#26
御門をくぐり、僕は現実世界へ帰還した。前回、前々回と違い、麗奈の出迎えはない。それもそうか。時流係数1.4のゾル=カタンで4日以上過ごした訳だから、こちらでは最低でも3日は経過していることになる。今回は転生者を探すところから始めないと行けない任務だったし、どれだけ長期間になるか判らない以上、いくら麗奈でもここで待ち続けることは出来ないんだろう。
……そう思ったのだけど。
「……悠斗?」
「え?……麗奈?」
「お帰り、悠斗。ごめん、少し寝てた」
いつもは榊会長が操作している、御門の制御コンソールに麗奈が座っていた。少し髪が乱れているところを見ると……コンソールに突っ伏したまま眠っていたのだろうか?
壁に掲げられた時計を見ると、時刻は午前2時を少し過ぎたところだった。
「麗奈、もしかしてここでずっと待って……?」
「うん。私には待つことしか出来ないから」
「そうか……。ただいま、麗奈」
「おかえり、悠斗。無事で良かった」
そう言うと麗奈は立ち上がり、僕の元へくると……抱きついてきた。暖かく柔らかい麗奈の抱擁に、極寒のゾル=カタンで冷え切った体内が解けていくように感じる。心地よい感触に身をゆだねながら、それでも僕はこの瞬間をただ楽しむわけにはいかなかった。
……僕は、麗奈に話しておかなければならないことがある。
「麗奈、須藤礼治の件は無事に処理が完了した」
「うん。悠斗なら問題無いと信じてた」
「……でも、僕は君を裏切った」
「……どういうこと?」
僕の腕の中で、薄い表情しか浮かべられないはずの麗奈は珍しく不思議そうな顔をして……僕を見上げてくる。僕は麗奈に隠し事をする気はない。だから……。
「ごめん。向こうで、他の女性を抱いた」
「……そう」
「理由を聞かないのかい?」
「悠斗は私の事、好き?」
「ああ。愛してる。誰よりも。だから……」
「なら、それでいい」
結果的に不貞を働くことになった僕を、麗奈はあっさりと許すという。もしかして抱いたという言葉を、今まさに彼女にしている抱擁と誤解した?
いや、それはない。麗奈はとても聡明な女性だから、僕が自分以外の女性と情を交わしたことを理解した上で、それでいいと言っている。
「でも……」
「悠斗は、その人のことが好きだったの?」
「いや、そう言うわけじゃないけど」
「なら私は気にしない。けど、シオリにはちゃんと説明してあげて」
そう言えばフリーダの件は志織にも謝っておく必要があるだろう。志織は僕に常々アプローチを掛けてきているし、僕自身も志織に少なからず――妹的なものだけど――好意を抱いている。そんな彼女を差し置いて、他の女性を抱いたとなれば志織が不快に思うことは間違いないだろうから。
「わかったよ。けど今は深夜だよね?一旦、家に帰ろうか」
「うん。でも悠斗、暑くない?」
「……そう言えば、そうだね」
極寒のゾル=カタンと違い、日本はこれから夏を迎える季節だ。分厚いコートに加え、厚着した僕の姿は奇異に見えることだろう。
僕が異世界に出発したのは土曜日の昼過ぎだったけど、麗奈が言うには今は水曜日の未明にあたるらしい。結局2日も大学を休むことになってしまったので、明日はまじめに出席しないと。
家に帰り着いた僕は、眠っているであろう志織を起こさないように、とりあえず仮眠を取ろうと自室になっている納戸へと向かう。けど、そんな僕の後を麗奈が付いてきた。
「……えっと、麗奈?僕は仮眠しようと思うんだけど」
「私も悠斗と寝る」
「……ちなみに、寝るって言うのはどういう意味か、聞いて良いかな?」
「こういう意味」
そう言うと麗奈は背伸びして僕にキスをした。
そうか、どうやら僕は仮眠無しで明日の講義に出ることになるらしい。
たぶん……麗奈は口でこそ気にしていないと言ってくれたけど、それでも内心ではやはりフリーダの事を気にしているのだろう。僕の心を疑っているわけではないと思うけど、それでも……何日も僕を待ち続けた後での、僕の告白だ。麗奈が不安に思うのは仕方のないことだ。
「……あ」
「どうかした?」
「悠斗、私……お風呂入ってない」
「僕も似たようなものだから、いいんじゃない?」
「……良くないけど、わかった」
麗奈の求めに応じて、僕達は肌を重ねる。
情事のあと、いつも通り触れていた麗奈の背に刻まれた烙印の感触に、僕はフリーダが背負っていた火傷のことを思い出してしまう。
「……他の人のことを考えるのは、駄目」
「ごめん。でも、麗奈。その人のことを聞いてくれないか?その人も……君と同じように背中に傷を背負っていたんだ」
「……わかった」
フリーダの生い立ち。レイジとの関係。僕が彼女を抱くに至った経緯。そして……彼女の死。僕の背負った罪を、麗奈は黙って聞いてくれた。
そして……話し終えた頃には、朝になっていた。
「あれ?ユートさん、何時の間に帰ってきてたんですか!?っていうか朝チュンですか!?」
「おはよう、シオリ。朝チュンは第一夫人の務め」
「うわぁ、なんですかそれ!勝利宣言ですか!?」
「えっと……朝から元気だね、志織」
「ええ、志織パワー全開です!っていうか、お帰りなさい、ユートさん」
「ああ、ただいま」
納戸の扉を開き、朝からかしましく騒いでいるのは言うまでもなく志織だ。けど僕が帰っていると知らなかったという割には納戸を確認しにきているというとは……彼女も彼女なりに僕の帰還を待っていてくれたのだろうか。
「ああ、こんな展開になると判っていたらこっちで寝ていれば……いえ、昨日まではここで寝たんですけど」
「えっと、志織?」
「あ、今のは空耳ですから」
「自分で空耳っていうかな……」
「悠斗。私はシャワー浴びてくる。シオリの相手は任せた」
「ああ、判ってるよ、麗奈」
「え?相手してくれるんですか!?朝からメイクラブですか!?」
異世界で知り合った当初の志織は物静かな常識人だったはずだけど、なし崩し的に同居するようになってから随分彼女のキャラクターは代わった気がする。いや、元は良家のお嬢様だった彼女は猫を被っていて、こちらの方が本当の志織なのかもしれないけど。
いや、今はそれよりも……麗奈が託していった事だ。
「志織、話があるんだ」
「……えっと、真面目な話、ですよね?」
「ああ。異世界で起きたことについて、君にも話しておくべきだと思って」
「はい。伺います」
ベッドの上に正座し、差し向かいで僕と対面した志織は真剣な表情を浮かべる。先ほどまでの騒々しさが嘘のような姿に、僕はどちらが本当の志織なのか判らなくなりながらも……麗奈に説明したのと同じことを、志織にも説明した。




