#24
レイジを処理するにしても人目に付くところでは行いづらい。必中を期せる魔法による狙撃が不可能な以上、僕は初めて使用する精霊銃に頼らざるを得ない。
残弾も不明な以上、一撃で決めるためには至近距離まで近づく必要がある。さらに言えば既に陽が落ちたとは言えここは人通りの多い帝都の中だ。後の逃走を考えれば人目に付かない場所で処理を行った方がよい事はいうまでもないだろう。
そんな事を考えながらレイジの尾行を続ける。魔力のマーカーがあるので多少距離を取っても見失う心配が無いのは僥倖だ。遠くから観察しているうちに、レイジは周囲を見回しながら路地裏のような所へ入っていった。結構長時間歩いていたからどこかで人目に付かない場所で休憩するつもりなのかもしれない。
なら、このタイミングで接触するのがベストだろう。
「……チクショウ、なんでオレ様がこんな事に……。いや、アイツさえいなくなりゃ、また手駒を集めて出直しすりゃいいのか……」
「本当にそんな事が出来ると思ってるのかい?」
「なっ……!?て、テメェ!」
路地裏の奥に置かれた資材に腰掛け、身勝手なことを呟いていたレイジに僕は声を掛けた。尾行されていることに気付いていなかったのか、レイジは驚愕の表情で僕を見やる。僕はそんなレイジに対して、ストレージから取り出した精霊銃を向けた。
「……な、なぁ……撃たないでくれよ。そんなので撃たれたら死んじまう。頼むから、命だけは助けてくれ……オレはもう死にたくねぇんだよ!」
一度死亡した転生者、それも記憶を継承しているレイジだけあって、死に対する恐怖感は強いのかも知れない。けど、レイジが口にした台詞は、僕にとっては身勝手極まりないものにしか聞こえなかった。
「撃たれたら死ぬと判った上で、君はこれを撃ったのかい?」
「そ、それは……不幸な事故だったんだ。アンタも見ただろ?アイツが、フリーダが勝手に割り込んで来て……」
「なら言葉を変えよう。君は撃たれる覚悟もなく撃ったのかい?」
撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけ。かつてどこかで聞いた台詞が脳裏に浮かぶ。けど精霊銃の銃口を突きつけられたレイジには、そんな覚悟があったようには到底思えない。
「な……なら、アンタはどうなんだ!アンタだって、オレに撃たれる覚悟を……いや、そんなことはどうでもいい!なぁ、助けてくれ、取り引きしようぜ!」
「……取り引き?」
「あ、ああ!アンタが言ってた新宿へ返してくれるって話、アレだ!もう力は使わなねぇ。だから……な?アンタ、オレを新宿へ連れ戻したいんだろ?」
妙案を思いついたと言わんばかりの表情でレイジはそう言う。僕はそんな彼の姿を見やりながら、コートの内ポケットから水晶柱を取り出した。薄く輝きを放つ水晶を醒めた目で見ながら、僕は彼に向かって「最後の問い」を発する。
「……なら今ここで、二度とチート能力を使わないと誓えるか?」
「ああ、誓う、いくらでも誓って――」
レイジの言葉にあわせて、僕の手の中の探知の水晶が強い輝きを放つ。それを見届けた僕は躊躇せず精霊銃の引き金を引いた。
乾いた音が路地裏に一度だけ響き、レイジの言葉を断ち切った。それもそうだろう。人間は頭を失えば、詭弁を弄することが出来なくなるものだから。
「残念だけど、総合学部は『信用』できない者を受け入れたりはしない」
もちろん、既に頭部を砕かれた死体となったレイジにその言葉は届かない。
彼は……チート能力を使わないと口にしているその瞬間にすら、僕に対して「支配」の力を使っていたんだ。そんな人間の帰還が認められるはずがない。
……それが、それだけが……僕が彼を処刑した理由なんだ。
精霊銃と探知の水晶をストレージへ戻した僕は、雲に覆われ星の見えない夜空を見上げる。
任務は終わったけど、現実世界へ帰還するには転移してきたポイントまで戻る必要があるし、今日はあまりにも色々なことがありすぎた。なら……今夜は帝都で宿でも取り、明日の早朝に辺境の街へと向かうようにしよう。
そんな事を考えながら、路地裏を出ようとした僕の前に数人の男達が立ち塞がった。揃いの制服。そして手には魔法銃。先頭にいる見覚えのある2人は……確か最前、レイジが助けを求めていた衛兵達だろうか?
