#20
彼女が語ったことが真実なのであれば、転移の女神がサキに与えた能力は言語理解と「魔力抽出」の能力のみだったそうだ。多くの転移者が与えられるアイテムボックスや魔法技能を得ていないサキの能力的に考えれば、平和な異世界でストーライフでも送るのが似つかわしかったのかもしれない。
けど実際にサキが召喚されたのは大氾濫を目前に控えたナンサイバで、サキは召喚者であるロードから勇者としての振る舞いを求められた。
サキは自身に戦闘能力が無いことを自覚していた上に、もともとが利己主義的な性格でもあったためロードの申し出を拒否。しかしロード側も召喚に何らかのコストを支払った以上、はいそうですかとサキを解放するわけにもいかなかったそうだ。
「あのクソジジイ、ウチを捕まえて自分のオンナにでもしようと思うたんやろうなぁ。思いっきり掴んできよったんや」
「……微妙に違う気もするけど、それでどうしたんだい?」
「えらい力つようて振り払われへんかったから、吸うたったんや、マナを。そしたらあのクソジジイ、ぶっ倒れて動けへんようになりよった。ざまぁみさらせ!ちゅう感じやろ?」
サキはそう言って笑うけど、それはおそらく限界までマナを吸われた事による昏睡状態なんじゃないだろうか。そう言えばイコックはロードがサキに勇者として振る舞うことを断られて心労で病に伏していると言っていたけど……その話の真実は、ロードから逃れようとしたサキが魔力を吸った事による衰弱が原因だったのか。
僕がそんな事を考えている間にもサキの武勇伝は続く。
混乱するロードの居城から逃げ出したサキはナンサイバの街に身を隠したが、身一つで転移したサキには行くあてもその日の糧を得るだけの金もなかった。そんなサキが選んだのは……日本で彼女が行っていた、彼女が出来る唯一に仕事だった。
もちろん現代日本において売春は違法行為だけど、異世界となれば事情は違う。少なくともメリーアンが宿屋で公然と客を取ろうとしていたことを考えれば、ナンサイバでは女性が身体を売ることは黙認されているか、あるいは合法なのだろう。それ故にサキは自らの身体を切り売りすることで生計を立てることができたと言う。
転機が訪れたのはサキがナンサイバに召喚されてから4日後の事だった。その日、サキが見つけた客は探宮士、それも魔術士だった。
ピロートークを行っていた時にその客へロードから奪った結晶を見せたところ、客はこれに興味を持ちそれなりの額で買いとりを申し出たそうだ。
魔法を使えないサキにとって結晶はただ綺麗な立方体という印象だったそうだ。けどこれが商売になると理解した彼女は、客を取り身体を売ると同時に魔力抽出の能力を使い、客からこっそりとマナを盗むことを思いついたそうだ。
魔力抽出を発動させるためには物理的接触が必要らしいけど、床を共にしている相手ならいくらでも触れ合うことが出来る。つまりサキにとってマナは盗み放題の金蔓に思えたのだそうだ。
「まぁ、こっちは身体を売っとるんや。金貨だけちごうてマナを貰ろうても問題あらへんやろ?」
「まさかと思うけど、客を昏倒させたりは……」
「そんなアホなことしたらすぐ捕まるっちゅうねん。クソジジイから吸うた時に加減ちゅうもんを覚えたわ」
サキは得意げに言うけど、これは武勇伝といってもタチが悪い方の武勇伝だろう。そう思っていたのだけど、この後に特大の「武勇伝」が待ち構えていたんだ。
それはサキが客から盗み取った魔力を結晶として売るようになって一月ほど経った頃のことだった。いつものように裏通りに立ち、客を取ろうとしていたサキの前に派手な身なりの男が姿を現したらしい。
その男は普段サキの客となっていた探宮士や一般人とは明らかに違う、金持ちに特有のオーラを発していた。……いや、金持ちオーラというものは僕には良くわからないけど、サキが言うには「金蔓になる」と本能的に判ったのだそうだ。
客はサキを個室のあるレストランへ案内し、そこで彼の考えるビジネスへの協力を求めた。それこそそが「マナバンク」の構想だったのだそうだ。
「……ちょっと待ってくれ。今君がしていることは魔力の買い取りと販売だろ?バンクや金融の要素は無いじゃないか」
「ああ、そういえばあのおっさんも金利がどうとか利回りがどうとか言うとったな。ようわからんかったけど」
「……で、その話に乗った……からここがある訳か」
「それが傑作やねん。ウチが手ぇ貸すともなんとも言うとれへんのに、あのおっさん店の用意しとったんや。せやから話に乗るふりをして、ウチがもろうてやったんや。おもろい話やろ?」
「貰った……って、店をかい?」
「せや。まぁマナバンクっちゅう名前は良さそうやったからな。店の名前と、ウチの能力でビジネスするっちゅうアイデアを頂いたっちゅうわけや」
「ちなみにその人はどうなったんだい?」
「さぁ?ぶっ倒れたのを放り出したら、知らんまにおらんようになっとったわ」
……なんだ、その昏酔強盗紛いの行動は……。
つまりサキは彼女の能力を見込んで出資を申し出た人間から店と、アイデア……の一部を盗んだということか。この話を聞いて僕はサキという人物が信用に値しないと結論づけたけど、それでもなお彼女の持つ能力はここで殺してしまうには惜しい。
どうにかして彼女の能力を……と思いかけて、僕は気付いた。そうか、僕が今考えている事も、結局のところ彼女が行った悪行と何ら変わりのない、利己的な思いに基づくものだ。なら僕にはサキを非難する資格は無い、ということか。
