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勇者狩り ~僕は女神に反逆し、異世界転移した勇者達を狩る~  作者: 羽生ルイ
Case4:ナンサイバ-金持ち勇者、貧乏勇者
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#16

 さて、僕の申し出た「本題」に彼が何と答えるか、だけど……。そう思いながらイコックさんの様子をうかがう。それまでのにこやかな様子が一変しどこか冷え冷えとした様子で僕を見つめ、彼は言った。


「……これは立派な宝石ですな。確かに私共を含む三つの商会でマナバンクから結晶(クリスタル)を譲り受け方々へ販売しておりますが……これはナンサイバには欠かせない生活必需品です。パンや薪と同じような、儲けを重視して商う品ではありませんよ」

「そうですか?この街の生活必需品は他よりも随分とお高いようですが」

「その事にはもちろん理由があります。ユートさんはまだお若い。貴方には難しいかもしれないが――」

「いえ、もちろん判りますよ。このナンサイバは生産業に従事する一般人(コモン)が極端に少なく、物資は基本的に外部からの輸入に頼りきりです。そのような状況下であれば、需要と供給の関係から生活必需品が高止まりするのは当然です」

「……ほう、これはお見それしました」


 イコックさんの表情が少し動き、僕の事を興味深げに見ていることが判る。おそらく彼は僕の事を偶然高価な品を手に入れただけの若造だと思っていたのだろう。

 けどあいにくと僕は――勇者狩りの任務で欠席ばかりではあるけど――商取引を学ぶ商学部の学生だ。この世界がどの程度商業や経済の知識が発達しているのかは判らないけど、21世紀の金融、経済理論を囓っている僕なら十二分に立ち回ることができるはず。


「ですがユートさん、残念ながら結晶(クリスタル)は事情が少々異なるのですよ。なにせ結晶(クリスタル)はナンサイバで生産され、ナンサイバで消費される。それ故に価格の変動も起きづらい、安定した生活必需品……ということなのです」

「そうなのですか?ですが、ボラティリティを意図的に創り出すことは容易ですよね?」

「ぼら……?なんですかな?」

「ボラティリティとは価格変動を意味する……そう、商いの師匠から教わった言葉です」

「商いの師匠がおられるのですか?」

「ええ、師は高名な学者ですし、師に薦められて異国の学者が記した書籍なども読みました」

「なるほど、ユートさんは商いを学ばれる学徒でしたか」

「まぁ、そんな所です」


 ……まぁ、大学の教授は高名な学者で間違いないし、「金持ち父さん、貧乏父さん」は異国の学者が記した書籍だというのも事実だ。

 ただ僕自身が学徒と呼ばれるのは少々こそばゆい。なにせ僕は成績も普通なモブ学生だし、今この瞬間も講義を欠席しているからね。


「それで、そのばらてぃ……でしたか?それはどのようなものなのですか?」

一般人(コモン)が使い道のないマナを結晶(クリスタル)として売り、探宮士(シーカー)が迷宮探索の必需品としてその結晶(クリスタル)を買う。需要と供給は安定しているようですが、ここへボラティリティを引き起こすことは簡単です」

「ほう、してどのように?」

「例えば僕が今回売却した宝石の代金を使って毎日供給される全結晶(クリスタル)の1割を買い付け、貯蓄すると……どうなりますか?」

「……毎日1割の結晶(クリスタル)が不足し、価格もそれに伴い上昇しますな」

「僕は価格が高くなった時点で買い付けた結晶(クリスタル)を手放します。するとどうなりますか?」

「供給量が増えた結晶(クリスタル)の価格は安定……いや下落しますな」

「そうなったときに、手持ち資金が増えた僕が次にどうするかは……言うまでもありませんよね?」

「……ユート殿。あなたは……ご自身の言われていることの意味を理解しておられるのか?」


 イコックさんが僕を呼ぶ呼称が「ユートさん」から「ユート殿」に変わった。これは、僕の事を買い取り希望の一見客ではないと思ってくれたということだろうか。

 そして彼が問うているのは……僕の語った方法がこのナンサイバを経済的に滅亡させるリスクのある方法であり、それを理解しているのかという警句でもある。


「ええ、理解しているつもりです。僕は一応、金融や経済を学んでいますから」

「……なら、仮にユート殿がそうされた場合、結晶(クリスタル)の市場はどうなるとお考えか、教えて頂けるかな?」

「そうですね。最初の2、3日はシーカー達も予備を持っているでしょうから、単に流通量が減ったと噂になるだけだと思います。その後、数日掛けて結晶(クリスタル)不足が常態化していることが判り、価格は……そうですね、最大1.5倍程度に上昇するのではないでしょうか」

「……続けてくだされ」

「おそらくその時点で今後の値上がりを期待した買い占めが発生します。結果として10日もしないうちに価格は元の数倍にも跳ね上がるかも知れませんね。そして、価格が十分に高騰した時点で僕が在庫を手放せば……一気に価格は暴落する。いや、これは正しくないかな」

「……と、いいますと?」

「市場価格が高騰し始めた段階で、マナバンクが供給量を絞って自分達で価格高騰による利益を得ようとするかもしれませんね。もしそうなると、市場価格は数倍どころでは済まなくなると思います」

