#8
見ているとバルドレイと言う男――おそらく彼が先ほど話題に出たシーカーだろう――は懐から小さな革袋を取り出した。露天の端にザナックが置いたトレイに袋をひっくり返すと、中から複数の指輪が転がり落ちる。
ここで買い取り依頼に出すということはおそらくこの指輪もマジックアイテムなんだろうけど、さすがに扱いが雑すぎないだろうか……?
「ひぃふぅみぃ……と、全部で11個か。鑑定は済んでるんだろうな?」
「急ぎだから鑑定はしてねぇ。けど全部7階層で見つけたモンだ。それなりに価値があるはずだぜ?」
「お前なぁ……。未鑑定品を持ち込まれたらこっちの処理が面倒になるの、判ってるだろう?」
「今日の飯代も宿代もねぇんだ。鑑定の順番待ちしてられるわけねぇだろうが」
どうやらバルドレイというシーカーが持ち込んだ品はマジックアイテムではあるけど、効果が鑑定されていないものらしい。そしてここが大迷宮という「生成系ダンジョン」である以上、毎日多くの戦利品が発見され、それらが適正価格で買い取られるためには鑑定を受ける必要がある……ということのようだ。
そしてバルドレイは日銭に困っているのか、鑑定を待てずにそのまま知己のザナックに買い取りを依頼している、と。つまりシーカーという職業がその日暮らしなのか、それともナンサイバという都市の生活費が高いのか……おそらくはその両方なのだろう。
「未鑑定なら1個10キルダだな。11個だから……まぁ、馴染みのよしみで115ギルダってとこだ」
「おい、それっぽっちじゃ今日の酒代にもなりゃしねぇ」
「どうせパーティの連中が他の戦利品を売りに行ってるんだろう?」
「そりゃ、そうだけどよ……結晶代も安くはねぇんだ。な、150にならねぇか?」
ギルダはこの街の通貨で金貨1枚と言っていたっけ。つまり未鑑定の指輪は一つあたり金貨10枚……って破格のお値段じゃないか。話題に出ていた結晶というのも気になるけど、僕はまずはこの2人の話に参加することにした。
「あー、バルドレイさん、でしたっけ?」
「あん?ああ、すまないな、兄ちゃん。こいつがカネを払ってくれたらすぐにどくからよ。な、ザナック、150で頼むよ」
「その件なんですけど……僕が金貨200枚でこれを全部買い取るって言ったら、売ってくれますか?」
「え?あ、ああ。もちろんオレとしては助かるが……兄ちゃん、トレーダーか?」
「いえ、そういうわけでもないんですが、マジックアイテムに興味がありまして」
僕の申し出にバルドレイは不審げな表情でこちらを見てくるけど、ザナックさんが提示し、自分が要求した価格より高額なオファーを出した僕の言葉にどうするか思案しているようだ。
「ザナックさん、僕の持っている金貨の比重、確認して貰えますか?」
「ああ、それはかまわないよ……っと、これは結構良質な金貨だね。サイズも大きいし1枚で1.3ギルダ分の価値がありそうだ」
どうやらグレイランス王国が発行していた金貨はこの世界の通貨よりも価値があるらしい。これは思わぬ誤算だ。価値が判ったことで、僕はバルドレイに再度交渉を持ちかける。もちろん値切るつもりはない。
「なら、この金貨200枚でどうですか?」
「ってことは……おい、ザナック。ギルダだといくらになるんだ?」
「はぁ……そんな計算もできないのか……。このお兄さんが提示してる金額は260ギルダだよ」
「よし、売った!」
額を聞いて即決したバルドレイは金貨と指輪の入った革袋を交換すると、笑顔でその場を去っていった。表には出さなかったけど、実は僕も内心ではホクホクだ。なにせグレイランスでは魔法の指輪は安くても一つ当たり金貨300枚は下らなかったし、未鑑定とは言えそれが11個も安く手に入ったのだから。
もちろん僕も「鑑定眼」の魔法は使えるけど、さすがに勇者狩りの任務中に無駄な魔力を使う事はできない。なのでこれは現実世界に持ち帰ったあと、自分で鑑定するか……もしくは志織の義眼で見て貰うのが良いだろう。
当たりが入っているのか、外ればかりなのかは鑑定してのお楽しみだ。
「……まるで11連ガチャって感じだね」
「兄さん、何か言ったかい?」
「いや、ただの独り言です。それでザナックさん。商談の続きを……」
「ああ、了解だ。しかし兄さんがトレーダーとはね。そんな格好しているからてっきりシーカーだと思ったよ」
