#5
志織を見送った後、僕はリビングへ向かいソファでくつろいでいた麗奈の隣に腰を下ろした。志織と違って麗奈は自宅でもかっちりとした服装でいることが多い。
基本的に襟のあるシャツやブラウスをきっちりと着こなしているのは……彼女が背中を晒したくないというだけでなく、王女という出自にも関係があるのかもしれない。
もっとも二人きりの時はぶかぶかな僕のTシャツだけを身につけた無防備な姿を見せてくれることもあるのだけど。
今は志織も同居しているからか、自宅でもいつも通りのきっちりとした服装を身につけている麗奈は、タブレットで何かを読んでいたようだった。けど、僕が隣に座ったことでタブレットをテーブルに置いてこちらに視線を向けてきた。
「ごめん、邪魔したかな?」
「ううん。少し調べ物してただけだから。どうかしたの?」
「いや、特に用事があるわけじゃないけど……なんとなく麗奈の側にいたくてね」
「いいけど、シオリに『依存してる』って言われるよ?」
「かまわないさ、別に」
まぁこれは精神的な依存というよりも恋人同士のスキンシップだ。それを依存と言われたらたまらないからね。麗奈も別に本気で依存がどうとか思っていたわけではないようで、僕の言葉を聞くとすぐ僕に身体を寄せ、頭を肩にもたせかけてきた。
こうやって何も言わずに隣り合って互いの存在を感じているだけでも僕は幸せだ。けど……町田サキにはこういう相手もいなかったのだろうか。ふと、そんな事を思う。
「悠斗」
「……ん?」
「他の人のことを考えるのは、駄目」
「なんでもお見通しだね、麗奈は」
そんな事を言っていると、麗奈がふと何かを思い出したように一度手放したタブレットに手を伸ばした。少し操作して、僕に画面を見せてくる。そこに映し出されているのは……オフロード仕様のバイクだ。
「悠斗が言ってたバイク。これを手配した」
「ありがとう。なになに……国産メーカーの250ccオフロード車、通称『カモシカ』か」
「タンク満タンだと300Kmは走ると思う。悠斗はストレージにガソリン入れられるから、航続距離は関係ないけど」
「まぁ、異世界での給油作業はなるべく避けたいけどね。基本は転移前に満タンにして、その範囲内で使うようにするよ」
そう、実はアケトアテンとゾル=カタンの件で僕は移動の足を自前で確保しておく必要性を痛感したんだ。ただ自動車を持ち込むのは走破性の意味でも、隠密性の意味でもあまりよろしくない。だから最善の選択肢としてそれなりにパワーがあって、オフロード走行も出来るバイクを……という事になったんだけど。
正直僕はバイクには詳しくない。なので、異世界事情に詳しい麗奈に、条件に合いそうな車種を探して貰っていたんだ。
「明日には総合学部に届くと思う。持って行く?」
「いや、僕は原付バイクしか乗ったことがないからね。いきなり大きなバイクを持って行っても乗れないよ」
「じゃあ今回はパス?」
麗奈はそういって小首をかしげるけど、その言葉は僕が町田サキを狩るミッションを受諾するということが前提になっているように思えた。
「……僕が今回の任務を引き受けることに反対しないんだ?」
「うん。……私は、ユートのすることを否定するつもりはない。依存じゃなくて、信じてるから」
「そうか……。うん、実はさっき志織にも諭されてね」
「シオリは、良い子」
「ああ、知ってるよ」
「……ちょ、その良い子をのけ者にして、なに良い感じになってるんですか!」
僕達がそんな事を言っていると、バスタオルを身体に巻き付けただけという、あられもない格好の志織がリビングに飛び込んできた。
「シオリ、髪がまだ濡れてる」
「いや、髪の前に格好!」
「それより前に、志織にも愛を!さぁユートさん、私とも良い感じになりましょうよ!」
「髪を乾かして、寝間着を着たら、ね」
その後、髪を乾かすのを手伝って欲しいと言って志織が麗奈を脱衣所へ連れ去った。たぶん髪のことは口実で、僕達を2人にさせないという作戦なんだろう。そんな事を考えながら、僕は麗奈が置いて行ったタブレットの画面を見やる。
250ccというとそれなりのサイズだから、路面の状況にもよるけど2人乗りも可能なサイズだろう。僕が異世界で移動する場合、同行者がいる可能性は高い。となると現地の案内人や帰還する転移者を連れて2人乗りする機会は多いはず。……なら、バイクを手に入れたら、まずは2人乗りの練習をしておいた方がいいかもしれない。
「あれ、ユートさんバイク乗るんですか?」
「また未経験者だけど、異世界ツーリング用にと思ってね。前回のゾル=カタンや志織との馬車旅は移動時間が掛かりすぎたから」
「うわぁ、なんかその言い方トゲがありません?私との1ヶ月の馬車旅は苦痛だったってことですか?」
「……そんなことは、ないよ?」
「なんでそこで言いよどむんですか!」
……いや、色々とあったからね。1ヶ月の間、主に志織の無茶ぶりに起因する諸々が。たぶん志織も自覚があるからそう言ってるんだろうし。
けど僕達の会話を聞いていた麗奈が、珍しく不機嫌そうな顔で呟いた。
「私だってユートと旅をした。1年も。徒歩も、馬車も、馬で2人乗りもした」
「ああ、そういえば僕がまだ馬に乗れなかったとき、レーナに助けて貰ったんだよなぁ」
「うん。だから私が第一夫人」
