#15
昼間の寂れた様相とは打って変わり、夜のナンサイバの大通りは活気と熱気に溢れていた。上機嫌で笑顔を浮かべているシーカー達は今日、迷宮で幸運に恵まれたのだろう。一方で負傷し暗い表情を浮かべたシーカー達も何組か目にすることになった。
メリーアンは結晶の登場によりこれまでよりも深い階層へとシーカー達が足を踏み入れるようになったと言っていた。それはつまり、魔術士の攻撃力のみに依存し、より危険度の高い領域へ足を伸ばすということと同義だ。
もし魔術の発動が遅れたり、タンクの防御が間に合わなかったりしたら。タンクと魔術士しかいないアンバランスなパーティはたちまち崩壊してしまうだろう。
そういう意味では負傷したとは言え生還できている彼等はまだ運が良い方なのかもしれない。
危ういバランスで成立しているシーカー達の深部探索の現状は全て結晶……つまり町田サキの影響によるものだ。……彼女は一体この状況をどう考えているのだろう。
そんな事を考えながらたどり着いたイコック堂は派手なネオンサインを点灯させ、営業中であることを周囲に激しくアピールしていた。
その様相は希少な宝石を買い取り結晶の卸売りにも手を出している大店という印象よりも……そう、ネットで見たことがある、まるでパチンコ屋のようにも見える、何とかという名の大阪のローカルスーパーにも似た佇まいだと僕は思った。
もともとナンサイバの店舗が掲げているネオンサインは僕の目から見ればただギラギラと眩しいばかりであまり上品なものには見えなかった。けどイコック堂のネオンサインはその中でもずば抜けているように思えた。
「これは……商談と言うより、質屋に買い取りして貰う感じだね」
現実世界でも時折ポストに投函されるチラシに記載されている、金やプラチナの高額買い取りを謳う店のような印象を覚えながら……僕はイコック堂に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですかな?」
「はじめまして。僕は遠方から来たトレーダーです。希少な品の取り引きを求めてこのナンサイバへやってきたのですが、街でこちらのイコック堂さんが大店であると伺いましたのでご挨拶を兼ねて訪問させて頂きました」
「おや、それはご丁寧に。失礼ですが……」
「僕の事はユートと呼んで頂ければ」
「おお、ユートさんですか。私がこの商会の会頭、イコックでございます」
店内にいたのは老齢に差し掛かった男性1人だけで、その人に声を掛けてみたのだけど……まさか大店の会頭が店頭にいるとは思わなかった。いや、それ以前にあれだけ派手なネオンサインを点灯させているにもかかわらず、店の中には客1人いない。
……となるとここは一般客向けではなく、他の商店との商談を行うオフィスのような場所なのかもしれない。
カウンターの置かれた店内から一部屋奥まった場所にある応接室へ通された僕は、立派なソファに腰を下ろしながら、大店の会頭を名乗りながらもあくまでも腰の低いイコックさんの様子を注意深く観察する。
イコックさんの服装はやはりというか何というか、派手や成金という言葉を具象化したような目もくらむような出で立ちだった。どこからどう突っ込めば良いのかはわからないけど、少なくともこの衣装一つで彼が裕福で成功した商人であることは誰の目にも明らかだ。
彼の衣装に比べれば、僕の身に纏っている龍殺しの正装なんて地味な普段着にも思えてくる。
「それで、今日は何か御覧になりたい商品でもおありですかな?それとも何か拝見させて頂けるのですか?」
「見せて頂きたいものもあるのですが、まずはこちらを……」
ド派手な外見とは裏腹に、イコックさんの口調はあくまでも穏やかだ。ただ、高圧的な商人よりもこういう理知的で冷静に振る舞う商人の方が手強いということは、僕だって知っている。
だから対応を誤らないように、僕は慎重に……腰に差していた短刀を鞘ごと取り外し、彼に柄を向けた状態でテーブルの上に置いた。
「これは……。拝見しても?」
「ええ、もちろんです」
「……実に素晴らしい細工ですな。それに、この鞘と柄に用いられているものは……」
「そこに注目して頂けるとはお目が高い。それは魔石ではなく天然物の宝石です。もちろん、イコックさん程の方であれば、その価値を僕ごときが説明するまでもなくお分かりかと思いますが……」
「ほう……。見たところこれは紅玉のようですが、一般に出回っているものよりも色味が濃いですな。これは、中々……」
昨日ザナックさんに聞いていた、ナンサイバでは宝石は高級品という情報は正しかったようだ。イコックさんは短剣にあしらわれたルビーを様々な角度から観察し、懐から取り出した小さなルーペで状態を観察している。
表情には出さないけど、熱心に宝石を見つめる視線から、彼がこの短剣に興味を持っていることは明らかだ。
「ユートさん、でしたね。これを当商会に売って頂けると?」
「はい。そのつもりでお持ちしたのですが……気に入って頂けたようですね」