ザナックさんの言葉に僕は自分の服装を再確認する。異世界へ赴く狩人は基本的に自分が愛用する武器防具を装備した状態で御門をくぐるけど、僕はストレージに装備類をしまっておけるので基本は普段着のままだ。今も無地のTシャツとジーンズで特に変わった服装ではない気がするけど……。
いや、そう言えば先ほど屋根の上から街並みを見ていた際に、冒険者……いやシーカー以外の人々がえらくこぎれいな服装をしていたことを僕は思い出した。そして目の前にいるザナックさんも、実のところかなり派手な服装をしている。
「もしかして、僕の服装ってナンサイバでは浮いてますか?」
「気を悪くしないで欲しいんだけどね。兄さんの服装はここじゃ貧乏人の着る服だと思われるよ。一般人でももっと良い服を着てるからね」
そう言ってザナックさんが視線で指したのは夜の通りを歩く小綺麗な服装の人々。つまり彼はあの人達が「一般人」だと言っているのだろう。
「そうなんですね。僕の国ではこれが一般的な服装なので……」
「まぁこの国もナンサイバ以外なら兄さんの服は上物の部類に入ると思うよ。ここがちょっと特殊なのさ」
そう言ってザナックさんは肩をすくめてみせる。どうやらネオンで照らされた不夜城ナンサイバは、僕の目から見ただけでなく……この世界の目線で見て異質なもののようだ。それはつまり、この光景や異様な経済状況に町田サキが関わっている可能性が高いということでもある。
そんな事を考えながら、僕はザナックさんと商談を続け……結局2つの指輪を購入することになった。
「二つ合わせて270ギルダだよ。兄さんの金貨だと……207枚でいいよ」
「ありがとうございます」
「しかし、こんな指輪何に使うんだい?」
「恋人への贈り物ですよ」
異なる効果を秘めた指輪を小箱に収めながら、ザナックさんは不思議そうにそう問うてきた。いや、自分が売ってる品だろうに……と思わなくもなかったけど、まぁそれはいいだろう。なにせ僕にはまだ他に気になることがあったからだ。
「ところでザナックさん。指輪やアクセサリーに付いている石って、宝石ではないですよね?」
「ああ。これは全部魔石だよ。宝石なんて高価なモン、うちじゃ扱えないからね」
「宝石が高価……?魔石よりも、ですか?」
「そりゃそうだろう?なにせ魔石は魔物を倒せばいくらでも湧いてくるけど、宝石は大迷宮じゃ採取できないからね。貴族以外はそんなもの持っていないよ」
正直、僕が思っていたのとは真逆の答えだった。少なくとも僕の認識ではただ綺麗なだけの宝石よりも、魔力を秘めた魔石の方が格段に高価だという理解だったのだけど、このナンサイバでは迷宮から産出するかどうかという価値観で価格が決定されている。
ということは……先ほどバルドレイが言っていた「飯代に宿代」と言う話も少しニュアンスが変わってくる。
僕は彼が暴飲暴食するのだと勝手に思い込んでいた。けど、酒や食料が迷宮から産出するとは思えないから……つまり、マジックアイテムの類いよりも酒やパンの方が高価な可能性がある、ということだ。
随分と歪んだ経済のようにも思えるけど、需要と供給に基づく市場原理の結果としての価格決定だと思えば理解はできる。この一風変わった経済システムについてレポートを書いたとしたら、金融論の教授はどんな評価をくれるのだろう。
ふと、そんな事を考えるとおかしくなった。命懸け、そして相手の命を絶つ可能性の高い任務中に日常生活のことを思い出すなんて。僕はこのナンサイバという異様な街に、少し飲まれ始めているのかもしれない。
「それでザナックさん。こちらでは宝石の買い取りは……」
「あー、悪いね。それは無理だよ、お兄さん。ウチは宝石の鑑定できないからね。天然物の宝石ならイコック堂へ持って行けば――」
「すみません、このアクセサリーを付けてみたいんですけど」
「ああはいはい。すまないね、兄さん。お客さんだ」
「いえ、こちらこそ長々とありがとうございました」
宝石を買い取れるか打診してみたけど、どうやら露天では買い取り不可らしい。イコック堂という店なら……とい話だったけど、先ほどの感じだと大店だろうか?もしそうなら、さすがに露天と違ってこんな夜更けに営業しているとは思えない。
そう考えた僕は一旦宿を取り、明日イコック堂なる店へ赴くことにした。本来であればもう少し積極的に町田サキの情報を直接集めるべきところなのだけど、何故かこのナンサイバの経済を知ることで彼女に近づけるような……そんな気がしたんだ。




