#22
途中、何度かドラゴンレイジの構成員と遭遇した。最初はただ僕に怪訝げな目を向けてくるだけだったから、その連中は無視して奥へと進んだ。しかしアジトの深部へ到達すると連中も僕を制止し、行く手を遮ろうとしてきた。
だから僕は、障害となる者達を全て殺した。何も考えず、ただ機械的に。
冷え切った思考で無意識のうちに行っていた殺害カウントが二桁台の後半に差し掛かった頃、僕は廃工場の最深部とおぼしき場所へと到達した。途中で投降してきた構成員に聞き出した、レイジがねぐらにしている部屋はこの扉の先だろう。
「なんだテメェ……なにしに来やがった?」
「宣言通り、君を殺すためにだよ」
「ナメやがって……どうやって手下どもを撒いてここまで来たかは知らねぇが、良い度胸じゃねぇか」
応接室で発砲した精霊銃を手にしたままのレイジはそう言うけど、その手は震えている。おそらく彼の耳にも、ここへ至る道中で僕が手下を殺戮していた物音は聞こえていたのだろう。
言葉の端々に若干のおびえが見える。けど、それでも彼はまだ自分が「支配者」であることを疑ってはいないようだ。醒めた目で彼を見やりながら、僕はそんな事を考える。
既に僕の中に怒りはない。なぜなら、僕が彼を殺す理由は彼に対する義憤でも、自分自身への怒りでも、ましてやフリーダの復讐のためでもないからだ。僕が彼を殺すのは、彼が僕達の世界に害悪となるから。
それが「理由の全て」であるべきだから。
ここまでの殲滅戦で魔力はほぼ使い切っている。残っているのは「最後の1発分」だけだ。けど、レイジを殺すにはそれで事足りる。そう思っていたのだけど。
「テメェはぶっ殺す。ただし頑張って生き延びることが出来たらオレ様の舎弟にしてやるぜぇ?」
「それは遠慮しておくよ。僕は彼女のためにも、こんなところで負ける訳にはいかないからね」
「テメェの余裕ぶったその顔、ムカつくぜ。けどな、オレ様のこの切り札を見てもまだナメた口利けるか、ああっ?」
そう言うとレイジは芝居がかった様子で手を振った。その動きに合わせるように、レイジの背後にそびえていた巨大な扉がゆっくりと開いてゆく。
扉の中から漏れ出すのは熱気と獣臭。そして……仄かに見え隠れする火の粉。
「どうだ、ビビって声も出ねぇだろう!」
勝ち誇ったレイジの背後から姿を現したのは、鱗に覆われた巨大な爬虫類の頭部だった。
――ドラゴン。それも、かなり巨大な赤龍だ。
「こいつはな、いずれ気にくわねぇ皇帝をぶっ倒す時に使う予定だったんだが……まぁ、予行演習ってヤツだ」
「そのトカゲはどこで拾ってきたんだい?」
「はっ、ビビりすぎて状況も判らなくなったか?こいつはレッドドラゴン!ドラゴンレイジの旗印だ。こいつを弱らせて服従させるために手駒を何百人も使っちまったが、それだけの価値はあったってもんよ!」
服従。そして何百人単位での人的浪費。その言葉が意味することは……彼がこのドラゴンを支配するために、無数の人々を生け贄にしたということなのだろう。
タラスクのような亜龍ですら魔力銃の攻撃に耐えることが出来るのだ。純粋な龍種――フリーダが言っていた、この世界の生態系の頂点に君臨する存在――は、当然ながら強固な鱗と魔力障壁によってあらゆる攻撃をたやすく無効化するにちがいない。
そんな相手を弱らせるため、レイジは支配で意思を奪った人々に人海戦術で攻撃させ続けたということなのだろう。そして長期戦の結果、弱体化したレッドドラゴンはレイジの支配に絡め取られたのだ。閉じ込められていた場所から解放されてなお、大人しくしている龍の姿こそが、レイジの支配下にあるという証拠だった。
屈服させるという条件があるにせよ、龍種すら支配できるのは、さすが女神の与えたチートスキルだ。そんな事を人ごとのように思いながら、僕は眼前の赤龍を見上げる。昨日対峙したタラスクより二回りは大きいだろうか。分類的には上位種のエルダードラゴンと呼べるクラスのように思える。
