#7
状況は不透明ながらこの街でチート能力が使われている以上、僕はここで情報収集し、町田サキを探す必要がある。となれば……まず最初にすべきことはやはり「言語習得」だろう。これを済ませておかないと話が――文字通り――始まらないからね。
幸い、ここから見える範囲内で簡単に「言語習得」を掛けられそうな人間を3人みつけることが出来た。いずれも路地裏で酔い潰れているロクデナシ達だ。
1人は武装した若者。おそらく冒険者か何かなのだろう。
もう1人はそこそこさっぱりした衣服を身につけた中年の女性。……いや、女性が1人で酔い潰れている状況は放置しておいていいんだろうか?
そして最後は年齢不詳のローブを羽織った人物。
さて、誰に「言語習得」を掛けるべきだろうか。
少し逡巡してから、僕はローブの人物が倒れている路地裏へと降り立った。まず最初に候補から外したのは冒険者風の人物だ。彼は見るからに前衛職で、一般的に前衛職はそう頭が良くない……つまり、語彙に乏しく言語の習得先としてはあまり良い相手ではないからだ。
次に女性を外したのは……もし迂闊に近づいて相手が目を覚ましたり、他人に見とがめられたりしたら問題になるし、場合によっては美人局……というのかどうかは判らないけど、迂闊に近づくと何かの罠に掛かる可能性を感じたからだ。
その点、ローブ姿の人物は……おそらくご同業だろうから、語彙も他の2人よりは豊富なはず。……いや、もちろんただローブを着ているだけの酔っ払いという可能性も否定はできないけど。
そんな事を考えながら、僕は壁にもたれ掛かって眠っている人物にそっと近づくと「言語習得」の魔法を行使した。毎度おなじみの軽い頭痛が僕の脳内にこの世界の言葉が刷り込まれたことを伝えてくる。
ローブの人物は中年の男性のようだけど、さすがに男性とは言え繁華街で眠り込むのは不味いだろう。言葉を学ばせて貰ったお礼がわりに、僕は彼を揺り動かし、目覚めさせようとする。
「もしもし、大丈夫ですか?」
「う……なん……だ……?」
「こんなところで寝ていると風邪を引きますよ」
「ほっといてくれ……ワシはパーティを追放されたんじゃ……」
「あー、そうですか……まぁ、大変だと思いますが、宿だか家だかには帰った方がいいですよ」
「チクショー!いつか、範囲攻撃魔法を覚えて見返してやるからなー!」
……目は覚めたようだし、最低限の礼はこれでいいだろう。しかしパーティということはやはりこの街を闊歩している連中は僕の見立て通り冒険者なのだろう。
パーティから追放されたうんぬんの事情はわからないけど、追放されてやけ酒を飲むという事は……パーティ活動が必須な冒険が多発しているのだろうか?
そんな事を考えながら、僕は物騒なことを口走っている男性をその場に残し、路地裏を後にした。
今回は志織の計らいで町田サキの似顔絵を持っているとはいえ、いきなり方々で似顔絵を出して彼女の事を聞いて回ることは憚られた。せめてこの街の状況を把握し、しかるべきタイミングで似顔絵を使おう。そう考えた僕は……まず手持ちの資金が使用可能であるかどうかを確かめることにした。
前回のゾル=カタンも、前々回のアケトアテンも銀貨が通貨として使用されていた。さて、ここでは何が通貨として使えることやら……。そう思いながら、通りに出された露天を冷やかしていた僕は、アクセサリーを並べた店に興味を惹かれ足を止めた。
「おや、兄さん。アクセサリーに興味があるのかい?」
「ええ、まぁ。これは……もしかしてマジックアイテムですか?」
「ああそうだよ。どれも大迷宮から産出した魔法のアイテムさ。興味があったら手に取ってくれて良いよ。もちろん、防犯対策はしてあるからね?」
単なるアクセサリーの露天かと思ったら、マジックアイテムを扱う店だとは。通常、マジックアイテムの類いは高価だから露天で売られているなんて事は考えづらい。けど店主の男性はこれが「大迷宮」で産出されると言っていた。
