#21
僕はサキの帰還を諦めつつも、残された数少ない手札を切ることにした。もっともらしく口の中で呪文を唱ながらあえて見えようににサキの前でストレージからある品を取り出し、それをサキに差し出す。
「なんや、これ?ちゅーか、どこから出したん?」
「僕のチート能力、ストレージだよ。条件が揃えばこれぐらいのサイズのものなら世界の壁を越えて持ち越せるんだ」
「ふーん。で、それはなんなん?」
「君への贈り物だよ。僕がある異世界で手に入れた、王族が身につけていたネックレスだ。君の財産を持って行くことは出来ないけど、これだけなら現実世界に持ち越すことが出来る」
そういって僕は手にしていた飾り箱を開いて見せた。そこには大粒のサファイアがあしらわれた白金の首飾りが収められている。この首飾りが王家縁のものであるというのは事実だ。なにせこれはグレイランス王国の第二王女――レーナの異母姉だ――から貰った品なんだから。
けど同時にこれは僕にとって迷惑極まりない呪いのアイテムでもある。なにせこれは件の第二王女が自分のお手つきとした男性に渡す目印……つまりペットの証というやつだから。
むろん僕は第二王女と関係など持っていないけど、彼女の側は妹であるレーナが「勇者」と仲良くしていたのが気に入らなかったようで、僕を自分の所有物だと主張するためにこれを渡してきたんだ。
ほぼ初対面である相手に贈り物を、と言ってきた第二王女の意図を図りかねた僕がレーナに相談したことこれがなんであるかが明らかになった。結局これは箱を開けずにストレージの肥やしになっていたのだけど……まぁ、ここで放出する宝飾品としては十分価値があるだろう。
王家縁と聞いてサキの目が物欲しげに輝いたのが判る。しかし彼女は眼前に差し出された飾り箱に手を伸ばそうとしない。
「気に入らないかい?」
「ええもんやとは思う。けど、これを貰ろうたら、アンタの言う事聞かなアカンようになるやん。こんなん一つで買収されとうないわ」
「……なら、これはお近づきの印しに進呈するよ。それでも納得できないなら……そうだな、今君が首から提げているものと交換というのはどうだい?それ、魔石のペンダントだよね?こちらの天然石のペンダントの方が遙かに高価な品だよ」
そう、先ほど僕はストレージから小箱を取り出す際にふりではなく実際に「鑑定眼」の呪文を唱えていたんだ。その結果……サキが身につけているアクセサリーのいくつかがマジックアイテムである事が判った。例えば両手にはめた指輪の半分は防壁の指輪だけど、サキ自身が魔力を持たないせいで効果は発揮していない。けど唯一、首から提げたペンダントだけは……魔法防御の効果を発揮していたんだ。
そのペンダントは、僕が彼女を殺害することになった場合に予期せぬファクターになる可能性がある。だから僕は貢ぎ物を装い、彼女の身を守る魔導具の回収を試みたんだ。
「天然の宝石ちゅうたらここいらやったらエラい高価なやつやん!……まぁ、交換ならアンタへの借りは少のうてすむか……。なら、交換しちゃるわ」
そう言うとサキは愚かにも自らの身を守る装身具をさっさと外し、僕に放って寄越した。代わりに差し出された王家の紋章入り飾り箱をひったくるように受け取ると、早速第二王女の首飾りを身につけた。
中身を見たのは初めてだったけど、確かに王女が手渡す品だけあって高級そうで凝った意匠のものだった。ただ……さすがマーキング用の品だけあって、イコックが仕掛けていたのと同様の位置追跡に使えるマーカーが仕込まれていたことにも初めて気付いた。
これをストレージに放り込んでなかったら、ずっと第二王女につきまとわれていたかもしれないのかと考え、僕は辟易とした。
「どうや?似合うとるか?」
「ああ、似合ってるよ。まるでどこぞの王女様のようだ」
「ウチが王女なぁ……まぁええけど」
呪いの首飾りを身につけたサキは上機嫌でそういう。しばらく首飾りを見ていたサキは僕に視線を向けると……おもねるような表情で言った。
「なぁユート?ウチはアンタの事、結構気にいっとるんやで?」
「それは光栄だね、サキ」
「……別にウチを抱きたいなら、いくらでも抱かしたるで?」
「悪いけど、それは遠慮しておくよ」
僕には大切な人がいるし、僕の心はすでにサキを殺害する方向へと大きく傾いている。けど……それでも、僕はまだ彼女のマナバンクの能力を諦めることが出来なかった。
直接対面したことでサキの人となりは判った。なら……一晩考えて、サキを説得できるロジックを構築してみよう。そう考えた僕は、サキに一旦別れを告げ宿へと戻ることにした。
この世界の時計を持っていない僕には時間の感覚はわからないけど、既に夜半はとうに過ぎているはずだ。体感的には深夜の2時か、3時か……。ネオンに照らされた夜行性の街は不夜城のように未だ眠る気配がないけど、僕は不眠不休で動くことはできない。宿で一眠りして……と思っていたのだけど、街中で妙な気配を感じた。
これは対処が必要だな……。そう思いながら僕は「夜空のオウル亭」へと足を踏み入れる。