通常であれば一国の軍隊が壊滅覚悟で挑み、かろうじて討ち取れるかどうかという難敵だ。
「テメェを喰い殺す『龍の怒り』を思い知りやがれ!」
どうやらレイジは僕をこの龍に喰わせようと考えたらしい。実に愚かなことだ。もし彼がブレスでの攻撃を命じていれば……あるいは、僕を殺せていたかもしれないのに。けど、彼が指示した攻撃手段は僕にとって歓迎すべきものだった。
僕は自身に迫り来るドラゴンを見つめたまま、最後に残された僅かなマナを使って魔法を詠唱する。
《此処は其所より遠く、其所は此処よりも近い。遠きと近きを一つに繋ぐ扉を開け――「転移門」》
「転移門」。それは二点間を繋ぐ次元の扉を開く、上級転移魔法の一つだ。
この魔法にはいくつ扱いづらい要素がある。まず転移先の座標を把握しておく必要があること。そしてマナ消費量が極めて大きいこと。
通常の魔法と違い「転移門」の消費マナは定量ではなく、ゲートの性能によっては僕の保有マナを一瞬で使い切る程レベルで燃費が悪い。
マナの消費量は開くゲートの大きさと転移距離、そしてゲートの持続時間の3要素を積算して決定される。故に、今の僕に作れる「転移門」は最大限まで広げても直径3m程度の小型のものでしかない。そして、大きさを広げることにより僕のマナはほぼ枯渇し、転移できる距離も、持続時間も……逃走するには全く足りないレベルに落ち込んでしまう。
「な、なんだ、そりゃ!?……って目くらましのつもりか?馬鹿だろう、テメェ!」
僕がドラゴンの鼻先に展開した黒い円形の空間に、レイジは驚愕したような声を上げる。だが、ドラゴンの頭部が何事もなくその黒い空間をすり抜けたように見えたことで、転移門を目くらましか何かだと勘違いしたのだろう。
……けど、これで勝負は付いた。
僕が開いたゲートは、ほんの数旬だけ空間にゲートを開き、そして僕のマナが枯渇すると同時に急速に縮退してかき消えた。
そしてその一瞬後、大きな音を立て……ドラゴンの首が落ちた。
「……は?なんだ?何がおきた?なんで……オレのドラゴンが死んでるんだよ!」
「ドラゴンを殺すには大火力も怒りも必要ないってことさ」
僕がドラゴンを殺した方法。それは「転移門」を使い、ドラゴンの頭部をほんの数cmだけ転移させるというものだった。
ディメンジョンゲートは効果が切れると入口と出口の二点間の空間接続が切断される。その結果として発生するのは、接続面であるゲートを通過している物体の「連続性」が断たれるという事象だ。
今回の場合だとドラゴンの頭部だけが数cm先へ転移している状況の最中にゲートの消失。それに伴い「転移門」が空間連続性を切断する断頭台に早変わりしたという訳だ。
いくら龍種の防御力が絶大だとしても、物理的な肉体を持つ以上は空間そのものの断絶を防ぐ術はない。だが、そんな事をレイジに説明してやる義理もないだろう。
まるでCTスキャンの映像のように綺麗な断面を晒した状態で崩れ落ちたレッドドラゴンは一拍置いた後に首の切断面から大量の血を噴出させた。そんなドラゴンの様子を見やりながら、僕は思う。
この術を使った僕は当然どのような原理でドラゴンが死亡したかを理解している。けど、レイジから見れば……何がおきたのか訳もわからぬまま、それこそ「魔法のように」ドラゴンが死んだように見えた事だろう、と。
「なんだよ、お前、何なんだよ!」
「僕かい?僕は大魔法使いさ。そして……勇者狩りでもある。君の頭でも理解出来るように説明するなら……そうだな、『君を狩る者』だ」
そう。僕の職業は公称している「魔術士」ではなく、「大魔法使い」だ。
僕は魔術理論と呪文によって体型的に構築された「魔術」を行使するマギではない。事象と理に干渉することで望む結果を導き出す「魔法」を行使する力をもち、定型的な「魔術」を改変しその理論や概念すら歪め、自らの望む結果を引き出すことが出来る外法の魔法使い。
それが僕の真の職業なんだ。