通常、ダンジョンというのは人工物であり、一度攻略すれば魔物も宝物も自然に補充されたりはしない。例えば盗賊が住み着いた塔を一掃し、奪われた宝を奪還したら……次の盗賊団が住み着きでもしない限り塔は空っぽのままだ。
けど一部の「迷宮」はそうではない。理由は不明ながら次々と魔物が生まれ、宝物が自然に補充される……そういう不可思議な場所を僕も探索したことがある。
おそらく露天でマジックアイテムが販売されて言うということは、この街にある大迷宮とやらもそいうった無限にダンジョン資源が生成されるタイプのもの、それもかなり良質なアイテムがドロップする、冒険者にとって絶好の狩り場なのだろう。
「それで兄さん、何をお探しだい?」
「えっと……指輪を。女性に贈れるようなものはないかな。違う効果のモノを2つ考えているんだけど」
「へぇ、兄さん意外とモテるんだね?」
「ああ、その前に……余所の国から来たところだからここの通貨が良くわからないんだ。他国の銀貨や金貨で支払いはできるかい?」
「さすがに銀貨は無理だけど、金貨ならいいよ?ここのギルダ金貨と違っても問題は無いさ。なにせ大迷宮で産出する金貨だってどこの国の金か判ったもんじゃないからね」
「へぇ……じゃあ額面じゃなくて金の価値で取り引きできるんだね」
「ああ、もちろん。ウチはちゃんとロードが指定したナンサイバ市の標準比重計をつかってるから安心しておくれ」
何気ない会話からいくつかのことが判った。まずこの街の名前はナンサイバ市というらしい事。そしてロード……君主が治めているということ。つまり僕がこの世界へ出現したあの場所は王城ではなくロードの居城だったということだ。
そして大迷宮が産出するのはマジックアイテムだけでなく金貨も含まれていて、そのコインはこの街の標準通貨とは異なるもの。それを一般的に流通させるために比重計が用いられている……つまりかなり柔軟で高度な経済体制が敷かれているということ。
「それで兄さん、どんなアクセサリーがいいんだい?指輪だとこのあたりがお勧めなんだが……」
ナンサイバという城塞都市の経済事情に想いを馳せていると、店主が僕にいくつかの指輪を提示してきた。小さな札に書かれた鑑定名や効果を確認してみたけど、防御力上昇や障壁生成、果ては魔力弾を生み出すようなものまで……要するに物騒な品が目白押しだった。
いや、確かに冒険者向けならこれがお勧めなのかもしれないけど、僕が指輪を贈りたい相手は現代日本で生活しているんだ。こんな物騒なものを贈ると当人だけでなく周囲からも常識を疑われてしまう。
「こういう物騒な感じじゃなくて、もっと女性受けしそうなものはないかな?」
「おや?兄さん探宮士じゃないのかい?そんな格好してるからてっきりパーティメンバー向けかと思ったんだが」
「シーカー……って言うのは大迷宮とやらに潜る人のことかい?」
「ああ、そうだよ。けど探宮士を知らないってことはお兄さん、余所の国から来た……にしちゃ、言葉が流暢だね?」
僕はもう理解している。僕的に「冒険者」と呼んでいる職業を他の世界では冒険者とは呼ばないのだという事を。実際、かつて訪れた世界では、実体はともかくとして傭兵やらハンターやらと呼ばれていたのだから、この世界ではそれが探宮士になっても不思議はない。
いや、それよりも今は不審げな様子で僕の方を見ている店主へのケアが必要だろう。彼は意外にも情報源として役に立つし、志織と麗奈への贈り物もまだ買えていないからね。
「いや、実は――」
「おう、ちょっと失礼。ザナック、悪ぃけど買い取り頼めないか?」
「ん?バルドレイか?今こっちの兄さんと商談中なんだ。見りゃわかるだろう?」
「なに、すぐに終わるさ。ほら、こいつを買い取ってくれ」
僕が店主に言葉を返そうとしていると、横合いから鎧を身につけた中年男性が割り込んで来た。
本来であれば非礼を咎めるべきところだけど、店主――どうやらザナックという名前らしい――が僕の素性を怪訝げに思っていた件がうやむやになったので、僕的にはウェルカムだ。それにアイテムの買い取り相場を確認出来ればこの街の経済を知る助けにもなるからね。




