#4
僕は町田サキのパーソナルデータを見やりながら、異世界ゾル=カタンで出会ったフリーダの事を思いだしていた、彼女もおそらくサキと同年代で、同じように社会から見放され、底辺の生活を余儀なくされていた女性だ。
けど、それでも……フリーダにはドラゴンレイジという組織に参加していた過去があったし、屑の小悪党だったとはいえ、一時は愛し合ったハインリヒという相手がいた。それにそもそもフリーダは――背中の火傷を含めて――美しい女性だった。
けど、サキは……そんなフリーダすら持っていた仲間も、愛情も、人から求められる容姿も……つまり人間関係というものを全くと言って良いほど持ち合わせていない。
町田サキの写真が中学時代のままで更新されていないのは、彼女の写真を撮る者すらいなかったということなのだろうから。
おそらくサキは日々生き残ることだけを目的に行動し、その結果として「当たり前の社会」から外れて行ってしまった存在だ。僕はそんな彼女に、現代日本へ戻れと説得する言葉を持ちうるのだろうか……。
その後、僕はサキが転移した異世界が時流係数0.89だと言う説明を受けた。それはすなわち、転移先の世界は現実世界よりも時間の流れが1割近く遅いということだ。その事を説明したあと、榊会長は言った。
「今回はあちらの時間の方がゆっくりと進むし、既に召喚から少なく見積もっても10ヶ月以上経過しているわ。1日2日出立が遅れたとしても影響は測定誤差の範疇よ」
「つまり、よく考えてから引き受けるかどうか決めろ、ということですね?」
「ええ。弓月さん、高坂さんとも相談して頂戴」
「……わかりました」
つまるところ榊会長もまた、この町田サキという人物は帰還を選ばないと考えているのだろう。そして僕が彼女を殺すことになる可能性が高いことに配慮してくれている。
……でも、僕は自分の好悪の情で勇者を狩る訳ではない。
それが必要なら、私情は封印して処分する。なぜなら僕達狩人がすべきことは正義の行いなんかではなく、贖罪のために罪を重ねる、女神への反逆なのだから。
その夜、自宅へ帰り、独りベッドで町田サキのことを考えていた僕の元へ志織がやってきた。押しかけてきた当初はやたらとセーラー服姿で家の中をうろうろしていた志織だけど、先日の三角関係成立以降は普段着を着ていることが多い。
今もゆったりとしたオフショルダーのカットソーと七分丈のスキニージーンズという、ラフだけど背の高い美人系の志織にはよく似合った服装をしている。もしかするとあのセーラー服は志織なりの――そしてトートの入れ知恵による――アピールだったのかも知れない。そんな事をふと思う。
志織は黙って僕の横に寝転ぶと、頬を寄せてきた。
僕と志織はまだそういった仲ではないけど、この所少しずつ志織がスキンシップを進めてきているようにも思える。
「……志織?」
「レーナさんから話、聞きました」
「……うん」
「任務、受けるんですか?」
「僕が好悪の情で決める話じゃないからね。他に適任者がいなければ、僕が行くだけさ」
僕がそう答えると、志織は長いため息をついた。シリアスな場面で僕が何か言う度に志織がため息をついている気がするのは気のせいだろうか?
