#27
「えっと……ユートさん?その話、レーナさんにもしたんですよね?」
「ああ、もちろんだよ」
「怒ったり泣いたりしませんでしたか?」
「麗奈は感情が抑制されてるから……。でも、平常心じゃなかったとは思う」
「はぁ……」
僕の言葉に志織はわざとらしく大きくため息をついた。どうやら僕の行いは彼女を失望させたのかもしれない。それも当然だろう。
「ユートさん、男の甲斐性として、傷ついた女性を慰めるのはまぁ百歩譲ってありだとしますよ?でも、そのことを馬鹿正直に本妻に話すのはどうかと思いますけど」
「黙ってる方が不誠実じゃないか」
「優しい嘘っていう台詞、知ってます?そもそもユートさんが話さなければレーナさんも、私も、フリーダさんっていう人のことを知りようが無かったんですから」
志織が言うことは事実だろう。僕がゾル=カタンへ向かったのは須藤の転生体に対処する任務であり、僕が総合学部に報告するのは須藤との顛末だけだ。つまりフリーダの事は報告書に記載する必要もない――いや、記載すべきではないことなのは間違いない。
けど、僕は麗奈にも、志織にも、フリーダの事を話さずにはいられなかった。それは……もしかしたら、僕が無意識のうちに彼女達に許されたいと思って行った身勝手な贖罪だったということなのだろうか……?
「だいたい、お二人ともお互いに依存しすぎなんですよ」
「依存?僕と麗奈が?……まぁ、確かに僕は麗奈からマナを補給して貰わないと勇者狩りの任務も果たせないけど……」
「そういうことじゃないです!」
僕が思い当たる「依存」を志織は強く否定し、僕を睨み付けながら続けた。
「ユートさんは異世界を救った勇者。レーナさんはそこのお姫様で、世界を越えてお二人は結ばれた。それはハッピーエンドの物語ですけど……お二人の人生ってそこで終わりじゃないでしょ?」
「まぁ、そうだね」
僕は志織の言葉に頷く。これが物語なのであれば、勇者と姫は幸せに暮らしました、で全ては丸く収まるのかもしれない。けど、現実はそうではない。
「ユートさんは異世界を救った事をご自身の罪だと思ってますよね?」
「リソースを使って現実世界を消耗させたのは事実だからね。勇者狩りは僕のなすべき事だ」
「でも、ユートさんにとって『勇者狩り』は精神的な負担になってるでしょ?今回みたいな屑なら殺しても気にならないと思いますけど、斎藤サンでしたっけ?その人を殺した時、しばらく酷い顔をしていたってレーナさんに聞きましたよ?」
自分自身では斎藤君を手に掛けたことを割り切っていたつもりではあったけど、確かにあの時麗奈はずっと僕の事を心配していた。つまり……自覚していないだけで僕は随分と精神を病んでいたのだろうか?
「で、問題はその先の話です。ユートさん、自分の罪悪感をレーナさんに赦してもらおうとしませんでしたか?」
「……確かに、それはあるかもしれない」
「それが依存じゃなくて何なんですか。レーナさんだってそうです。自分の世界を捨ててユートさんを追ってきてるんですから、ユートさんを全肯定する以外の選択肢なんて、最初から無いんですよ?」
志織の言葉は青天の霹靂だった。僕はレーナが……麗奈として僕を追ってきてくれたことを嬉しく思ったし、彼女が支払った代償を申し訳無く思っていた。けど、僕達の関係性は現在進行形で麗奈の行動を、想いを縛っていると志織は言っている。
そして……今回帰還してからの出来事を思い返すまでもなく、その指摘は当たっていた。
「罪悪感を背負ったユートさんはレーナさんに縋り、レーナさんはユートさんを否定できない。強い絆で結ばれたお二人の関係が壊れることは無いと思いますけど、このままだと壊れないが故に二人とも駄目になっちゃうんじゃないですか?」
僕は――何も言い返せなかった。僕と麗奈は愛し合っている。その言葉だけで、僕は自分達の関係を誤魔化していたのだと言う事実を突きつけられて。
志織の持つ義眼は真実を見抜く鑑定眼の力がある。
けど、これは……鑑定によるものではなく、第三者から見た僕と麗奈の関係性の問題ということなのだろう。しばらく僕を見つめたあと、志織はため息をついてから言った。
