#3
「それで如月君?これはどうやって使用するのかしら」
「ええとですね……魔力銃の方はボルトをコッキングすると魔力が充填されて、引き金を引くと発射されます。精霊銃の方は引き金を引いている長さに応じて放出するエネルギー量の調整ができるようです」
魔力銃の仕様は実際に使ったことがあるからそれで間違いないと思う。問題は精霊銃の方で、こちらは手持ちの情報があまりにも少なかったから志織の鑑定眼を使って仕様を確認して貰ったんだ。
で、その過程で精霊銃のチャージ方法も明らかになった。この銃は自然界からエレメントと呼ばれるエネルギー-おそらくはその世界のリソースだろうー-を吸収、蓄積することが出来る。つまり異空間に存在すると考えられているストレージ内ではエレメントを充填出来ないけど、それ以外なら持ち歩いているだけで自然にチャージできるということだ。
蓄積、放出できる属性については「エネルギー残量が空の際、最初に取り込んだエレメント」に固定されるらしい。なので水のエレメントを取り込んだ状態で半端にエネルギーを残すと、大気中ではエネルギーがほぼ溜まらない……ということになる。そういう仕様だから、基本的に僕がこれを使う時は充填しやすい「風」のエレメントを使うことになるだろう。
「じゃあさっそく試射を……といっても私も如月君も、高坂さんも魔力銃は使えないのよね?」
「僕は麗奈にマナを補充して貰えれば使えますが……確かに素で使えるのは麗奈だけですね」
「悠斗、褒めて」
「ああ、麗奈は凄いよ、可愛いし」
「……ユートさん?どさくさに紛れていちゃつくのは禁止です!」
そんな事を言いながら、僕が一度使用し、動作確認ができている個体を手にした麗奈の試射を見守ることになった。
……が。
「ユート、何も起こらない」
「あれ?最後までコッキングした?」
「した。3回ぐらいした」
「まさか麗奈のマナで動かない?でも僕が使ったときはちゃんと……いや、想像以上の出力だったんだけど」
僕がそう言うと、榊会長と志織が顔を見合わせた。そして志織が麗奈の元へ歩いて行き……彼女の義眼が朱い光を宿す。あれは鑑定眼を発動させている……?
「……ユートさん、これ壊れてますよ。ステータス『焼け切れ』になってます」
「……え?」
「他の2つは……うん、こっちは正常になってますね」
「と言う事は……僕が使ったせいで魔導回路が焼け切れたってこと?」
「無茶な出力が出たんですよね?ならそうじゃないかと」
「……悠斗、私が使ったらどうなる?」
「そりゃ……僕より麗奈の方がマナ総量が多いから、焼け切れるか、暴発するか……」
僕の言葉に志織がさっと魔力銃を持った麗奈から離れる。いやいや、麗奈が今手にしているものは故障中だから。
「……えっと、如月君?どうやら試射すると壊れるようだから、一旦中止ということにした方が良いんじゃないかしら」
「……そうですね」
「高坂さん、もし可能なら壊れたものを解析して、リミッターを組みこむことが出来ないか試してくれない?」
「はい、判りました。トートにも聞いてみます!」
残念ながら、僕が持ち帰った魔力銃はそのままでは使えないらしい。けど錬金術師である志織と、知識を司る魔神であるトートなら麗奈が身を守れような使いやすいものに改造してくれるに違いない。僕はそう、信じることにした。
「ところで弓月さんと如月君が揃ってるなら、少し『案件』の話もしたいのだけど」
「夢那センパイ、ユートはまだ戻ってきてから10日しか経ってない」
「まぁ、前もそうだったし、今さらだよ、麗奈」
「貴方にばかり負担を掛けるのは申し訳なく思うのだけど……」
「じゃあ、私は工房で魔力銃見てますから、任務頑張ってくださいね!」
「いや、まだ引き受けると決まった訳じゃないけど……わかったよ、志織」
そう言うと志織はアイテムボックに3丁の魔力銃全てを収納すると、本部にある彼女の工房ーー正式名称は工作室だーーへと引き上げていった。随分とやる気になっているところを見ると、上手くいけば自分でも使えるように……とでも考えているんだろう。
「それで、夢那センパイ。『案件』って……『ドブネズミ』の件?」
「ええ、そうよ。でもその呼び方は……」
「ごめんなさい。あまりにも強烈だから、名前じゃなくてそっちで覚えてた」
ドブネズミ……と呼ばれている人物?俄には想像できないけど、一体どんな相手が今回僕の狩る相手になるんだろう……?
