#22
――ヒリつく感覚に、目が覚めた。視線を窓の外に向けると……まだ外は暗い。眠っていたのは1時間か、2時間か……そう長くはないだろう。僕はストレージに放り込んでいた精霊銃を取り出すと、ベッドで眠るメリーアンを揺り起こした。
「……ん……ユート?なんだい、もう朝かい?」
「いや、残念ながら朝が来る前にお客さんだ」
「!?……何人かわかるかい?」
揺り起こした瞬間はどこか呆けた顔だったメリーアンだけど、さすがは元シーカーだ。危険の気配を感じたのか、一瞬で覚醒すると小さな声で状況を確認してくる。僕は彼女に頷くと、同じく小さな声で応える。
「2人だ。1人は階下から、もう1人は屋根の上にいる」
「魔法ってのは便利なんだね……。それで、どうするんだい?」
「おそらく上のヤツが本命で窓から来るんだと思う。僕はそちらを対処するから、メリーアンは――」
「入口から堂々と入ってくる野郎だね?アンタには世話になりっぱなしだし、良いとこ見せないとね」
「男かどうかは判らないけど、分担はそれで行こう。ただ相手は毒の刃を持ってる連中だろう?無理はしないでくれよ」
「それはアタシの台詞だよ」
そう言って笑うとメリーアンは枕の下に隠していた短剣を取り出し、扉の影に身を隠した。階下からの気配は間もなく3階に到達しそうなタイミングだ。おそらく扉を開けて入ってきた方が陽動、本命は扉に気を取られている間に背後から攻撃してくるはずだ。
「警戒」を併用してようやく感じ取れるかどうかという気配が、扉の向こう側に到着した。この世界に無線のようなものがあるのかどうかは判らないけど、複数名で襲撃してくると言う事は何らかの方法でタイミングを合わせてくるはず。
……そう、たった今蹴破られた扉の立てる激しい音を合図にする、なんていう方法で。
扉を蹴破ったのはおそらく細身の男。黒い外套を身に纏い、手には短剣を握っている。男はベッドの上に誰もいないことに気付くと、周囲を見回そうとする。しかしその瞬間を狙って扉の影からメリーアンが男に斬りかかった。無言で刃を交える両者を僕が観察していられたのはその瞬間までだった。
派手な音と共に、窓ガラスが砕け散り、外から黒いマント姿の人物が飛び込んできたんだ。
けど、残念ながらその攻撃は予測済みだ。僕は人影に向かって構えていた精霊銃から風の魔力弾を放つ。狙いは相手の胴体。身軽な相手にヘッドショットを狙ったり、相手の武器を弾き飛ばしたりなんていう芸当は僕にはできない。だから最も命中率の高い胴体を狙い……僕は殺すつもりでその人影を撃った。
しかし人間の胴体に大穴を空け、エティンの頭部を粉砕する威力を持った魔力弾は…人影に命中したにもかかわわず、相手を殺すことはできなかった!?
「ぐっ!?」
漏れ聞こえたうめき声は女のものだった。いや、今は相手の性別よりもどうしてこの刺客を倒せなかったかを考えるべきだ。……いや、違う。考えるのは後だ!
僕は立て続けに精霊銃の引き金を引いた。相手が苦悶の声を上げたということは、全くノーダメージという訳ではないはずだから。
しかし2射目、3射目も命中したにもかかわらず刺客は倒れない。僅かばかりのダメージとノックバックはしているようで、体勢を崩した相手の動きは鈍いけど精霊銃本来の攻撃力が発揮できていないように思える。
何かがおかしい。そう思った瞬間……短剣を握った刺客の右手が目に入った。右手の指に……暗がりの中で光を放っているものがある?あれは……指輪?
そうか、そういうことか!
「……障壁の指輪か!」
「ちっ!」
忌々しげに吐き捨てた刺客の舌打ちが僕の推測が正しいことを告げている。あの指輪は使用者の魔力を糧に障壁を展開するアイテムだったはず。ということは……攻撃を続け魔力を枯渇させればダメージが通るはず。
そう考えた僕は射撃を再開する。4射目、5射目、6射目で指輪の光が明滅し……消えた。そして7射目の魔力弾は……刺客の胸を、ようやく撃ち抜いた。
安堵の息を吐いた僕は、戦いがまだ終わっていないことを思い出す。精霊銃に埋め込まれている水晶の輝きは今にも消えそうだ。チャージはほぼ尽きていて、あと1射が限界だろう。いやそれよりも。
「メリーアン!」
だが室内にはメリーアンの姿も、刺客の姿もない。扉が開け放たれたままになっているところを見ると、2人は廊下で戦っているのだろうか?