「ユート、遅かったね」
「メリーアン?酒場の営業は終わってるみたいだけど……どうしてこんな所に?」
「そりゃアンタが帰ってくるのを待ってたんだよ。どうだい?健気だろ?」
飲食物の提供が終わったのか、客のいない酒場のテーブルにメリーアンが1人手持ち無沙汰な様子で腰掛けていた。少し眠そうな表情でこちらを見る彼女の顔は、先ほどまで対面していたサキのそれと比べると無防備で、欲望というものが感じられないせいもあって、どこか安心できた。
「別に待つ必要はないし、家に帰っておいてくれて良かったんだけど」
「つれないねぇ……アタシは家無しだよ?家賃を払えるぐらい金があるなら身体なんか売ってないよ」
「……じゃあ、いつもはどこで寝てるんだい?」
「そりゃ、男と同じベッドだよ。……まぁ、今のアタシはユートの貸し切りだからそういうわけにもいかないからね」
「つまり、僕の部屋で一緒に寝たい、と?」
「まぁ平たく言うとそういうことだね」
つまるところ、メリーアンが酒場のテーブルでうたた寝をしていたのは僕に対する義理を果たすためであり、同時に宿代を節約するためでもあるということか。そう言われるとさすがにこのまま固いテーブルに突っ伏して眠らせるわけにもいかない。
「判ったよ、メリーアン。丁度君に頼みたいこともあったし……部屋へ行こうか」
「お?堅物のユートがようやくその気になってくれたってことかい?アタシは嬉しいよ」
メリーアンはまたしても何か勘違いしているようだけど、僕が彼女に頼みたいことは夜の蝶としてのサービスじゃない。彼女の本業である軽戦士にまつわることだ。
部屋に入ると早速服を脱ぎだしたメリーアンを押しとどめ、僕は彼女に今夜のいきさつを語った。
イコック堂を訪れ、取り引きを行った事。その後、イコックの裏切りによって敵対した可能性があること。そしてマナバンクのオーナーであるサキと面会し、交渉を試みたものの不調に終わったこと。
僕の話を黙って聞いていたメリーアンは呆れた様子でこう言った。
「ユート?アンタ、一晩で街の有力者2人に喧嘩売ってきたってことかい?」
「まぁ結果的にはそうなるかな」
「はぁ……なにやってんだよ、アンタ。で、この話をした上でアタシに頼みってことは……」
「理解が早くて助かるよ。君に護衛を依頼したいんだ」
「宿の部屋にオンナを連れ込んで護衛依頼とか、朴念仁にも程があるだろ……」
そうぼやきながらもメリーアンは朝までの護衛を引き受けてくれた。ただ僕は追加料金は払うと言ったのだけど、彼女はそれを拒否した。どうやらメリーアン的には既に雇用されている感覚だったらしい。
「それで……もしイコックが僕を暗殺するつもりならどんな手で来るか判る?」
「アンタ自分がターゲットにされてるかもしれないのに、良く平然とそんな事聞けるねぇ?」
「狙われてるからこそ手口を知りたいんだよ。毒を盛られたら面倒だからね」
「はぁ……。ナンサイバで大店が使うとしたら『夜の訪問者』だろうね」
「なるほど、名前でおおよそ手口の想像が付くよ。『警戒』の魔法を使っておけば対処出来るかな?」
僕の言葉にメリーアンは頭を横に振る。ということは暗殺者の侵入を気取るだけでは対処が完璧ではないということだろうか?
「連中の刃にはネクロリキッドっていう毒が塗ってあることで有名だよ。かすりでもしたらおしまいさ」
「毒か……面倒だね。解毒剤の類いは手に入るのかい?」
「解毒剤ってテリアカかい?あんなの高いだけで効果なんてありゃしないよ」
「つまりそのテリアカと言うのも含めて、解毒できる方法は無いってこと?治癒魔法とかは?」
「魔法で治癒なんて聞いたことないよ。そんな事が出来るならシーカー稼業がどれだけ楽なことか」
……この世界には治癒魔法が存在しておらず、解毒を行う事も出来ないということか。確かにこの条件だと必殺を期す暗殺者が毒を使うことは納得が出来る。
「ちなみに暗殺者の使う毒は即死毒かい?」
「いや、じわじわ殺すタイプだと聞いたよ。なにせ『夜の訪問者』は慈悲のある死をもたらすような連中じゃないからね」
「それはなんというか、実に心温まる話だね」
「よしとくれよ、背筋が寒くなるよ」
「なら、脱いだ服をしっかり着てから寝ることだね。僕は床で寝るからメリーアンはベッドを使ってくれていいよ」
僕の言葉に、脱ぎ散らしていた服を拾い上げながらメリーアンは何か言いたげな表情でこちらを見る。まぁ何が言いたいかはわかるけどね。
「僕の国ではレディーファーストっていうのがあってね。女の子を床に寝かせることは許されない行為なんだ。それに2人で同じベッドに寝ていたら襲撃があったときに身動きできないだろ?」
「……はぁ。アンタに何を言っても無駄なのはもう判ってるけどさ。でもやっぱりアンタは普通じゃないよ」
「褒め言葉として受け取っておくよ。じゃあお休み、メリーアン」
「おやすみ、ユート」
僕は「警戒」の魔法を使ってから部屋の灯りを消し、床に横たわった。




