#13
結晶が僕のマナを肩代わりできる品であることは確認出来た。つまりこの結晶とそれを生み出すことが出来る町田サキは、僕にとって喉から手が出る程欲しい人材であることが確定した訳だけど……僕はどうやってサキを説得すれば良いのだろうか。
現状で無策に接触すれば僕がサキにただ帰還を懇願するだけになり、場合によっては総合学部が定めたルールを曲げてでも彼女を帰還させることになりかねない。
けどサキの能力は僕――ひいては麗奈――にとっては有益ではあるけど、総合学部全体にとってはそう重要性の高いものではないのも事実だ。
なにせ他の狩人は自前で魔力を調達できる能力者ばかりだし、そもそもサキが生み出す結晶だって異世界へ持ち込めるのは僕だけだ。つまりサキを帰還させるという行為は僕の私欲に基づくエゴそのものでしかない訳で、それ故に慎重に話を進める必要がある。
何か帰還に対する対価を……それも、僕個人で用意できるものを示す必要があるだろうか?取り引き材料となる対価に何を用いれば良いのかを知るためには、実際に彼女に対面する前にもっとサキのことを理解しておく必要がある。
そう考えた僕は、サキと直接取引しているであろう街の有力者と接触し、サキの事を聞き出すという回り道を選択することにした。
さしあたっては昨日ザナックさんが言っていたイコック堂なる大店へ出向いてみようか。メリーアンに聞いたところによれば、イコック堂は高価な宝石を取り扱うだけでなく、マナバンクとの直接取引を通じて結晶の卸売りもしているそうだ。そんな商会の人間なら、サキ個人のことを知っている可能性は高いだろう。
そう思ったのだけど。
手近な人々に聞きながら訪れたイコック堂は……閉店していた。陽は未だ高く、時間的にはまだ夕方にもなっていないにもかかわらず。
「……随分と閉店時間が早いんだね……」
僕の呟きは無人の路地に消えてゆく。……そう言えば昨夜歩いた時よりも人通りが明らかに少ない気がする。人の少なさは大迷宮へ向かっていた時にも感じていたけど、あの時はまだ早朝だったから……と思っていたのだけど。今は明らかに最も活発に商取引が行われているはずの時間帯だというのに、ナンサイバの街はまるでゴーストタウンのように静まりかえっている。
改めて通りを見渡すと、営業しているのは一部の飲食店や一般人向けの食料や雑貨を売っている店ばかりで、昨夜見た武器屋や道具屋と言ったシーカー向けの店は軒並み閉店状態だ。
「……もしかしてこの街、冒険者向けの店は夜にしか営業してない、とか……?」
そう言えばメリーアンはシーカー達は朝に大迷宮へ潜り、夕方から夜に掛けて地上へ戻ってくると言っていたっけ。そのサイクルを基に考えれば、シーカー達が迷宮攻略している時間帯に店が閉まっている……つまりナンサイバは夜行性の街だということの説明は付きそうにも思えるけど。
なら、本来ネオンサインが必要ないはずの武器屋や道具屋が派手なネオンで宣伝していたのは、それが営業中を示すサインだったということなのだろうか。そんな事を考えながら、僕は陽が落ちてから再び出直すことにして、イコック堂の前を立ち去った。
とは言え行くあてもないので、僕は朝の出立時に一旦引き払った「夜空のオウル亭」へ戻り、再宿泊の手続きをすることにした。
もちろんトレーダーを装うためにもう少し格上の宿へ移っても良かったんだけど、宿を……と思った瞬間に、メリーアンの笑顔が浮かんでつい自然と足が「夜空のオウル亭」へ向かっていたんだ。
彼女が今日もこの宿で客を取ろうとするのかどうかは判らないから、再会出来るかどうかは不明だ。けど……もし再会することがあれば、迷宮探索のお礼を兼ねて一杯奢るのも悪くないだろう。そう自分に言い訳しながら、僕は宿に足を踏み入れる。
「夜空のオウル亭」の女将さんにとりあえず3泊の予定で宿泊すると告げ、前金で69枚のグレイランス金貨を支払う。3泊で70万円近いというのは、正直なところ心理的財布が痛むけど……背に腹は代えられないだろう。
確認のために女将さんにイコック堂の開店時間を聞いたところ、予想通り日没後だという答えが返ってきた。まだしばらく時間があるので一旦昨日と同じ部屋へと上がり、仮眠を取ることにした――。
軽く横になるつもりだったのだけど、すっかり熟睡していたようだ。気付いた時にはすでに陽は落ち、室内には……何故かランプの明かりが灯っている。
女将さんが気を利かせて灯りを付けてくれたのだろうか?ぼんやりとした頭でそんな事を考えていた僕は、背中になにか柔らかく暖かいものが当たっていることに気が付いた。
恐る恐る背後に目をやると……最初に赤毛か、そして次いで白い肌が見えた。えっと……これは……?