「ユートさん、1つ教えてください」
「なんだい?」
「……私の事も、最初から殺そうと思って任務を受けたんですか?」
唐突な言葉に、思わず志織の顔をまじまじと見つめてしまう。鑑定眼を発動していないにも関わらず、僕の心を見透かすような志織の視線に一瞬口ごもりながらも……僕は言葉を紡ぐ。
「そんな事は、なかったさ」
「私のデータを見て、どう思いました?」
「……不幸な目に遭った、可哀相な子。あと……凄く綺麗な子だと思った」
「……馬鹿」
いつもやり込められてばかりなので、ついそんな余計な事を言ってしまう。けど、先ほどの問いで志織が何を言いたいのか、僕は理解した。
「最初から諦めずに……最後まで連れ戻す努力をすれば良いって事だね?」
「はい。ユートさんなら出来ると信じてます。だってユートさんは……魔眼が見せた私の死すら変えてくれたんですから」
「あれは僕だけじゃなくて、志織自信が選んだ未来だったじゃないか」
「……まぁ、そうですけど。……あっ、でもユートさん?」
「なんだい?」
「サキさんをここへ連れ込むのは無しですよ?三角関係はいいですけど、四角関係になったら間違いなく崩壊しますから」
「確かに、幾何学的にも脆くなりそうだね」
冗談めかしてそういう志織にそっと口づけをし、僕は彼女に感謝した。そうか、最初から駄目だと諦めずに……町田サキを連れ戻す努力をすればいいんだ。
そんな簡単な事に気づけなかった自分を情けなく思い、そして気付きを与えてくれた志織に……僕は感謝した。
しばらく後、志織は風呂に入ると言ってベッドから起き上がった。当然の様に一緒に入ろうと誘ってくるけど、僕はその誘いを丁重に辞退した。
冗談だったのか、残念そうな素振りも見せない志織はそのまま納戸から出て行くのかと思ったけど、何かを思い出したように振り返って言った。
「そうそう、忘れてました」
「なにを?」
「魔力銃の事です。トートに手伝って貰って壊れてるヤツを分解してみたんですけど、レーナさん用の改修は出来そうでしたよ」
「へぇ……どうするんだい?」
「実はあの銃、レシーバー……ですっけ?銃のメインの部分にマナを溜める魔力回路があるみたいで。そこの容量が実際に射出できるるエネルギー量よりも大きすぎるのが焼け切れの原因だったんです」
「なるほど。ということはレシーバーを小型にすればいいってこと?」
「はい。あと、コッキングでしたっけ?チャージする動作も小さめにした方が余剰魔力が流れ込まなくて安全らしいです」
「ってことは……ボルトアクションライフルじゃなくなるって事か」
「うーん、私、銃のことは良くわからないんですけど……。まぁ全体的にコンパクトになることは間違いないと思います」
それは二重の意味で朗報だ。麗奈が魔力銃を暴発させる危険が無くなることはもちろん、実はあれ……小柄な麗奈が持つには少し大きすぎたんだ。
現状のサイズだと自宅に置いておいて、何かあったときに持ち出すような使い方しか出来ないけど、それじゃ麗奈の自衛用には使えない。なら小型化は願ってもない改造ということだ。
「それからですね」
「まだ何かあるの?」
「実はレシーバー部分を分解していたときにトートが言ってたんですが、マナの蓄積場所を他のものに置き換えたら私でも使えるんじゃないか、って」
「他って……何に置き換えるんだい?精霊銃みたいな何か?」
「理屈はそうですけど、マナを結晶化したものがあれば、それを弾丸代わりにして魔力の弾が撃てるそうです」
志織はそう口にはしたけど、その表情は少し自信なさげだ。なにせもし「マナを結晶化」出来るのであれば……と言ったそれは、麗奈の命を削らないと生成出来ないマナポーションと同等の代物なのだから。
つまり僕がどこかの世界で「天然マナ結晶」のような、見たことも聞いたこともないようなものを見つけてこないといけない……つまり絵空事ってことだ。
「なるほど。じゃあ、もしどこかでマナ結晶を見つけられたら、お土産に持って帰るよ」
「はい、よろしくお願いします。……あ、でも優先希望は指輪型マジックアイテムですからね?」
「ああ、判ってるよ。左手の小指にはめられるヤツだろ?」
「ちがいます!ピンキーリングじゃなくて、マリッジリングです!」
……思わずエンゲージリングだろう、とつっこみ掛けた僕は危うく口を閉ざした。もしそんな事を口にしたら、志織に贈る指輪は自動的に婚約指輪ということになってしまう。僕の狼狽に気付いたのか、志織は軽やかに笑うと手を振って納戸を出て行った。
……いや、それにしても僕は志織にやり込められてばかりだ。そう考えた僕はあることに気付き苦笑した。
そうだ、彼女は錬金術師であると同時に……小悪魔な悪魔使いでもあったんだっけ。




