#10
そんな事を考えながら食事をしていると、僕の差し向かいに腰を下ろした人物がいた。誰かを確認するまでもない。メリーアンだ。
「それで、ユートはどうしてこんな安宿に泊まってるんだい?さっきの服装だってシーカーにしか見えなかったよ?」
「遠い国から旅してきたところでね。さすがに旅路でこんな服装をしている訳にもいかないだろう?それに僕はこのナンサイバに初めて来たんだ。宿のランクなんて判らないよ」
「まぁ、そりゃ正論だね」
そう言ってメリーアンは屈託無く笑う。僕は当初、彼女が自分よりもずいぶん年上だろうと思っていたのだけど……その表情を見ていると、もしかしたら彼女は想像していたよりも年若いのではないかという気がしてきた。
「メリーアン、その……失礼でなければ教えて欲しいんだけど」
「なんだい?好みの男ならアンタみたいな野暮なオトコだけど」
「いやいや。君、いくつなんだい?」
「アタシかい?アタシは今年19になったところだよ」
同い年だとは思わなかった……。大学の友人にも大人びた女性はいるけど、さすがに同学年でここまで大人の色香を放っている女子大生にはお目に掛かったことがない。異世界故のことなのか、それとも夜の蝶という職業柄なのかは判らないけど……。
「その若さで……その、そんな仕事を?」
「まぁ、色々とあったのさ。こう見えてもアタシは元シーカーでね。ただ無理して下層へ挑戦した際にパーティが壊滅しちまったのさ。昔はともかく、今は短剣使いなんて誰も必要としないし、生きていくには身体でも売るしかないってね」
「すまない、辛いことを聞いて」
「なに、気にすることはないさ。不幸話で同情を買って床へ誘うのはアタシ達の常用手段だからね?」
メリーアンはそう言って笑う。僕はそんな彼女を見ながら、懐から金貨の入った袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
「おや、効果ありかい?アンタが相手なら喜んで抱かれるよ?」
「いや、そうじゃない。僕は君の身体を買うことはできないけど、その代わりに君の時間を買わせて欲しいんだ」
「時間?どういうことだい?」
「もっと話を聞かせて欲しい、ってことだよ。ただ、君も仕事があるだろうから、その時間を奪うのは忍びない」
「ユート、あんた……良いところのボンボンだろ?」
「そう思いたければ思ってくれて構わないよ」
メリーアンは呆れたような表情を浮かべたけど、それでも躊躇せずに袋を受け取った。懐へ納める前にしっかりと中身を確認していたのはちゃっかりしているというか、堅実というか。
でもそんな彼女の行動に僕はメリーアンという女性に好感を――もちろん恋愛感情ではない――を抱いた。
「それで、どんな話を聞きたいんだい?大迷宮の攻略情報……はユートには関係ないだろ?」
「まぁ僕自身が迷宮に入ることはないと思うけどね。けど、短剣使いが必要無いっていうのが気になってね。ダンジョンの中では前衛から中衛のポジションに軽戦士がいた方が柔軟な戦いが出来ると思うんだけど」
「ああ、その話かい?実は今から1年ぐらい前になるかねぇ……ちょっとした異変がおきてね」
「異変?どんな?」
「それまでシーカーは前衛も中衛も後衛も、バランス良くパーティを編成するのが定番だったんだ。ザコは前衛と中衛が処理して、強敵は後衛の魔術士が叩く……って説明しなくてもユートは知ってそうだね?」
「まぁね。でも、そのバランスが崩れたってこと?」
「ああ。結晶なんてもんが流通し始めてね。おかげで魔術士達はバンバン魔法を撃てるようになって、今じゃまっとうに稼げるシーカーは魔術士と、その護衛を務める盾持ちぐらいのもんだ」
そう言うとメリーアンは肩をすくめて見せた。けど、今の話は明らかに不自然だ。魔術士のようなスペルキャスターは強力な一撃を放てる代わりに燃費が悪く、一度のダンジョンアタックで魔法を行使できる回数は限定的だ。けど結晶なるものがあれば魔道士は回数制限を気にせず魔法を行使することが出来る……?
そう言えばザナックさんのところで出会ったバルドレイも結晶がどうとかと言っていた。ダンジョンに入る際のコストとして結晶代が掛かるとかなんとか……。
「メリーアン、もしかしてその結晶というのは、魔力を回復することが出来るのかい?」
「ああ、まぁそんな感じのモノだよ」
いともあっさりとメリーアンは肯定する。けど、それは……僕が喉から出るほど欲している、魔力を補充できるアイテムということなのだろうか?
