#20
『須藤礼治、だね?』
「あ?何だ、テメェ……いや、今日本語でオレの名前呼んだか?」
『ああ。僕は日本人だからね』
「日本人だ?……ああん?」
日本語で語りかける僕に、レイジはゾル=カタンの言葉で応じる。僕の言葉が理解出来ているということは日本語を忘れている訳ではないだろうし、生前の名に反応するということはおそらく記憶も殆ど……いや、かなりの部分で保有しているはず。
なのにレイジは状況に合わせて使う言語を切り替えようとはしない。日本語と現地の言葉をその場の状況に応じて臨機応変に切り替えて応答していた志織とは大違いだ。
「ユート?何言って……」
僕が聞き慣れない言葉を話し出したことで不安げな様子をみせるフリーダ。レイジが日本語を使わないのであれば、無理に彼だけに判る言葉で話す必要もないだろう。それにもしフリーダが会話のどこかで説得の糸口を見出してくれれば……そう言う甘い希望を抱いたことも事実だ。
だから僕もレイジに合わせ、ゾル=カタンの言葉で会話を行うことにし、話を続ける。
「僕の名前は如月悠斗。君と……いや、君の前世と同じ日本人さ」
「信じられねぇな。……ふん、ならテメェが本当に日本人かどうかオレが試してやるよ。日本人なら言えるだろ、けん……じゃねぇ、ゲンゴーをよ」
「ゲンゴー……?ああ、元号のことか」
「そうだよ。おら、日本人だっていうなら言ってみろよ!」
レイジは得意げな様子でそう言い放った。確かに相手が日本人を騙っているのであれば、元号と言われても理解出来ないし回答できないという可能性はあるだろう。けど、この質問には致命的な問題があることに彼は気付いていない。
僕は嘆息してから、レイジが求めているものとは異なる言葉を答えた。
「今は令和だよ。令和7年だ」
「はぁ?レイワだと?何言ってるんだ、おめぇ。今は平成!平成に決まってるだろうが!やっぱりてめぇ、日本人じゃねぇな?」
「須藤。平成は31年で終わったよ」
「はっ!馬鹿なこと言うんじゃねぇよ。古くせぇジジイ共の昭和は70年ぐらい続いたんだ。ならオレらの平成は100年以上続くに決まってるだろうが!」
得意げにそう言い放つレイジの姿に、僕は「言葉が通じるのに話が通じない」事への諦めを感じつつあった。しかし平成が100年、か。彼の中で元号制度はどういうルールになっているのか、頭の中を見てみたい気もするけど。
おそらくだけど、彼が平成に執着するのはあの時代が彼にとっての全盛期、最も良い時代だったから……という側面もあるんだろう。現在彼が率いている組織名が「ドラゴンレイジ」であり、それは前世で須藤が所属していた「新宿怒羅魂」と似ているところから考えても、おそらく僕の考えはそう外れてはいないはずだ。
「まぁレイワとやらはともかく、平成を知ってるならとりあえずは合格ってことにしてやる」
「それはどうも」
レイジはそう言うけど、平成という言葉を最初に口にしたのは彼自身だ。もし僕が日本語を操る非日本人で、彼を騙そうとしていたのだとしたら……レイジの言葉尻を捉えて容易に彼を騙すことも出来ただろう。つまるところレイジは自分では頭が回る人間だと思い込んでいる、愚か者でしかないということなのだ。
そう考えた僕はドラゴンレイジという組織が脆弱でお粗末な理由が理解出来た気がした。レイジ……須藤は生前、犯罪組織の「幹部」ではあったけど「リーダー」ではなかった。武闘派で抗争相手との最前線に身を置く、肉体労働担当だった。
つまりレイジには元から組織運営のノウハウなんてものはなく、転移の女神に与えられた「支配」の能力を使って、かつて自分が所属していた犯罪組織の再現を行っているだけなのだろう。
「支配」による統率で組織そのものは大きくなり、ドラゴンレイジは様々な犯罪に手を染める集団となった。けど、本質的には彼等は単に徒党を組んだチンピラの集まりでしかない。
おそらく皇帝が帝都の近くにドラゴンレイジが拠点を構えることを黙認しているのは、リソースの回収という目的だけではなく……その気になればいつでもドラゴンレイジを制圧するなり、支配下に治めることができると考えているからだ。……つまり、レイジとドラゴンレイジは皇帝の掌の上で踊らされているピエロなのだろうと、僕は理解した。
人々にとってドラゴンレイジは手の付けられないドラゴンなのかもしれない。けど、おそらく帝国から見れば……彼等は獣車を引くダイアウルフ達とそう代わらない存在なのだろう。