「にしても、や。ユートやっけ?アンタ、ウチの事を連れ戻すいいながらもウチのビジネスに興味津々やん?もしかして、結晶に興味あるん?」
僕の視線が彼女の傍らに置かれていた結晶に向けられていた事に気付いたのか、サキは嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。これは答えが難しいところだ。馬鹿正直に結晶に興味があることを話せば足下を見られるだろうし、興味が無いと言い張るには少し彼女の話に食いつきすぎた感もある。
一瞬、考えた後に僕は無難な言葉を返すことにした。
「……まぁ、この街の経済を動かしている代物だからね。興味を持たない方がどうかしてるさ」
「この街、なぁ。まぁシーカーの連中はウチの生み出した結晶を使こうてラットレースに励んどるようやけど。あの連中が回し車をまわしよるおかげで、Bであるウチは座っててもぼろ儲けっちゅう訳や」
サキの言うラットレースというのは「金持ち父さん」にも記されていた言葉だ。たしか働いても働いても資産が貯まらず、生活のために働き続けなければならない無限ループの生活状態を示す語で……。大迷宮を攻略するために結晶を買い求め、得た戦利品を換金して新たな結晶を買い求めて大迷宮のより深い階層へと挑むシーカー達の生活生活を揶揄するには相応しい言葉だろう。
本来であればシーカー達も手にした戦利品を元に商売を興すなり、このナンサイバを離れて物価の安い所へ移住して堅実な生活にでも移れば資産が収入を生むファーストトラックへ移行することも出来るかもしれない。
けど人々はそう簡単に自らの生活スタイルを切り替えることは出来ず、結果としてシーカーの多くは途中でレースからリタイアするか、あるいはいつか迷宮の深部で命を落とすことになるのだろう。
……しかし、サキは気付いているんだろうか。自分の言葉が自分自身にも当てはまるブーメランになっているということに。
「じゃあサキは現実世界へ帰るつもりは全くないのかい?」
「んー。そういう訳でもないんやけどなぁ。……ほれ、ウチの髪見てや。どうない思う?」
「独創的なカラーリングだとは思うけど……」
「アホか!好きでこうしとるんちゃうわ!ここの下手くそ美容師共ときたら、ブリーチもろくにできへんのや!」
僕はそういうサキの髪の毛に視線を向ける。確かにボブカットになった髪そのものは綺麗に切り揃えられているけど、生え際から十数センチほどの髪は元の黒色で、その先は……おそらく日本で脱色した金色が残っている状態だ。
確か中世レベルの技術力では髪の脱色を行うにはかなり危ない薬品を使う必要があるとか、そもそも染色はあっても脱色はないとか聞いたこともある。つまりこのプリン頭を通り越した奇妙な色はサキの意思でこうなっている訳ではないということか。
……なら、ここも彼女を現実世界へ連れ戻すための手札の一つにできるだろうか?そう思いながら僕は口を開く。
「中世の技術レベルでは脱色は難しいだろうからね。綺麗に脱色したいなら日本に帰る必要があるんじゃないかな」
「せやなぁ……、この街、食いもんはともかくとしておもろいもんも少ないしなぁ。……なぁユート?ウチがここで稼いだカネをもって帰れるなら、ウチは帰ってもええで?ほれ、あのシーカーが使こうとるなんちゃらっちゅう袋あるやん、アレに金貨詰めて持って帰れるんなら帰ったるで」
サキはそう言うけど、いくら保管袋を使ったところで装備品以外の品は原則的に世界の壁を越えることが出来ない。もちろん、僕のストレージを使えばそれは可能ではあるけど……サキが稼いだ大量の金貨を現実世界に流通させれば市場が混乱するだけでなく、場合によっては出所の調査が行われて異世界転移の事実が世間に周知されてしまうリスクすらある。
もちろんサキが理知的に少量の金貨を換金するのであれば混乱は最小限に治めることはできるかもしれないけど……。おそらく彼女にその手の節制を求めるのは難しいだろう。
「サキ、残念だけど世界を越えられるのは身体に馴染んだ装備品だけだよ。たとえばスマホとか……持って来れなかっただろ?」
「え?マジ!?……でもそう言えばスマホ無くなっとったな……。でもそんなん、最悪やん!」
「それに仮に持ち帰れたとしても換金は難しいと思うよ。鑑定書もないし、出所も不明な金貨を大量に買いとってくれる店なんて存在しないだろうし、犯罪を疑われるのが関の山だ」
「なんや、それ……意味ないやん。……いや、でもうちはBなんや。日本でマナバンクを開いたらまた儲けられるんちゃう?」
「……サキ、チート能力を使わないで欲しいという話はしたと思うけど。それにそもそも日本には魔力を持ってる人なんて殆どいないし、結晶を必要とする人はもっと少ないよ」
確かに総合学部に所属する狩人や麗奈はママを持っているし、僕は結晶を欲している。けどそれはサキがビジネスオーナーとして成功できる市場規模とは到底言えないレベルだ。
「なんや、それ!カネ持って帰られへんし、日本でも稼がれへんってどういうことやねん!折角こんだけ稼げるようになっとんのに、ウチを見下した連中を見返すこともできへんとか、全く意味ないやん!」
サキが現実世界にナンサイバの富を持ち帰りたい理由は帰還後に豪遊するためだけでなく、誰かにマウントを取りたい……という意図の方が強いという事か。
それはつまり、金貨の入手元を誰かに話す可能性が高いということと同義だから、異世界に関する事柄をみだりに公言しないことを求める総合学部は彼女を「信用できない」人物だと見なさざるを得ないということだ。