「……なっ!?」


 僕がイコックさんに語ったシミュレーションは経済用語で言うところの適応的期待という消費者心理に基づいた予測だ。一般的な言葉だと……そう、パニック買いというやつだろうか。

 消費者が情報を自由に入手できる現代日本においてさえ、トイレットペーパーやマスク、果ては米の在庫が少ないという不安が買い占めや価格高騰を招くんだ。ナンサイバのような中世ヨーロッパ的な社会では噂に尾ひれがついてパニックが拡大することは言うまでもない。


 マナバンク……サキの動向は現時点では読めないけど、現実世界での彼女は生きるために身体を売り、カネにうるさいドブネズミと呼ばれていたような人物だ。彼女がマナバンクを慈善事業として行っている可能性は皆無だろうし、自分の利益を最大化できると知れば積極的にその機会は利用するはず。

 ……いや、本来なら僕の言ったようなボラティリティを彼女が既に引き起こしていても不思議ではないはずだけど……。


「ユート殿は……まさかそのような事を実際に行われるつもりではありませんよな?もし、そのような事が起こればナンサイバは……」

「さて、どうでしょうか。僕も行きずりとは言えトレーダーの端くれですし、商いのチャンスをみすみす見逃すのは業腹ですから」


 カネがカネを生むというのは投資経済における基本的な原則だ。けど本来であればいくら多額の資金があるとは言え、一個人でしかない僕が市場全体をコントロールすることは不可能だ。なにせマクロ経済(巨大な市場原理)のプレイヤーは無数に存在し、その市場規模は果てしなく大きいのだから。


 けどこれがナンサイバ市という限られた市場でのみ流通している結晶(クリスタル)市場であれば話は別だ。僕の持ち込んだ金貨十万枚という元手はナンサイバの市場から富を搾取することも、壊滅的な打撃を与えることも出来る。

 もちろんイコックさん達にも同じ事は可能だけど、彼等はこのナンサイバの住人でもある。一時の稼ぎのために結晶(クリスタル)市場というシステムを使い捨てるのではなく、持続可能で永続的に利益を生む仕組みとして維持したいと考えるのは当然だろう。


 僕の言葉にイコックさんの瞳に剣呑な光が宿ったようにも見える。それはそうだろう。僕が口にしたことを実行に移せばナンサイバは壊滅的な打撃を受ける可能性があるのだから。

 この手の大店の人間は直接的に暴力を振るってくることはないけど、裏で人を雇って目障りな人間を消させることは十分にありえるだろう。なら、誤解は早めに解いておく方がいい。


「……今のは、あくまでもケーススタディです」

「ケーススタディですと?」

「ええ。教授……いえ、師匠が僕達に良く課題として課すものです。このような状況を想定し、利益を最適化する方法を考えよ、とね。僕はあまり優秀な学生ではありませんから、良く師には考えが浅いと叱られています」

「ほう……では今回のお話しにも叱責される点があると?」

「ええ。先ほどお話しした方法は利益追求という視点では及第点だと思いますが、実際に行ってしまえば敵を作りすぎる。おそらくマナバンクも、シーカーも、そして……大店の方々も。僕が裏で糸を引いていると知れば、間違い無く混乱の原因である僕を盤面から排除しようとするでしょうね。命あっての物種と言いますし、師ならこの方法は机上の空論、悪手だと叱るでしょうね」

「……なるほど、随分と賢明な師をお持ちのようだ」

「ええ。師には備えあれば憂い無しとも教わっていますので」

「ほほう……」


 僕の言葉をイコックさんはおそらく額面通りに受け取っていないだろう。けど僕が言外に潜ませた真意……「今はこの方法を実行に移すつもりはない」「刺客を送ってくるな」「手を出すなら反撃する用意はある」という3つのメッセージは伝わっているはずだ。


「ではユート殿は結晶(クリスタル)でどのような取り引きをなされたいのですかな?」

「最初にお話ししたように、僕はここを訪れたばかりの新参者です。マナバンクについても名前を聞いただけで、実際どのような場所なのか、どのような方が運営されているのかも判らない状況です。ですので、僕がビジネスパートナーとしてお役に立てそうだと思って頂けるのであれば、この街の仕組み(・・・)についてイコックさんにご教授頂ければ、と思っているのですが」

「ビジネスパートナー、ですか」

「ええ。僕はここの地へ留まる訳にはいきません。いずれここを去りますが……継続して利益を上げる仕組みを残すことが出来れば、師にも叱られずにすみます。僕達の国ではビジネス特許、と呼んでいますが……効率的で核心的な商いの方法を生み出し、その方法を他者に運用して貰い利益を上げる。そのような形を作ることができれば、と考えています」

「……それは、非常に奇妙で……しかし斬新な考え方ですな。職人達のアイデアや技術を買い上げることは我々も行いますが、商いの方法そのものを売られる、と?」

「ええ、そういうことです」


 中世的ファンタジー世界において知的財産権がどの程度保護されるのかは判らないけど、職人の技術やアイデアが投資対象になるのであれば、ビジネス特許という概念も受け入れられるのだろう。

 ……まぁ、そもそも僕の本当の狙いは結晶(クリスタル)の売買でもビジネス特許を売り込むことでもない。マナバンク、そして町田サキの実態を知り、彼女をどうこの世界から引き剥がすかという手がかりを得る……。これはそのための方便というやつだ。


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