことではない。そう思った僕は、ただメリーアンの言葉に曖昧な笑みを浮かべ……その場を後にした。
その後、迷宮を出た僕達は朝食がまだだったことを思い出し、2人で朝から営業している定食屋へと足を運んだ。刺客が戻らないことで僕の暗殺が失敗したことはイコックにも知れたとは思うけど、さすがに暗黒街で5本の指に入る暗殺者を返り討ちにした相手に追加で刺客を送ってくることはないだろう。
そう思いながらも念のため「警戒」の魔法を掛けた上で、僕達は遅めの朝食を楽しんだ。
「……しかしこのライクベイクだっけ?小麦粉を使った料理なら主食じゃないのかい?」
「ライクベイクにパンを併せるのがのがナンサイバ流なんだよ」
「……まるで粉ものに米、みたいなノリだよね、それ」
「ユートの言ってることは良くわからないけど、たぶん異世界の話なんだね?」
「まぁ、そうだね。僕の世界の話だけど……僕にとっては少し異世界感があるよ」
僕は大阪へ出向いたことがないけど、彼の地には新世界なる繁華街があると聞くし、そういう意味ではプチ異世界のようなところなのだろうと僕は勝手に思っている。そんなどうでもいい事を話していると……「警戒」の探知範囲ギリギリの所に一瞬だけ敵意を持った者の反応を感知した。
襲ってくる様子ではないところをみれば、監視者でも付いているのだろうか。まぁ僕の方から積極的に仕掛ける必要もないし、探知範囲から消えた反応を改めて追う必要もないだろう。なにせサキの件に始末を付ければこのナンサイバとはもう関わりが無くなるのだから。
食事の後、まだ少し体調が悪そうなメリーアンを休ませるために僕は適当な宿で部屋を借りることにした。先ほどの監視の件もあるので一応は同室だけど、これまでと違ってツインの部屋を取った僕に対してメリーアンは何も言ってこなかった。
「メリーアン?事後確認だけど、ツインで良かったかな?」
「ああ、構わないよ」
部屋に入ったメリーアンは素っ気なくそう言うとさっさとベッドに横になる。もちろん、シーカーとしての装備は身につけたままで。メリーアンと同室で眠るのは初めてじゃないけど、これまではやたらと服を脱いだり密着してきたりされたのでこうも素っ気ないと逆に気になるんだけど。
……そんな理不尽な事を考えながら、僕もベッドに横になる。もちろん「警戒」の魔法は維持したままだ。なんだかんだで昨夜は殆ど眠れなかったことだし、夜にサキと対峙する前にコンディションを整えておいた方が良いだろう。
目を閉じるとすぐに睡魔が訪れ、僕は眠りの世界へと誘われる――。