「えっと……アピールポイントが良くわからないけど」
「ぬぅ……なら、バイクの後部座席はまず私が!」
「いや、どうしてそこで志織が対抗意識を燃やすのかもわからないんんだけど」
「「2人乗りは大事」なんです!」
声を揃えてそんな事を言ってくる2人に苦笑しながら、もうすぐ夏休みだし練習がてら2人を乗せて交互にツーリングへ行くのも良いかもしれないと思った。まぁ大学の方はともかくとして、勇者狩りの任務に盆暮れ正月はないそうだけどね。
結局、翌日早々に僕は榊会長に連絡を入れ、町田サキを狩る任務を引き受けることを伝えた。麗奈も志織も僕の決定を尊重してくれて、麗奈はマナ補充を、志織は回復ポーション――今回は材料不足で1本だけらしい――と、新しいアイテムを手渡してきた。
「えっと、これは?」
「見て判りませんか?……あ、見た目変わってますからわかりませんよね。フラグです」
「……えっと、志織から離れた瞬間に爆発したりしないよね?」
そう、志織が手渡してきた掌に乗る大きさの立方体は、志織特製の爆発物、フラグだったんだ。僕が以前使ったフラグは志織から一定距離離れると爆発する仕様になっていたけど、今回僕は単独で異世界へ赴く訳だから、ストレージから取り出した瞬間に爆発とかは勘弁して貰いたい。
「失敬な、ちゃんとその辺は新しくしてます!ここを押して、投げたら5秒で爆発です!」
「随分とシンプルな運用だけど……いや、フラググレネードってそういうものか」
「そうですよ!……知りませんけど」
女子高生が軍用兵器に詳しい方がおかしい事は判ってるけど、その程度の理解でフラググレネードに相当する錬金アイテムを作れるというのもどうかと思う。
けどこれは精霊銃同様、万が一の時の切り札になるうるものだ。僕は志織に感謝すると、その物騒な立方体をストレージへ収納した。
「じゃあ準備も整ったみたいだし、最終確認をするわね」
「はい」
「今回の目的地は昨日話したように時流係数0.89の世界よ。八咫鏡で見えるのは室内だけど、窓から見える光景に少し違和感があると報告を受けているわ」
「違和感、ですか?」
「ええ。室内の装飾や調度品は中世程度の文明レベルだそうだけど、妙に夜が明るいそうよ。月が複数存在するのか、何か他に光源があるのかは不明だけど……」
「むしろ室内の文明レベルがフェイクで、科学文化が発達した世界という可能性もありそうですか?」
「可能性としては……そうね、十分有り得るかもしれないわ。幸い、今現地は夜のようだから、人目に付かずに転移できそうではあるけど」
「不幸中の幸い、ですかね」
僕の言葉に榊会長は頷いた。しかし文明レベルが読めない世界、か。総合学部のこれまでの観測結果では、ほぼ全ての異世界は現実世界よりも科学的に劣った文明であることが判明している。
その理由についてある分析官は「召喚」という行為そのものが科学文明と親和性が低いと説明していたっけ。確かに僕達の世界も異世界人を召喚することが出来ないし、僕達と同じように奪われっぱなしになっている世界が他にあってもおかしくはないだろう。
「あ、ユートさん、もう一つ渡すモノがありました!」
「なんだい?」
「はい、これ。町田サキの手配書……じゃなくて似顔絵です」
そう言って志織が差し出してきたのは、妙にリアルなタッチで描かれた町田サキ――ただし中学生時代のものだ――の似顔絵だった。
「これって、写真を加工して作ったもの?」
「はい。画像生成AIを使って写真を手書き風に変換したモノを印刷しておきました!」
「印刷するなら写真そのものでも良かったんじゃない?」
「リアルすぎると魂吸われてそう、とか言われないですか?」
志織の言う事は良くわからないけど、相手の文化レベルが判らない以上は写真より似顔絵のほうがまだ相手に警戒はされない、か。
……いや、しかしどうしてこれまで似顔絵なり写真なりを持って行かなかったんだろう。僕がそんな疑問を口にすると、榊会長が少し呆れた様子で言った。
「それは如月君だから異世界へ持ち込めるのよ?他の狩人にターゲットの写真を渡しても、御門の間へ置き忘れていくことになるわ」
「ああ、そうでしたっけ……」
それもそうだ。僕のチートスキルであるストレージが特別製なだけで、他の狩人が持つアイテムボックスでは世界を終えて品物を持ち運ぶことが出来ない。なら、懐へ入れていたとしても、御門をくぐった時点でここへ写真ははらりと落ちる……ということなんだろう。
「……でも志織?もしかして似顔絵を持ち込めるって事は、僕に探索難易度の高いミッションが割り当てられるって事にならない?」
「まぁ、ユートさんならなんとかなりますよ!」
「シオリがアイテムを用意する度に悠斗のミッションは難しくなる」
「ええっ、それじゃまるで私が疫病神みたいじゃないですか!」
麗奈はそう言うけど、結局は誰かが案件を処理しないといけないのなら、探知の水晶なり似顔絵なり、なんならオフロードバイクでも持ち込める僕が担当した方が総合学部としては効率的だということになるだろう。
「……御門、安定したわ」
「わかりました。じゃあ、出発します」
「悠斗、気を付けて」
「如月君、ご武運を」
「ユートさん、お土産まってますからね!」
「ああ、判ったよ」
いつもように大切な人達に見送られ、僕は4度目となる女神への反逆へと向かう。




