#23
「ば、バケモノが!」
錯乱したレイジはそう叫ぶと、僕に向かって手にしていた精霊銃を投げつけると、龍が囚われていた扉の脇にあった小さな扉へと駆け寄った。おそらくあれは、レイジのような小悪党が好む秘密の脱出口的なものなのだろう。
だが、急いで後を追うのは得策じゃない。なにせあの手の脱出口には追っ手を防ぐ為の罠が張り巡らされされているというのが定番だ。
だからもたつく手つきで扉を開き、暗がりへと駆け込もうとするレイジを、僕は黙って見送る。ただし最後に残ったほんの僅かなマナの欠片を、魔力のマーカーとしてレイジの背中に撃ち込むことは忘れずに。
「………これが精霊銃、か」
レイジが投げ捨てたそれは、現実世界のハンドガンより大ぶりで、まるでおもちゃの銃のような丸みを帯びた代物だった。照星らしき場所に埋め込まれた小さな水晶に青い光が宿っているところを見ると、これが銃に宿った精霊の力の種類や残量を示しているのだろう。
ゾル=カタンが寒冷地であることから考えれば、この青は水や氷を意味しているかも知れない。そんな事を考えながら、僕は精霊銃をストレージに収納した。
レイジを殺すにしても、何か手段は必要だ。僕は剣が下手くそだし、既に魔力銃を撃てるだけの魔力も無い。
レイジ程度の小物を処分するのに「燃血の邪法」を使う気にはなれないし、出立前に志織がくれたマナポーションも温存しておきたい。となると……選択肢は精霊銃ということになるだろう。
僕は来た道を通り、アジトの外を目指す。最悪の場合、帰路も戦闘になることを覚悟していたけど……レイジが「敗北」したことで「支配」が解けたのか、アジトの中には誰1人生きた人間は残っていなかった。
アジトの出口に近づいた頃、ふとある扉が目に入った。そこは僕達が商談を行うために通された、あの応接室だ。
僕は一瞬だけ扉を見つめた後、目を閉じると……黙ってアジトの外へと歩み去った。
レイジに撃ち込んだマーカーの反応は真っ直ぐに帝都へと向かっているようだ。移動速度がそう速くないところを見ると徒歩なのだろう。ただ彼の移動ルートは僕の現在位置からは少し離れている。直接後を追うよりも帝都へ向かって現地で処理したほうが結果的には効率的だろう。
帝都までの移動手段は獣車を使う事も考えたけど、さすがに帝国の中心地区ともなれば交通量が多いはず。となると僕の未熟な操車で事故でも起こすと余計な面倒を引き起こすかも知れない。そう考えた僕はレイジ同様、徒歩で帝都を目指す。
……そして、結果的にその判断は正解だった。なぜなら、陽が落ちかけた帝都の城門は大混乱に陥っていたからだ。
多数の獣車が城壁の前に整列し、帝都内からもまだ次々と新しい獣車が出場しようとしている……?
見たところ、獣車に乗っているのは揃いの制服――そう、タラスクの件の後に出会った銃士達と同じ服だ――であることから、僕はそれが帝国軍なのだと理解した。しかし、状況が読めない。僕がドラゴンレイジに壊滅的な打撃を与えたこと……はまだ帝国に知られていないはずだし、仮に知られたところでこんな反応を引き起こすとも思えないからだ。
ただ黙って見ていても話は進まないから、僕は徒歩で帝都に入ろうとしている人々の列に続き、城壁脇に設けられた小さな通用口を目指す。通常、この手の通用口では厳格な検問を行っているものだけど、後ろから観察している限りだとほぼフリーパスのようにも見える。いや、女性……それも金髪の人だけが呼び止められている?
