#18
結局、その後イコックさんから得られた情報はそう多くはなかった。サキが自身をオーナーと称し、販売を行うことを嫌っていること。一方で結晶の生産……つまり人々からの抽出は彼女にしか出来ないため、その部分は自身で行っていること。
興味深いのはナンサイバの街が夜行性になった理由の一端がサキにあるという話だった。なんでも元々シーカーを対象とした商売は日中ではなく夕刻が稼ぎ時だったらしいけど、サキがマナバンクを夜間にしか開店しないことから自然と周囲の商店や酒場も夜間営業へと切り替わっていったのだそうだ。
ネオンサインについても同様で、魔力を動力源とする発光装置そのものはそれまでにも存在していたそうだ。だけど結晶の登場によって誰にでもその装置が使えるようになり、結果として各店舗が競ってネオンサインを点灯するようになったらしい。
それもそうだろう。なにせ隣の店が煌煌とネオンを点灯しているのに、自分の店はネオンサイン無しとなれば……客足は当然ネオンを灯した店へと流れる。同業他店がネオンサインを導入した時点で、各店舗は生存戦略としてネオンサインを導入せざるを得なくなるのは当然の結果だ。
そういえば講義でもこういう事例を聞いたことがある。……そう、確か赤の女王仮説、だったはず。元はルイス=キャロルの物語に由来する「同じ場所に留まるためには、全力で走り続けなければならない」という進化論的な話だったもので、企業間の設備投資競争にも当てはめることが出来る……という話だった。
つまりこの状況を生んだサキはその名を誰からも呼ばれない「透明な女王」であると同時に「赤の女王」でもある訳か。
そんな話をしていると、応接室のドアがノックされ若い女性が姿を現した。
「会頭、準備ができました。あと、ノースウォーク商会の方がお見えです」
「そうか、わかった。ユート殿、申し訳無いが今夜は先約がありましてな。短剣の代金は用意させましたので、続きはまた明日にでも話をさせて貰えませんかな?」
「ええ、もちろんです。ああ、最後に1つ伺っても良いですか?」
「なんですかな?」
「マナバンクのオーナーは、宝石を好まれますか?」
「そうですな……まぁ、派手好きなお方ですから。ただ金払いは渋いですぞ?」
「なるほど、それは取引相手としては好ましくないですね」
イコックさんが言う事は半分は事実で、半分は偽りだろう。サキがカネにうるさい性格だというのは僕も知っていることだけど、おそらくイコックさんは僕がサキと直接接触することを婉曲に押しとどめている。まぁそれもそうだろう。仮に僕がその気になればイコックさんと取り引きするよりも、サキと直接取引した方が得られる利益は大きいのだから。
イコックさんが次の商談を行うと言うので、僕は先ほど部屋を訪れた秘書らしき女性に別室へ案内された。そこにはピラミッド状に堆く積まれた紫の光を放つ結晶体……結晶と、数千枚とおぼしき金貨が用意されていた。
「会頭からの指示で、ギルダ金貨5000枚と、金貨8500枚相当の結晶を用意させて頂きました」
「結構な分量ですね……」
僕がメリーアンに狩ってきて貰った握りこぶしより大きいサイズの結晶は1つあたり200ギルダだと言っていた。大きさは画一的じゃないそうだから、多少のサイズ差はあるかもしれないけど、金額から逆算すれば少なくとも40個――つまり僕の総魔力量の13倍以上に相当する膨大なマナ量だ――の結晶が手に入ったことになる。
「はい。ですので、サービスとしてこちらの保管袋をお持ちください」
「サービスが良いんですね?」
「はい。私共イコック堂はお客様第一の商いを心がけておりますので。ではこちらの品をお納め頂けますか?必要であれば確認を」
「いえ、結構です。イコックさんの事を信用していますので」
僕がそう言うと、秘書の女性は一瞬不思議そうな顔をしたけど、何も言わずに置かれていた結晶と金貨を保管袋に収納し、僕に手渡してくれた。保管袋を受け取った瞬間、首の後ろにぞわりとした感触を感じる。
……なるほど、そういうことか。
「では今日はこれで失礼します。イコックさんによろしくお伝えください」
「はい。承知いたしました」
秘書に見送られ、僕はイコック堂を後にする。
……そしてしばらくナンサイバの街を適当に歩いた僕は、人気の無い路地裏に身を隠し、保管袋の中身を全てストレージへと移動させた。
「面白いアイテムだから、麗奈への土産にしてもいいんだけど……そう言う訳にもいかない、か」