「私、お二人の間に割って入る気なんてこれっぽちもありません。というか割っては入れるとも思いませんし」
「えっと……?」
「ユートさん。一番安定した図形は三角形だって知ってますか?」
「え?……ああ、そうだろうけど」
「だからですね、きっと人間関係だって三角関係が一番落ち着くんですよ。私は、そう思います」
幾何学的なトラス構造の安定性と人間関係は違う。頭ではそう思いながらも、僕は志織の言葉に反論が出来なかった。そんな僕を余所に、志織は言葉を続ける。
「だから、私。これからはもっと積極的にお二人に……ユートさんに関わります。だって二人だけだとどこへ堕ちてゆくか判りませんから。私、ユートさんの事も、レーナさんの事も大好きですから」
「それは……どういうこと?」
「私はユートさんを甘やかしません。今みたいに、耳の痛いことだって言います。例え、嫌われるとしてもずっと側にいて離れません」
そう言うと、志織は僕に抱きついてきた。
「志織……?」
「これは私の我がままですから、今は4:6で勘弁してあげます」
「それで、いいのかい?」
「本当は……私だってユートさんに無条件に愛されたいです。100%の好意を向けて欲しいです。けど私が好きになったユートさんは、レーナさんが傍らにいるユートさんだから。あ……でも、いつかは絶対、5:5まで持って行きますからね?」
僕は、志織のこの言葉と好意にどう応えたらいいのだろう。それ以前に、僕に志織の想いに応える資格があるんだろうか?
志織に抱きつかれたままそんな事を考えていると、僕の胸に顔をうずめながら志織が言った。
「忘れたんですか?ユートさんは私が夢から覚めることを止めたんですよ?私が願っていたハッピーエンドを阻止したんですから、ちゃんと責任とって下さい」
「それは……そう、だけど」
志織の言葉は、彼女が本来であれば異世界アケトアテンで死ぬ運命だったことを……そして彼女がその死を、事故死した両親の元へと還る救済だと考えていたことによるものだ。だけど僕は彼女に現実世界で生きることを強要し、結果として今、志織はここいいる。
「……わかったよ、志織」
「そこは『愛してるよ、志織』って言ってください」
「さすがに急には無理かな」
「はぁ……本当にヘタレですよね、ユートさんって。でもまぁいいです。……あ!でも折角ですし、この流れで朝チュンしましょうか?」
「いや、もう朝だし。そもそもここは納戸だから朝チュン感は皆無だよ?」
「でもユートさ……んっ」
冗談めかしてそういう志織の姿と言葉に、僕は赦しと癒やしを感じる。……志織との関係は結局、僕に新しい依存をもたらすだけにしかならないのではないかと考えながらも……僕は黙って志織に口づけした。
「悠斗、シオリにちゃんと話した?」
「ああ、話したよ。で、怒られた。僕が麗奈に依存してるって」
「……?」
シャワーを浴び終えた麗奈が戻ってきて、入れ替わりに志織はキッチンへ向かい朝食の準備をしてくれる事になった。麗奈が開口一番に志織の事を聞いてくるのは……彼女も志織の事を大切に思っているからだろうか。
けど志織に指摘された共依存関係のことは麗奈も無自覚だったらしく、僕の言葉に麗奈は少し困惑したような表情を浮かべた。
「でも私には悠斗しかいない」
「ああ。だけど二人だけだったら、志織が言うように僕達が共に駄目になるかもしれない。それは判る?」
「……うん」
「だから、僕は……もう少しだけ、志織の事を受け入れようと思う。麗奈は……いや、何でもない」
僕はまた、無意識のうちに麗奈に赦しを得ようとしていた。そうか、僕が罪悪感を感じると麗奈に縋るこの気持ちこそが依存ということなのか……。
「悠斗、大丈夫。私は最初からシオリのことを受け入れてる。私が第一夫人。シオリは第二夫人」
そう言えば最初から麗奈はそう言ってたっけ。僕の新居へ志織を招き入れたのも麗奈だったそうだし。なら……僕が志織を受け入れる件は、麗奈の赦しをえる話ではなかったということなんだろう。
「ご飯、できましたよー」
キッチンから志織の声が聞こえる。僕は麗奈と頷き会い……互いに手を取り合って、志織の元へと向かった。




