#21
フリーダは目の前でヤンゼンが射殺されたことに茫然としているけど、おそらくこれで彼女もレイジ……ハインリヒを更生させる可能性が0になったことを理解しただろう。ならこれ以上話を続ける必要も無い。僕はそう判断した。
「……潮時かな」
「あん?何か言ったか?」
「ああ。君に僕がここへ来た本当の理由を話しておこうと思ってね」
「精霊銃を買いに来たんだろうが」。
「いや、それはついでさ。僕がここへ来たのは……君に現実世界へ、日本へ帰還する意思があるかどうかを問いに来たんだ」
「はぁ?テメェ、何言って……」
「ユート?」
僕の言葉にレイジも、フリーダも不審げな目をこちらに向けてくる。まぁレイジの方は後でいいだろう。そう考えた僕は、傍らのフリーダに向き直って言った。
「フリーダ、黙っていてすまない。僕は勇者じゃないけど……勇者と同じように異世界から来たんだ」
「……そう、だったんだね。じゃあ、アンタは自分の世界へ帰っちまうんだね?」
「ああ」
フリーダにとってそれは残酷な言葉だったかもしれない。けど、僕は彼女の傍らに留まり続けることが出来ない。僕には勇者を狩るという任務があり……それになによりも麗奈がいるからだ。
「おい、帰るって……どういうことだ?」
「その言葉の通りだよ。現実世界へ、日本へ君を連れて帰る。君にその意思があればね」
「ふん……。まぁ、ここは碌な娯楽もイカした音楽もねぇ。昔馴染みが待ってる新宿へ帰るのもいいかもしれねぇな」
「ただし、条件がある。君が今使っている力……女神に与えられたチート能力を今後使わないと誓って貰うことになる」
「はぁ?折角手に入れた力を使うなだと?バカか、テメェ」
……まぁ、そう言うだろうとは思っていた。レイジが帰還を選ぶ理由は自分がかつてと同じ場所へ戻り、再び好き勝手したいという欲望に基づくことは明白だ。なら、半グレ組織に入るにしても、新しく組織を作るにしても、支配の力を手放すはずがないことは、問うまでもなく判っていたことだ。
本来であればここから先の言葉は転移者の真意を測るためにに伏せておくべきことだけど、僕は……レイジを処分する最後のダメ押しを得るために、あえて彼に告げた。
「その力は僕達の世界を消耗させる女神の罠だ。その力を封印しないというのであれば、僕は君を殺すことになる」
「女神の罠だぁ?訳わからねぇ事言ってるんじゃねぇよ!それに殺すだ?テメェ、自分の立場が判ってんのか?」
そう言うとレイジは立ち上がり、精霊銃の銃口を僕に向けた。
「やめな、ハインリヒ!ユートは、とんでもなく強いんだ!あのタラスクを倒しちまうんだよ!」
「タラスクだぁ?……フリーダ、テメェは黙ってろ!オレに舐めた口を利くヤツは許せねぇ。けど、安心しな。テメェの持ってるカネはオレが有効活用してやるぜ」
「それは随分と安心できるテンプレ台詞だね」
「ふざけてんじゃねぇぞ!」
まるでスローモーションのように、レイジの指が精霊銃の引き金を引くのが見えた。至近距離だけど、十分魔力弾を相殺するなり、受け流すことは出来る。僕は右手にマナを集中し――。
「ガキが、死ねぇ!」
「ユート、危ない!」
レイジが引き金を引いたのと、僕が横合いからフリーダに突き飛ばされたのは、ほぼ同時だった。バシュ、という音と青い光。その二つが通り過ぎた後に……僕が見たのは。
僕の代わりに精霊銃の弾をその身に受けた、フリーダの姿だった。
「フリーダ!?どうして!」
「ちっ……。興ざめだ!おい、こいつらを始末しておけ!」
「「はっ」」
僕は、右肩から胸元にかけて、斜めに撃ち抜かれる形になったフリーダに駆け寄ろうとした。けど、レイジの命令で魔力銃を構えた男達が邪魔だ。このままではフリーダを手当てすることもできない。同士討ちを避けるかのように間隔を取る男達を一撃で排除しなければ……!
《マナよ、大気より存在の欠片を拾い集めて数多の針となせ。千条の針よ、我が敵を穿つ嵐となれ!「千条の鉄針」!》
僕が選択した魔法は空気中の元素から無数の針を生成し、周囲にばらまく低位の広域殲滅魔法だ。一発一発の針は小さいため大した威力ではないから防御力の高い相手には効果は薄いけど、まともな鎧を身に着けていないドラゴンレイジのチンピラ程度なら、この一撃で簡単に殲滅することができる。
僕を中心に全方位にばらまかれる形で解き放たれた針は、壁も、調度品も、そしてドラゴン例の連中も……纏めて貫き、蜂の巣とした。だが、そんな事はどうでもいい。
「フリーダ!しっかりしろ、フリーダ!」
僕はストレージからポーションを取り出し、フリーダに飲ませようとする。けど……このポーションでは傷を塞ぐことは出来ても、失われた肉や臓器を完全に再生することは出来ない。
「ユ……ト……」
「大丈夫だ、フリーダ。僕がなんとかする。ほら、薬を飲むんだ。再生魔法も併用する!」
彼女を抱き抱えた僕の腕が、流れ落ちる彼女の命で赤く染まる。飲ませていては間に合わないと判断し、傷にポーションを注ぎ、続けて「再生」の詠唱を開始する。
けど、僕が魔法の詠唱を終えるよりも前に。
「アタ……シ……やっぱり……アンタみた……な……男……を……すき……に……」
「フリーダ?フリーダ!?」
既に光の失せた目に涙を浮かべたフリーダは、そう呟くと。
――静かに、逝った。
僕は馬鹿だった。レイジ……須藤のような愚かな下衆が、たとえ1%という低確率ででも、理を弁えて現実世界へ帰還することを選ぶと考えるなんて。そして何よりもそんな男の元へフリーダを連れてきてしまうなんて。
僕の甘い見通しが招いた結果が……これだ。
もし、僕がフリーダを同行させなければ。
もし、僕がフリーダを抱かなければ。
もし、僕がフリーダの願いを聞き入れなければ。
もし、僕がフリーダに「撃たれれば死ぬ」なんて軽口を叩かなければ
僕はいくつもの「もし」で全ての選択を誤った。その結果が、フリーダの死だ。
薄く開いたままのフリーダの目をそっと閉じさせ、僕は物言わぬ彼女の身体をソファに横たえた。
「すまない、フリーダ。僕は……僕の務めを果たすために行くよ」
自分達の世界を救うために異世界を訪れる僕にとって、その世界の住人はほんの一瞬だけ関わり合いを持つ、行きずりの人々に過ぎない。
なのに何故、僕は……こんなに涙を流しているのだろう。
妙に冴えた頭でそんな事を考えながら、僕は廃工場の奥へと去ったレイジの後を追う。