「ええ、それはもう。ちなみに、これはどちらで手に入れられたのでしょうか?」
「遠い異国です。とある名家の家宝であったと聞いていますが、事情があって手放されたものを、縁あって僕が譲り受けました」
「ほう……それはそれは」
僕が言った言葉は嘘ではない。この短剣は僕がグレイランスでとある小さな商家の問題事――具体的には地下倉庫に住み着いたジャイアントラット討伐だ――を引き受けた際にもらった報酬だ。
その商家の家宝であるとは言っていたけど、正直魔法の効果が付与されていないただの短剣は冒険の足しにはならないし、さりとて家宝であると言われた以上は近場の街で適当に換金することもできない。
そんな理由でストレージの中に塩漬けにしたままになっていたものなのだけど……さすがに世界の壁を越えた先なら手放しても問題ないだろうと考えた訳だ。
そして僕の言葉におそらくイコックさんはこの短剣に対する評価を1段階か2段階高めた筈だ。この手の品は物品そのものの価値だけでなく、歴史的な背景……つまりバックストーリーの有無によっても価値が変動する。
ただどこかの倉庫に眠っていた品よりも、由緒ある名家が家宝として長年保有し、泣く泣く手放した品だという付加情報がある方が、高く売れるというものだ。
「お持ちなのはこれ1点のみですかな?」
「こちらは挨拶代わりにと思って持参したものですが、他にも宝石がいくつか……」
「それは、実に興味深いですな。……それで、こちらの短剣は如何ほどの値を考えられておられるのですかな?」
よし、食いついた。僕は実際に彼と宝石の取り引きを継続的に行うつもりはないけど、腹を割って彼と話をするためにある程度の関係性を築く必要がある。
そういう意味ではいくつかの宝石を取り引きして、僕と関係を維持すれば儲かるという事をイコックさんに認めて貰う必要があるわけだ。
そしてその第一関門は無事に突破できた……と見て間違い無いだろう。ただ、問題があるとすれば彼がネズミ退治の報酬にどの程度の価値を見いだすのかが見当も付かないということだ。
グレイランスで査定に出した時は金貨50枚から65枚という評価だったけど……その程度の評価ならここナンサイバでは3泊分の宿代程度にしかならない端金だ。かといってあまりふっかけすぎても関係構築には害となりかねない以上、僕が彼に告げる値は……。
「僕はこの街では新参者です。この街での取り引きはイコックさんがお詳しいでしょうから、値付けは貴方にお任せしたいのですが。もちろん、どのような値を付けて頂いてもかまいませんし、僕はその値付けを受け入れます」
「……ほほう、それはそれは……」
イコックさんは目を細めて僕の事をじっと観察している。これがおそらく単発の取り引きであれば、彼は僕の足下を見た値を付けてくる可能性は高い。けど僕は既に他にも宝石を保有しているという手札を開示している。
不当に安い価格を提示すると、それらの宝石は彼の手を離れて他の大店の元へ行ってしまうことを考えれば……あまりにも相場から離れた値を付けることは出来ないだろう。
つまり、彼はこの取り引きにおいて、相場価格を基準にして僕に対する期待値を上乗せした価格を提示してくるはずだ。
「……そうですね。本来なら金貨1万3500枚……と言いたいところですが、他の宝石もこちらで引き取らせて頂けるのであれば、金貨1万5千枚で買いとらせて頂きます。いかがですかな?」
……金貨1万5千枚と来たか!日本円換算だと1億5千万円、グレイランスのレートでも1500万円相当だ。これは大したインフレぶりだけど……僕の狙いはあくまでも短剣の換金ではない。
「望外の価格を提示していただき、非常にありがたいのですが……」
「ですが、というとお気に召しませんでしたかな?」
「いえ、そうではありません。なにぶん旅先の身ですので、大金を持ち歩くわけにも行きません。他の宝石と合わせて取り引きさせて頂くに当たり、何か価値の高い物品の仕入れで一部相殺決済させて頂くことはできませんか?もちろん、その手数料としてご提示頂いた差額分をお支払いしますので、短剣の代金は金貨1万3500枚で結構です」
「おや、そうですか……。それは私にとっても喜ばしい申し出ですが、何かご所望の品でもおありですかな?」
「ええ。街中で噂を聞いたのですが、このナンサイバには結晶なるものが流通しているとか。もしイコック堂さんで結晶を取り扱われているのであれば、先ほどの短剣の代金と……こちらの宝石の代金を担保にして、僕も取り引きに少し関わらせて頂ければと思うのですが」
そう告げて僕は懐から小ぶりな箱を取りだし、イコックさんの前でそれを開いてみせた。その中には僕が彼に売却するつもりでピックアップした宝石が数個入っているけど、短剣が金貨1万5千枚なら、これら全てを売却すると金貨十万枚はくだらないだろう。そしてさらに言えば、もちろん僕はこれが手持ちの全てではないという空気を匂わせている。