そう呟いた僕は、魔力のマーカーが仕込まれた保管袋を路地裏に投げすてる。
そう、イコックさんーーいや、もうさん付けはいいだろうーーは僕の居場所を追跡できるように、サービスと称して提供した保管袋にマーカーを仕掛けていたんだ。僕が魔法の使い手でなければ気付くことが出来ないようなマーカーの存在が、イコックが見た目通りの温厚な商人ではなく、後ろ暗い所のあるやり手商人であることを示していた。
そしてこの仕掛けは僕にとっては思わぬ利点をもたらしてくれた。僕はイコックと真正直に取り引きを続けるつもりは元々無かったけど、これで「彼が僕の信用を裏切った」と言う形で取り引きを中止する大義名分を得た事になる。
路地裏に投げすてられた保管袋は、僕が彼の策に気付いたということ、そして彼との取り引きを継続する意思が無いことを伝える強いメッセージになるだろうから。
ともあれこれで僕は意図的ではないにせよイコック堂とは敵対する関係となる可能性が高まった。なら……先回りされる前にサキに接触しておく必要がある。そう考えた僕は、深夜営業しているというマナバンクへと向かった。
街の外周近くにあるこぎれいな住宅街の一角にマナバンクはあり、僕はその立地にこの街の特殊性を感じた。
なにせ城塞都市は構造的に外壁に近いほど外敵の脅威にさらされるリスクが高まるため、通常は最も安全な中央部分に領主や王の城や貴族の邸宅、豪商の館、宗教施設といった重要拠点が築かれるのが一般的だからだ。
そしてそこから外側に向かって普通の商人達、職人、一般人、貧困層……というように同心円状に経済力に応じたコミュニティが形成され、例外として城門に通じる目抜き通りは商人達が店舗を構えている……というのがこの手の都市のセオリーだ。
確かにこの街でもロードの居城は街の中心部に位置しているけど、それは街の中核たる大迷宮を管理、監視する必要からあの位置に建造されているに過ぎない。となると……おそらくこの街が脅威とみているのは外敵ではなく、大迷宮から大氾濫する魔物達なのだろう。
そしてサキは大氾濫を避けて一番安全な外周部にマナバンクを開設している。それはつまり彼女が大迷宮に直接関わるつもりがないという、意思表明でもあるのだろう。
「……と言うことは、やはりサキは大氾濫対策のために召喚され、それを断固として拒否した……ってことか」
街中よりも一層派手なネオンサインで周囲の住環境を掻き乱すマナバンクの建物を見やりながら、僕は思わずそう呟いていた。
既に夜も遅いというのにマナバンクの前にはまだ多数の人影が見受けられた。こぎれいだけど、商人達ほどは派手ではない服装を身に纏っているところを見ると、おそらくマナを売りに来た人々なのだろう。
彼等の列が途絶えるまではサキの手が空かないだろうと考えた僕は、しばらく様子を見て列がそれ以上伸びないことを確認してから行列の最後尾に並ぶことにした。
警備兵というにはバラバラな装備を身につけた男達が行列の整理を行っており、その中の一人が僕を見とがめたのか声を賭けてきた。
「……兄さん、見慣れない顔だがトレーダーかい?それとも魔力を売りにきた新入りかい?」
「正確にはどちらでもないですが、どちらかと言えばトレーダーに近いですかね。オーナーに見て頂きたい品がありまして。買って頂けるかどうかは判りませんが」
「品だぁ?一体何をおーなーに見せようっていうんだ?危ないモノはお断りだぜ?」
「大丈夫、天然物の宝石です。オーナーがお好きだとイコック堂の会頭に伺いまして」
「なんでぇ、イコックさんの知り合いか。なら問題はないな」
おそらく彼等はサキが雇った傭兵……つまりシーカーなのだろうか。見たところタンクを務められる装備の者はいないようだし、現在の最適化されたパーティからあぶれた前衛職の人間のように思える。
つまり、女性の武器を使って商売が可能なメリーアンとは違い、パーティに居場所がなくなった男性の前衛職はこういった仕事に就くほかないのだろう。
そして今の会話から察するに、おそらくマナバンクへ魔力を売りに来る人間は概ね固定化していることも判った。だから彼等は新参である僕にすぐ気付き、どういった用件か誰何してきたのだろう。
僕とイコックはつい先ほど袂を分かったばかりだけど、そもそも僕が彼と商談をしたことすらまだサキには知られていないはず。ならイコックの信用を勝手に使わせてもらってもすぐにはバレないだろう。