あまりにも不明瞭な状況に、僕は思わず前に並んでいた人の良さそうな中年男性に話しかけていた。
「これ、どういう状況なんでしょうか?」
「さあ……ワシも良くはしらんが、何やら隣国の軍が攻めてきたとか、勇者が来たとか言う話を銃士様方がしておったぞ」
「勇者……ですか?」
「街道沿いで大型の魔物を倒したとか何とか言っておったな。不思議な事に、その直後に帝都を挟んで反対方向の砦に姿を現したなんて話もあったが」
「そう、なんですね」
僕は男性に話を聞かせて貰った礼を言い、今の情報を整理する。つまり入場チェックで金髪の女性が止められているというのは「ベイステアの勇者」……つまり僕の認識でいうところのエルフの女性を警戒しているということか。
街道での魔物退治は僕のしたことだし、偵察部隊に勇者が倒したというでまかせを吹き込んだことがこの混乱を引き起こした?
……いや、そのことは軍が攻めてきたとか、僕が通ってきた街道とは逆方向の砦に勇者が姿を現したとか言う情報とは直接的な関係がなく、誤認する要素もない。まるで僕以外にも他に勇者が……。
そう考えた僕は合点がいった。つまり、偶然にもこのタイミングで隣国の勇者が実際に帝国内へ潜入している可能性があるんだ。
偵察部隊がやけにあっさりと僕の嘘を信じたのは、既に勇者が帝国内にいるという可能性を知っていたからだと考えれば、納得も行く。そして僕のついた嘘によって勇者の現在位置が絞り込めなくなり、結果として帝国の銃士達は混乱している……ということなのだろう。
「……怪我の功名ってやつか」
「何か言ったか?」
「いえ。見ての通り手ぶらですので、申告するものはありません」
「そのようだな。通っていいぞ」
チラ見するだけという雑な検問をクリアし、僕は帝都に足を踏み入れた。
レイジにつけたマーカーの反応は僕が検問に並んでいる間に帝都内へと移動しているようだった。どうやら彼には秘密の進入ルートがあるらしい。地下道か、裏口か、それとも協力者による誘導か……。まぁ、詳細はどうでもいいだろう。
しばらく帝都内を移動していた彼の反応は、現在僕が見張っている大きな建物の中に留まっている。見たところ民家や商店の類いではない……というよりも、銃士とは少し違うデザインの服を身につけた男達が複数いるところから考えれば、おそらく衛兵詰め所のような所なのだろう。
けど、犯罪組織の頭目であるレイジが何故衛兵詰め所に?切り札を失った事で罪を悔いて自首……なんて潔いことをあの手の連中がするとは思えないけど。
そんな事を考えている間に建物の扉が開き、見覚えのあるダスターコート姿の男が、体格の良い衛士2人に両腕を抱え込まれたまま外へ連れ出されてきたのが見えた。
「だから、ホントだって言ってるだろあが!アレが勇者だ!オレのドラゴンを不思議な力で殺したんだ!早くアイツを捕まえてくれ!おい、やめろ!オレは帝国の危機を知らせに来たんだぞ!」
「お前をこの場で捕縛しないことを感謝して貰いたいものだな」
「失せろ、盗賊が」
もちろんダスターコートの男はレイジだけど、今のヤツが口にした言葉は、なんだ?
もしかしてレイジは僕の追撃から身を守るために衛兵に助けを求めていたのだろうか?
犯罪組織の頭目が、衛兵に……?
……いや、現実世界でも半グレやヤクザが追い詰められた際に弁護士や法律、挙げ句の果ては警察に縋るという話も聞いたことがある。なら……現実世界の半グレであった「須藤」の記憶を持つレイジが、衛兵に助けを求めなりふり構わず身の安全を図ろうとするのは、ありえることだろうか。
衛兵詰め所からつまみ出され、どこか怯えた様子で周囲を見回していたレイジはやがて足早にその場を立ち去った。まぁ理由や現状把握はどうでもいいだろう。僕がすべきことは「勇者狩り」の任務だけなのだから。
――僕の意識は完全にレイジに向かっていた。
だから……衛兵達が立ち去る彼の背中を見送りながら目配せをした事に、僕は気付くことができなかった。