麗奈が命を削って生み出すマナポーションと同じような効果を持つモノが、当たり前のように流通しているという事実に僕は内心の動揺が隠せない。けどそんな僕を余所にメリーアンは話を続ける。
「今このナンサイバの街じゃ結晶のおかげで経済が回ってるって言っても過言じゃないぐらいさ」
「経済……と言うことは、その結晶は普通に売買されてるってことかい?もしかして結晶は迷宮で採掘される資源ってこと?」
「あはは、面白いことを言うじゃないか。大迷宮で結晶が手に入るなら皆迷宮の中で使っちまうよ。結晶はね、このナンサイバの街で生産されてるのさ」
魔力を回復できるアイテムが街中で生産されている!?その技術は是非欲しい。錬金術か何かは判らないけど、もしそんな技術を持ち帰ることが出来れば、僕が勇者狩りへ赴く際にマナ残量を気にする必要もなくなる。
それは狩りの効率を高めるだけでなく、麗奈に命を削らせるような事態を再び引き起こさずに済むということでもあるから。
「それで、その結晶というのは具体的にどいうものなんだい?僕でも手に入れることは出来そう?」
「ユート、ずいぶんと食いつきがいいね?結晶はぼんやり光る紫色の……ダイスみたいなモノさ。売り買いはマナバンクへ行けば出来るけど、結構な行列が出来るからね。シーカーは少し割高だけど街中の小売りで買ってるみたいだよ」
「ずいぶんと手軽な流通なんだね。それでその結晶のサイズはどれぐらいの大きさなんだい?」
僕の言葉にメリーアンは肩をすくめてから言った。
「まちまちだね。小さいのはそれこそダイスみたいなサイズだけど、デッかいのは……ほら、あそこにある木箱みたいなのもあるらしいよ」
そう言って彼女が指さしたのは、酒瓶が詰め込まれた一辺40cmぐらいのそれなりに大きな木箱だった。いや、ダイスサイズから木箱サイズはさすがに大きさにばらつきがありすぎるだろう……。
こういうモノは規格化されていないと使いづらいんじゃないかと僕が指摘すると、メリーアンは呆れた様子で言う。
「規格ってねぇ。結晶がどれぐらい抽出できるかは人によるし、魔力の大きさなんて人それぞれだろ?」
「……待ってくれ。もしかしてその結晶というのは……誰かから抽出した魔力を結晶化しているのか?」
「ああ、そうだよ。マナバンクに並んでる連中の9割方は自分の魔力をカネに替えに行ってる連中さ。アタシだって十分な魔力がありゃ、身体を売らずに魔力を売って暮らすんだけどねぇ」
この世界は……そんな事が出来るのか……。僕はこのナンサイバという都市国家の技術力が想像以上に高いのだろうかと考えた。
だけどメリーアンは「異変」が起きたのは一年前だとも言っていた。つまり……その「異変」が結晶と言うものの登場だとしたら?
「メリーアン、確認させて欲しい。さっき君が言っていた異変というのは結晶のことかい?」
「ああ、そうだよ。最初に結晶が出回り始めたのが……そう、確かロードが病で倒れたって発表があった何日か後でさ。裏通りのいかがわしい古物商で魔力回復アイテムが売ってるって噂になったのさ。その後1ヶ月ぐらいしてからだったかな。マナバンクって店が開店して、そこからはもうあっという間に結晶結晶って大騒ぎさ」
「マナの銀行ねぇ……」
「ギンコウ?なんだい、それ」
「え?バンクって銀行の事だろ?金を預けたり借りたりする所だよ」
「いや、バンクなんて聞いたことがない言葉だったからさ、皆バンクって何だろうって言ってたのさ。そうか、金貸しみたいな感じなんだね」
メリーアンは納得した様子でそう言っているけど、今の言葉で僕の中に確証が生まれた。結晶が流通し始めたのが1年近く前。そしてメリーアン達の知らない銀行と言う外部から持ち込まれた言葉。それが意味するのは……この件には町田サキが深く関わっている、ということだ。
おそらく魔力を結晶化する技術はナンサイバに固有のものではなく、町田サキのチート能力なのだろう。そう考えれば、ナンサイバの街中にリソース流入の痕跡が色濃く残っていた事にも納得がいく。
なにせメリーアンの言葉によれば活動しているシーカーはほぼ例外なく結晶所有し、大量に消費しているそうだから。
町田サキ、か……。
僕は心の中で現実世界に未練の無い彼女を連れ戻すことは難しいと考えながらも、可能であればサキを連れ戻したいと考ていた。けどサキが結晶を生成できるというのであれば、彼女の帰還は僕にとっても利益となる。
自分勝手な理由ではあるけど、僕の中で今回の案件におけるサキの帰還は「可能であれば」から「是非とも」に格上げになった。なら少しでも帰還する確率を高めるために、彼女と接触する前に可能な限りに情報を集めておく必要があるだろう。
なにせそもそも結晶が僕の欲しているマナ供給手段になるかどうか、そしてどれだけの価値があるかもまだ未知数なんだ。まずそこを確認してからでなければ交渉の糸口も見いだせないだろうからね。
「メリーアン、その結晶は僕でも手に入れることが出来るだろうか」
「アンタは安宿に泊まってる割にはカネを持ってるんだろ?ならマナバンクなり小売りなりで買えるだろうさ」
「そうか……。ねぇメリーアン?」
「なんだい?」
「君の時間をもう少し買わせて欲しいんだけど」
「……ふふーん?そんな気になったんだね。いいよ、もちろん。ユートは意外とカワイイ顔してるし、安くしとくよ?」
「それはありがたいけど……」
「じゃあ上へ行こうか。あ、変なプレイは割増料金貰うからね?」
メリーアンは何か勘違いしているようだ。けどこれから僕が彼女に頼むことは間違い無く「変なプレイ」に該当することになるだろう。そんな事を考えながら、僕は軽くため息をついてから買い取りを希望する「彼女の時間」についての説明を行った――。




