#11
そして翌朝。昨日は遅くまでメリーアンと杯を交えながら話した事もあって、若干頭が痛い。以前志織に貰った状態異常回復のポーションを飲むべきかと思いながら、僕はベッドから身を起こす。
もちろん、ベッドで寝ているのは僕一人だけだ。眩しい陽光を少し煩わしく思いながら、派手な衣装に袖を通しているとドアがノックされた。
「ユート、起きてるかい?」
「ああ、起きてるよ。着替え中だから少し待ってくれると助かるんだけど」
「なんだい、アタシは別に男の着替えなんて見慣れてるんだ。入るよ」
「おいおい……」
僕の言葉を無視して扉を開いたのは、言うまでもなくメリーアンだ。昨夜は胸元の開いた扇情的な衣装を身に着けていたけど……いや、今朝の彼女も別の意味で扇情的だ。
上半身は丈の短いシャツの上から革製の胸当てを付けているけどヘソは丸見えだし、ホットパンツからは健康的な太股が惜しげもなくさらけ出されている。両手にはオープンフィンガーのグローブを着用し、腰の後ろには左右から短剣の柄が覗いている。
髪型も昨夜のストレートに降ろしていた髪型とは違い、後ろで纏めて短めのポニーテールにしているようで……要するに、今のメリーアンは軽戦士の出で立ちという訳だ。
「ふーん?思ったより良い身体してるじゃないか」
「それはどうも」
「しっかしアンタも酔狂だよね?何もアタシみたいな引退したシーカーを雇わなくても、いくらでも現役がいるだろうに」
「何、これも何かの縁ってヤツさ。それで結晶は手に入ったかい?」
「ああ。リクエスト通り小さめのヤツと、大きめなヤツを買っておいたよ。ほら、コレだよ」
そう。僕が昨夜メリーアンに頼んだ事は2つ。まず結晶の現物を手に入れて貰うこと。土地勘のない僕が当てもなく買いに行くよりもメリーアンに頼んだ方が間違いがないし、何よりぼったくられることもないだろうからね。
そしてもう1つは結晶が実際に僕のニーズに合致するかどうかを試すために、大迷宮とやらへ立ち入る際の護衛兼ガイド役として同行して貰うという依頼だ。
彼女は奇妙な依頼に首をかしげながらも、僕に雇われることを承知してくれた。僕が提示した金額は彼女の予想より高かったらしく、サービスだと言って彼女はベッドを共にしたいと言い出したけど、それは丁重にお断りした。
うん、前回ゾル=カタンでの事があったばかりだし、今回もメリーアンを抱いたりしたら麗奈にも志織にも申し訳が立たないからね。
と、話が逸れた。僕はメリーアンが差し出したバッグに入っていた結晶を取り出した。1つはサイコロぐらいのサイズ、残りの2つは握りこぶしより二回りほど大きい。いずれも紫の立方体で、柔らかい光を放っている。
「これが結晶……。これはどうやって使うか判る?」
「アタシは魔術士じゃないから良くは知らないけど、パーティにいた魔術士はそれを握りしめて呪文を唱えてたよ?」
「なら手持ちにしていると、これから優先的にマナが消費されるのかな……?」
「けどさ、ユート?いくら結晶があっても魔術士じゃなきゃ宝の持ち腐れだよ?それがありゃ誰にでも魔法を使えるって訳じゃないんだし」
メリーアンが言うのももっともだ。もし結晶が本当にマナ結晶だったとしても、マナだけでは魔法も、魔術も発動しない。魔力を力に変換するためには術式と力ある言葉……呪文が必要だし、その扱いにはそれなりの修練と才能が必要になる。
だからこそ結晶が普通に流通しているナンサイバにおいて、魔術を使えないメリーアンはシーカーとして活動することが出来なくなり、娼婦に身をやつすことになっている訳だし。
「まぁ、何とかなるんじゃないかな。街中で試験するわけにもいかないし、朝食を食べたら大迷宮へ移動しようか」
「気の早いこったね……まぁいいけどさ」
「じゃあメリーアン、食事を一緒にどうかな?奢るよ?」
「ああ、それは大歓迎だよ!」
笑顔でそう言うメリーアンの表情は昨夜の娼婦然とした妖艶な笑みとは違い、年齢相応の明るいものだった。もし彼女がシーカーを続けていれば、ずっとこんな表情で笑えていたのだろうか……。ふと、そんな事を思う。
けど、この結晶がサキの手による品なのだとしたら。僕が彼女を現実世界へ連れ帰るにせよ、ここで殺すにせよ……遠からずナンサイバは結晶の供給を断たれる事になる。
なら、メリーアンが娼婦から足を洗って、再びシーカーとして生計を立てられるようになる日が来るのかもしれない。……まぁ、娼婦とシーカー、どちらの方が彼女にとって幸せな人生なのかは、僕には判らないけれど。
朝食後、僕はメリーアンの案内で大迷宮へと向かった。ナンサイバ市は円形に街が広がっていて、大迷宮はその中心に位置している。そして迷宮入口の真正面には僕がこの世界へ到着したロードの居城あった。
「君主の居城が迷宮の目前って……また凄いところへ城を建てたんだね」
「なんでも元々ここに街があった訳じゃなくて、大迷宮を攻略するために街を作ったって聞いてるよ。で、その街を作った交易商人の元締めがロードの祖先だって」