メリーアンの援護をしないと!僕は残弾の心許ない精霊銃を構え、廊下を覗き込む。
……しかし、援護の必要は無かった。なぜなら、メリーアンは刺客の短剣を弾き飛ばし、相手の喉元に自身の短剣を突きつけていたからだ。メリーアンの身体が邪魔になって僕の位置から刺客を狙うことはできないけど、既に勝負は付いているようだし問題は無いだろう。
僕が部屋から出て来たことに気付いたのか、メリーアンは視線をこちらに向けずに声を掛けてきた。むろん、彼女の視線は短剣を突き付けた刺客に向いたままだ。
「ユート、そっちも終わったのかい?ずいぶんと派手にぶっ放してたみたいだけど」
「ああ。終わったよ。防壁の指輪を装備していたみたいでね」
「それは災難だったね。まぁこっちはご覧の通りさ。……さぁ、依頼主が誰か吐いてもらおうか?」
「……クソがっ!」
メリーアンの言葉に、刺客はそう悪態をつくと身を翻す……いや、蹴りを放った!?メリーアンは咄嗟にバックステップで回避したようだけど、体勢を崩してしまった!
しかし2人の距離が開いたことで射線が通るようになった。僕は逃げ出そうとする刺客の男に向かって、精霊銃を発砲する。廊下に乾いた音が一度響き……そしてあたりは静寂に包まれた。
「やれやれ。暗殺者っていうのは最後まで諦めが悪いもんだね」
「……」
「……メリーアン?」
僕の軽口にメリーアンは応えない。飛び退った時に廊下の壁でどこか打ち付けたのだろうか?そう思って僕がメリーアンの元へしゃがみ込むと……蒼白な顔に大粒の汗をかいた彼女は、苦悶の表情を浮かべていた。
「メリーアン!?」
「しく……じった……よ……あいつ、靴に……仕込み……針……」
苦しげな息でそう言うメリーアンの言葉に、彼女の身体を確認する。……と、剥き出しになった腹部に微かな、ほんの小さなひっかき傷のようなものが出来ているのが見えた。しかしその傷の周囲の皮膚は黒に近い紫色に変色していて、一目で異常事態であることが判った。
まさか靴先に仕込んでいた針にも毒が塗ってあった……?確か、メリーアンはこの毒をネクロリキッドと呼んでいたけど……。
いや、原因の詮索は後でいい。僕はとりだしたハンカチでメリーアンの傷口に付着した毒を拭う。既に毒の大半は傷口から体内に滲入してしまっているけど、ここを放置すると処置もままならないからだ。
刺激臭のするどろりとした液体がついたハンカチを投げ捨て、次にストレージから取り出したのは以前志織が持たせてくれた状態異常回復のポーションだ。これを持っていたからこそ、僕は暗殺者が用いる毒にあまり脅威を感じていなかったのだけど……これほど即効性があるのならポーションを自分で飲めなかったかもしれない。
そんな事を考えながら、まずメリーアンの変色した腹部にポーションを少量注ぎかけた。効果は劇的で、変色していた部分がまるで洗い流すように元の白い肌へと戻ってゆく。
ということは、このポーションがあればメリーアンを助けることが出来る。
「メリーアン、このポーションを飲むんだ」
「ユ……ト……ごめ……アタ……シ……ガフッ」
蒼白な顔で何かを言いかけたメリーアンは大きく咳き込むと血塊を吐き出した。どうやら体内に回った毒が内臓にダメージを与えている!?即死毒ではないと言っていたけど、これじゃほぼ即死と同じじゃないか!
メリーアンはポーションを自力で飲めそうにないので、僕は彼女を抱き起こすと慎重に口の中へとポーションを注ぎ込む。抱き抱えた彼女の身体はまるで死体のように冷たく、彼女の状況が極めて深刻であることが窺えた。けど、少量でも体内に入れば毒の効果を緩和できるはず。
彼女が咳き込み、血を吐いた直後のタイミングを狙って少量ずつ薬液を注ぎ込む……。
そんな事を何度か繰り返したあと、それまで荒い息をついていたメリーアンの呼吸が徐々に落ち着きを取り戻してきた。心なしか冷え切っていた身体にも温もりが戻ってきているようにも思える。
結果から言えば、僕は……今度こそ誰かを助けることができた。完全に呼吸が落ち着き、顔色も元通りになったメリーアンを荒れた室内のベッドに寝かせ、僕が想ったのは……かつて救えなかったリタとフリーダの事だ。
2人とも……いや、メリーアンを含めると3人とも僕にとっては異世界で一時関わりを持っただけの行きずりの相手でしかない。けどそれでも、やはり見知った人が眼前で死ぬ光景は見たくはない。それが勇者狩りの任務に関係のない、人の生き死にだとしても。
いや、関係がないからこそ……見たくないのかもしれないけど。