「それで、その日本人が何の用だ?……ああ、言わなくてもわかるぜ。はるばる日本から武器の買い付けだろ?」
「……まぁ、それも目的の一つかな」
さも得意げにレイジはそう言うけど、そんな訳があるはずが無いだろうに。どこの物好きが世界の壁を越えてまで武器を買いに来るっていうんだ。……いや、僕は実際にドラゴンレイジに対して精霊銃を買いたいとは伝えているけど、これはあくまでもついでの話だ。
けど、今彼に帰還の話を持ち出すと話がややこしくなるだろうし、フリーダが彼と話す機会が無くなってしまう。そう考えた僕はレイジに対して曖昧に答え、彼の反応を待つ。
「しっかし魔法銃じゃなくて精霊銃だ?……ああ、なるほど。テメェもオレと同じで魔法が使えないんだな?このクソッタレな魔法銃は確かに日本人向けじゃねぇからな」
「まぁ、そうかな」
レイジの口は軽い。彼の言葉から彼が僕を侮っている事、そして彼自身が魔力を持たないことが明らかになった。これは僕にとっては好都合だ。なにせ僕は既にレイジを殺す方向にほぼ心が傾いていたからだ。
ただ、いくら悪党とは言え命を奪ってしまえば「その後」はない。僕が1人でここへ出向いているのなら、このどうでも良い会話をさっさと切り上げてレイジを処理すれば済む話だ。
だけど僕はフリーダを伴っている。僕がレイジを殺してしまえば、彼女は「ハインリヒ」と話す機会を、そして心の整理を付ける機会を永遠に失う事になる。その一点だけが僕にレイジの即時処理を思いとどまらせていた。
「それで……精霊銃の性能を見たいとかって言ってたらしいじゃねぇか」
「ああ。それなりにお高い買い物だからね。本当にそれだけの価値があるのかは確認しておきたい」
「ふん……。まぁいいだろう」
先ほどフリーダに銃口を向けた後もレイジは精霊銃をまるで玩具のように弄り回している。仮にに僕があれを買い取るにしても、レイジの手垢が付いたものは少し嫌だと、どうでも良いことを考えていると……レイジはニヤリと笑って言った。
「なら、こいつの威力をその目でしっかりと見ておきな!」
そう言うとレイジは、傍らに控えていたヤンゼンに銃口を向けると、さして気負った様子もなく――引き金を引いた。
バシュ、と言う乾いた音と共に青い光が銃口から放たれる。その光はヤンゼンの胸を貫き……背後に飾られていった趣味の悪い彫像を粉々に打ち砕いた。
……レイジは今、何をした?
デモンストレーションに石像を打ち砕くというのは理解出来るけど、こいつは……部下を撃った!?
自らの胸に空いたこぶし大の穴を目に、信じられないものを見たと言いたげな表情を浮かべながら……ヤンゼンは吐血し、倒れた。
「ハインリヒ、アンタ何を!」
「うるせぇぞ、フリーダ。このクソ野郎はオレに黙って取り引きを仕切ろうとしやがった。そんな使えないヤツは処分するに決まってるだろうが。で、どうだ?気に入ったか?」
「なるほど、大した威力だね。でもどうして仲間を撃ったんだい?」
「仲間?こいつはタダの手駒だ。オレがいれば代わりはいくらでも用意できる。使えねぇなら捨てて次をあてがえば良いだけの話だろ」
レイジを非難するフリーダの言葉を鬱陶しげに聞き流しながらレイジは僕に向かってそう言った。正直、今の一撃が精霊銃の全力なのだとしたら期待外れだとは思う。僕が使う攻撃魔法である「貫く魔弾」と同程度か、やや威力があるというレベルだから。
この程度の魔力弾であれば防御魔法を使わずとも弾くことが出来るだろう。マナを消費せずに使えるとしても、せいぜいがサイドアーム止まりと言ったところだ。
――僕が脳内でそんな事を考えているのは、感情をクールダウンさせるためだ。独断専行という理由だけで躊躇いなく部下を殺害するレイジは総合学部の仲間には到底相応しいとは思えない。
確かに僕達総合学部の狩人も人を殺す。けどそれは世界を守るという必要性にかられた苦渋の決断であり、そこにあるのは信念に基づく冷徹な判断による処理だ。しかしレイジのこれは粛清と呼ぶのも烏滸がましい、ただ無知蒙昧で無軌道な暴力に過ぎない。
だからこそ、僕がレイジを殺すにしてもそれは単純な怒りや憎しみによるものであってはいけない。だから僕はレイジに対する怒りを……少なくともまだ抑える必要があった。