「なるほど、だからナンサイバは国ではないし、ロードも王を名乗っていないってことか」
そう呟いた僕の言葉にメリーアンは小首をかしげていた。
ナンサイバが大迷宮に挑む探宮士達を支援する目的で作られた都市なら、一般住民の数が少ないことも頷ける。
おそらくナンサイバでは消耗品の製造は最低限しか行われておらず、多くは迷宮から得られる財宝や戦利品を対価とする外部との交易によって入手しているはずだ。それ故にナンサイバでは食料や衣類が高騰し、結果として宿代などのサービス料金も高止まりしているのだろう。
「じゃあアタシの入場パスで手続きをしてくるよ」
「ああ、すまないね」
メリーアンはそう言うと大迷宮入口の脇に設けられた小さな建物へと走って行った。なんでも大迷宮に立ち入るためにはシーカーとしての登録が必要らしく、その資格を維持するためには毎年一定の手数料を支払う必要があるそうだ。まぁ大迷宮はナンサイバにとって資源を産出する鉱山のようなものだから、誰でも勝手に入場できる形ではまずいのだろう。
そして既にシーカーを半ば引退していたメリーアンだけど、登録の有効期限があと1ヶ月程残っていたらしく、彼女に案内して貰う形であれば僕も大迷宮に入ることが出来るというわけだ。
「手続き、終わったよ。けどユート、本当にいいのかい?」
「何がだい?」
「アタシ、たぶん腕が鈍ってるよ?もしもの時にユートを守れなかったら……」
「大丈夫だよ、メリーアン。ダンジョンでは自分の身は自分で守るのが鉄則だ。誰かを当てにしているようじゃ、迷宮へ潜る資格は無いさ」
「いや、格好良いことを言ってるけどさ……。まぁ極力アタシの前に出ないようにしておくれよ?」
彼女がここまで心配するのには訳がある。それは……僕はまだ自分が大魔法使いである事を伝えていないからだ。
もちろん意味も無く隠し事をしている訳じゃない。僕は大迷宮で自前のマナを消費するつもりはないから、メリーアンに入手して貰った結晶が僕に使いこなせるかどうか不明な以上、迂闊に魔術士だと名乗る訳にもいかなかったんだ。
なので結晶が反応すれば僕は魔術士だし、反応しなければ僕は物好きな交易商人のまま、と言うわけだ。
「じゃあ入るよ。1階層目は大した魔物は出ないし罠も無いけど……魔物を見て慌てて逃げ出したりしないでおくれよ?」
「ああ、もちろんだよ。ところでメリーアン、奥に進む前に一度魔法が使えるか確認しておきたいんだけど」
「確認?別に構わないけど、どうするのさ」
「そうだね……こういうのはどうだろう」
僕はそう言うと、右手に小さな結晶を握りしめ、掌の中にあるその塊を意識しながら呪文を唱える。
《魔力よ、不可視の外套となりて我が姿を覆い隠せ。「|欺瞞の外套《デセプションクローク」》
「え?ユート?」
「……」
「あ、いた!なんだい、今の!」
「……3秒か4秒ってとこかな」
「ユート、今のって……」
「ああ、魔法だよ。不可視になる魔法を結晶で発動させてみたんだけど、ちゃんと効果が出たみたいだね」
僕が使った「|欺瞞の外套《デセプションクローク」は光学迷彩のように姿を隠すことが出来る魔法だ。
この魔法の特徴は術を維持している間はずっと魔力を消費する……つまり、この魔法を維持できる時間によって結晶が体積あたりでどの程度の魔力を保有しているかを測定できると僕は考えたわけだ。
で、1.5cm角程度の紫色をした立方体は「|欺瞞の外套《デセプションクローク」を発動し、その後約3秒の間術を維持することが出来た。これは僕のマナ総量に換算するとおおよそ0.1%程度の量に相当するんじゃないかと思う。
となるともう一つの握りこぶしより大きいサイズのものは、概ね僕の総魔力量の3割に匹敵するだけのマナを蓄積しているということになる訳だけど……。まぁこの結晶の体積が蓄積できる魔力量に比例するという保証もないし、異なる人から抽出されたという来歴を考えれば蓄積できるマナの濃度や質にも差があるかもしれない。
……それを確認するためには、手持ちの結晶を使い切るまで魔法を行使して実地検証するのが一番確実だろう。
「ねぇユートってば!」
「ああ、ごめん。実は黙っていたけど……僕は魔術士なんだよ」
「ええぇ……。それなら最初からそう言っておくれよ……」
「なにぶんこういう迷宮へ来るのは久しぶりでね。実力が出せるか不安だったんだ。メリーアンみたいな可愛い子の前で格好付けたくせに失敗なんてしたら、恥ずかしいだろう?」
「ったく……。まぁそれじゃユートを観光客扱いするんじゃなくて、臨時パーティのつもりで進んでいいのかい?」
「ああ、そうしてくれ。どの程度結晶が使えるか確認してみたいんだ」
「はいよ。じゃあ行こうか」
こういうことが久しぶりというのは事実だ。グレイランスから帰還して以来、ダンジョンへ入る機会なんて無かったからね。ともあれそんな事を言いながら、僕達は大迷宮の奥へと歩みを進めることになった。