気が変わってレイジを捕縛しに来たのだろうか。
疲れた頭でそんな事をふと思う。けど、彼等の発した言葉は僕の想像とはずいぶん異なるものだった。
「おい、お前……あの屑……いや『勇者様』を殺したな?」
「勇者?それは金髪の女性では?」
「それはベイステアの雌犬だ。我が帝国が飼っていた犬の名はハインリヒ……つまり、お前が殺したあの屑さ」
「……もしそうだとして、僕に何か関係が?」
「ああ、関係はあるぞ。龍を殺せると言うお前には、新しい飼い犬になって貰う必要があるからな。おっと、抵抗するなよ?皇帝陛下からは生きてさえすれば良いと勅命が出ているからな。手足を無くしたくなかったら、大人しくしろよ?」
……どうやら帝国がレイジを飼い殺しにしてリソースを利用していたという僕の想像は正解だったようだ。しかし……皇帝は僕がレイジを殺し、リソースの流入を防ごうとしていることまで察知していたのだろうか?
いや、もし皇帝が女神システムの全貌を理解していれば、リソース流出を防ぐ為に追っ手が来る可能性を考慮していてもおかしくはない。
そしてレイジの告げた「龍を殺す存在」――つまり僕の事だ――は、まさにその追っ手に相応しい存在だと彼等が判断するのも頷ける。つまり、皇帝は…扱いづらいレイジを囮に、新しいリソースの導管として僕を利用しようとしている、と言う事か。
少々面倒な事になった。すでに僕の魔力は完全に枯渇しているし、精霊銃も先ほどの一撃でチャージを使い切っているように見えた。つまり、今の僕にはこの場を切り抜けるだけの術が、ない。
もちろん緊急手段がないわけではないけど、魔力銃を突きつけられた状況で迂闊な動きをすれば間違い無く撃たれるだろう。魔力があれば逸らすなり打ち消すなりできたかもしれないけど……今の僕ではそれも不可能だ。
なら、ここで僕が取るべき行動は一つしか無い。
「……何の事か判らないけど、撃たれるのはゴメンだね。誤解を解くためにも、君達に同行するよ」
「殊勝な事だな。……おい、皇城へ連れて行け!念のため屑の死体も回収しておくのを忘れるなよ」
まさか任務の後に囚われる事になるとは。それも……単なる殺人ではなく、最も最悪な理由で。どうやら僕が現実世界へと帰還するまでには、まだ少し時間が掛かりそうだ。
「『勇者』を招待するにしては、ずいぶんと質素な部屋だね。まぁ僕は勇者じゃないけど」
「くだらないことを言ってないで、さっさと入れ」
「わかったよ。食事は出るのかい?」
「良いから黙れ」
僕が連行された先は皇城……つまり皇帝の居城に設けられた地下牢だった。どうやら皇帝は僕をレイジのような「放し飼い」にはしないつもりらしい。放り込まれた地下牢はフィクションでよく見かける独房で、壁に作り付けられた粗末なベッドが一つ。それ以外は何もない。
取り調べやそれに類することが一切無かったことは少し疑問だったけど、勇者騒動――僕ではなく「雌犬」さんの方――の最中であることを思えば、確保済みの僕よりもそちらに注力しようと考えてでもいるのだろうけ。
ただ少し問題があるとすれば、僕の拘束されている牢屋の正面に魔力銃を持った衛兵が1人陣取っていて、あまりおおっぴらに脱出を謀れないということだ。連中は僕が生きてさえいればいいらしいから、もしストレージから物品を取り出したりしたら警告無く撃たれる可能性もある。
となれば……ここは一休みして、事態の推移を見守るしかないだろう。
「この状況で眠るとか、呆れたヤツだ」
「……暴れる客人よりは扱い易くていいだろ?」
そんな事を言いながら、ベッドに横たわった僕は、目を閉じる。現実世界で待っている麗奈のためにも、僕はこんなところで飼い殺される訳にも、死ぬわけにもいかない。
そう考えていたのに……何故か脳裏に浮かんだのは麗奈ではなく、寂しげな笑みを浮かべるフリーダの顔だった。