「……ん……おきたのかい?おはよう、ユート」
「……め、めりーあん?」
「まったく、酷いオトコだよ、アンタは。アタシを置いてさっさと帰っちまうんだからさ」
「ちょ、メリーアン!?なんで君がここに?っていうか、どうして裸なんだよ!」
「そりゃ女が男の寝床に上がるんだ。裸が正装ってもんだろ?」
慌ててベッドから飛び起きた僕に向かって、惜しげもなく裸体を晒したメリーアンは妖艶な夜の蝶としての笑みを浮かべてそう言った。いや、確かにメリーアンとまた再会出来れば……と思わなくもなかったけど、これは想定外だ。
一瞬の事とは言え、目に焼き付いた日焼けも傷も火傷もない綺麗な裸身を脳裏から押しやりながら、僕は床に落ちていた服をメリーアンに投げ渡す。
「なんだい?折角準備は出来てるのに、しないのかい?」
「しないよ!」
「はぁ……女心を理解しないなんて、とんだ朴念仁だねぇ」
「いいから早く服を着てくれ!」
心底呆れたような口調でメリーアンはそう言うけど、呆れているのは僕の方だ。衣擦れの音を立てるメリーアンに背を向けたまま、僕は憮然とした想いを抱えながら彼女に問う。
「それで、どうして勝手に僕の部屋に?」
「なに、女将に聞いたら部屋へ引きこもったと言ってたからね。独り寝は寂しいんじゃないかと思ってさ」
「……メリーアン?」
「冗談だよ。アンタ、大迷宮で手に入れたお宝の分配しないまま帰っちまっただろ?分け前を渡しに来たら、カワイイ寝顔で寝てたからさ。ついアタシの方がそんな気になっちまったのさ」
「……百歩譲って無断侵入まではいいけど、どうして裸になって添い寝するかな……」
「そりゃ、それがアタシの仕事だから?」
のらりくらりとそんな事を言うメリーアンに僕は嘆息しつつも、彼女が思っていた以上に義理堅い性格であることに苦笑した。
確かに迷宮で手に入れた品はパーティメンバーで山分けするというのが一般的なお約束だ。けど僕自身はあくまでも同行者として、自分の検証作業のために大迷宮へ潜っただけだから、戦利品の類いは不要だと考えてドロップ品や宝箱の中身には一切手を付けなかった。
それなのにメリーアンはわざわざ僕の元を訪れて分配を、と言う。これを律儀と呼ばずしてなんと呼ぶのやら。
「それで、何を持ってきてくれたんだい?」
「とりあえず回収したもの全部だよ。金貨は鑑定代金で使っちまったから、半分ぐらいに目減りしてるけどさ」
「鑑定までしてくれたんだ?」
「当たり前だろ?未鑑定品なんてどこへ持ち込んでも買い叩かれるのがオチだよ。そんなことをするのは阿呆か、鑑定せずとも外れだと判ってる時ぐらいのもんさ」
メリーアンの言葉に僕は頭が痛くなった。なぜなら昨夜、まさにその未鑑定品を露天に持ち込む「阿呆」を目の当たりにしたところだったし、何なら僕のストレージには「外れと判ってる」マジックリングが11個も入ってる訳だから。
この外れ確定11連ガチャは持ち帰った後にこっそり鑑定して、そのまま研究セクションへガラクタとして提出することになるかな……。