作戦室へ移動した僕達に開示された「獲物」の情報は僕の予想を遙かに超えたものだった。
「氏名は町田サキ、年齢は……え?27歳?」
表示された情報に思わず僕は疑問の声を上げてしまう。なぜなら町田サキという女性の情報に添付されていた写真は、どうみても制服姿の中学生か高校生にしか見えなかったからだ。
「現在の写真が入手できなかったから、資料の顔写真は中学校の卒業写真になっているそうよ」
「そうなんですね」
榊会長の説明に納得しながら、僕は改めて町田サキという人物の容姿を確認する。正直、あまり整った顔立ちではない。いや、僕の回りには麗奈や志織、そして榊会長のような美女、美少女が揃っているから僕の審美眼はおかしいと太郎によく言われているけど……そういったフィルタを除外しても、三白眼で卑屈な笑みを浮かべた町田サキの容姿には違和感を感じた。
「どことなく小動物的な印象がありますね」
「……そうね。分析官が表した言葉を借りるなら『イタチ顔』だそうだけど」
「イタチ、ですか?じゃあネズミじゃないんですね」
「悠斗、ネズミ顔は小顔美人の別称。イタチ顔は三下顔」
麗奈の評価はとても厳しいものだけど、町田サキという人物の造作は確かに三下と称されても納得がいくものだったのは事実だ。
「それで、この人物は……死亡判定がないということは召喚ですよね?いつ頃召喚されたのですか?」
「詳しい事は判らないのだけど、概ね1年から1年半前だと考えられているわ」
「え……?そんなに……?」
失踪者が案件と特定されるまでの期間はケースによって差があるとはいえ、概ね1週間から10日で特定可能だと聞いている。僕が最初に担当した斎藤君のような特殊ケースでも1ヶ月半だったのに……この町田サキは1年以上も失踪が問題視されなかった……?
「事情を説明する前に彼女のバックボーンを話した方が理解しやすいと思うわ。まず彼女の職業なのだけど……有り体に言うと、街娼ね」
「がいしょう……?百貨店の部署ですか?」
「それは外商部ね。彼女、町田サキは……そうね、パパ活とか、援助交際とか、そういう名目で売春行為を行っていた人物なの」
榊会長の言葉に、僕は改めて写真に写った少女に目をやった。この卑屈そうな笑みを浮かべた少女は、何故そんな人生を歩むことになったのだろうと思いながら。
その後、榊会長が説明してくれた所によると彼女、町田サキはは貧しい家庭の出身で中学卒業後に両親が別々に夜逃げ。結果として独り取り残されてしまったらしい。アルバイトやパートで生計を立てようとした形跡はあったそうだけど、残念ながら彼女は勉強の出来る方ではなく……利口に立ち回ることが出来なかったそうだ。
そしてそんな町田サキが生きるために選択できた「仕事」は自分の身体を売ることだけだった、と榊会長は言った。
「異世界の話ならまだ判りますけど、現代日本でそんな事があるんですか……?」
「如月君。残念だけど……これは日本でもそれなりの人数が直面している事態よ。国連の関連組織が日本では女性の人身売買が行われていることを警告しているぐらいだから」
「……」
確かに、そんな話はニュースでも聞いたことがあった。けど僕はそれをどこか人ごとのように捉えていたのは事実だ。けど、その遠い世界の出来事が、町田サキという個人を通じて僕の目の前に突きつけられることになった。
……そして僕は、この女性を殺さないといけないかもしれない……。
「……それで、彼女1年前に失踪したという件は?」
「彼女……大阪市南部の繁華街、いわゆるミナミにアパートを借りて生活していたらしいのだけど、住居の家賃支払いだ滞ったことで強制的な明け渡し処分になったそうよ。そして、退去処理を行う際に不自然に家財道具が残されていた状況から、事件性が疑われたの」
「家賃滞納……?」
「ええ。通常なら3ヶ月も滞納すれば退去処分になるけど、彼女が申告していた保証人は存在しない人物だったし、本人にも連絡も付かなかったから家主も対応に苦慮したようね。だけど結果的に公示送達手続きや裁判を経て……1年以上の時間が掛かって退去手続きが行われることになったそうよ」
「では失踪のタイミングは……」
「ええ、家賃引き落としが出来なくなったのが1年前。もし口座に残高が残っていたのだとしたら、それよりも前に失踪していた可能性があるわ」
「完全に、身寄りが無いんですね。でも交友関係とかは……?その、言い方は悪いですけど、パパ活仲間とか……」
僕は町田サキの顔写真を視界に捉えながらそう口にしたけど、彼女の実年齢は27歳だ。となると「パパ活」と言うには少々厳しいようにも思えるが……どう表現したものか判らなかったんだ。
「彼女、人付き合いが悪かったらしくて、友人と呼べるような人はいなかったようよ。同じエリアで仕事をしていた同業者はいたのだけど、失踪ではなく場所を変えたと思われていたみたい」
「そうなんですね……」
「それに周囲からの評判もあまり良くなかったそうよ。お金にうるさいとか、他の女性の客を横取りしようとするとか。……そういう人物だったから、誰も顔どころか名前もまともに覚えて無くて、ただ『ドブネズミ』と呼ばれていた……と報告書にはあるわ」
「悠斗。この件は女性の狩人に任せるべき。悠斗には無理だと思う」
「……麗奈、僕は……相手の性別で判断を誤るほど、温い覚悟はしていないつもりだよ」
「……ごめんなさい」
「いや、いいよ。僕を気遣ってくれているんだから」
麗奈の言葉にそう言ったものの、実際にこの町田サキという人物と対面した時に。そして現代日本で何者にもなれず、何も持っていない……つまり現実世界に何の未練も残っていなさそうな彼女が、帰還を拒んだときに。
僕は本当に彼女を殺せるのだろうか……。




