#19
「それで、取り引きってのは?薬か?それともフリーダに満足できねぇからって女でも漁りに来たか?」
下卑た表情でそういうヤンゼンの言葉に僕は呆れる他なかった。フリーダに対する侮辱が許し難いのは言うまでもないけど、ドラゴンレイジの連中が統率の取れていないただの無法者集団であることがはっきりしたからだ。
そもそもヤンゼンは買い付けに来た来客の1人がフリーダであること対面するまで知らなかった。そして今の台詞から僕が精霊銃の購入を希望していることすら把握出来ていないということになる。
――関所で出会ったジョイスは、その両方を知っていたにもかかわらず。
つまり彼等は組織の根本である報連相――報告、連絡、相談の略語だ――というプロセスが行えていない。ジョイスは見張りであるにもかかわらず、彼の情報が取引担当であるヤンゼンに正確に伝達できていない。その時点でドラゴンレイジという組織はその広範囲な活動内容とは裏腹に、内情はただのゴロツキの集まりでしかないことは明白だった。
……なら、連中に対する駆け引きは理を持って行うよりも、この手の犯罪者に判りやすい方法で行うのが得策だろう。僕はそう判断した。
「僕が欲しいのは薬でも女でもないよ。それにフリーダさんは魅力的だから、女は特に必要がないかな」
「……ユート?」
僕の軽口にフリーダは眉をひそめ、ヤンゼンは怪訝げな表情を浮かべる。うん、連中の言葉なんて本当は気にする必要は無かったけど、それでも彼女が侮辱されるのは良い気分ではなかったんだ。
「僕が欲しいのは君達が取り扱っている武器だよ」
「武器だぁ?なんだ、魔力銃が欲しいのか?バカじゃねぇか、お前。そんなもん、わざわざウチまで買い付けに来るまでもないだろうが」
「ブラックマーケットで手に入るものをわざわざ買いに来るほど僕も暇じゃないよ。僕が欲しいのは精霊銃だ。あるんだろう?」
僕の言葉に今度はヤンゼンが眉をひそめる。フリーダが言うには精霊銃は希少品でブラックマーケットにも出回っていない品だ。これならわざわざ犯罪組織のアジトまで買い付けに来る理由にはなるだろう。
「精霊銃だ?お前、自分が何言ってるかわかってるのか?そもそもフリーとつるんでるようなヤツがカネを持ってるとは思えねぇ」
「カネの話をするということは、在庫はあるって事だね?」
「……」
「相場は銀貨100枚だと聞いてる。ここにその半額分……銀貨50枚を持ってきている。残りの半分はここにはないけど、すぐに取り寄せることは出来る」
そう言うと僕は懐に入れておいた銀貨の入った革袋を取り出すためにコートの内懐に手を入れる。と、その一瞬、ポケットの中で「探知の水晶」が仄かに輝いていることに気が付いた。
……僅かだけど、この場所にリソースが流入している。と言うことはここに須藤の転生体であるハインリヒがいる事はほぼ確実だし、おそらく僕の目の前にいるヤンゼンは須藤のチート能力である「支配」の影響を受けているということだろう。
……そうか。ここの連中が妙に低俗で無能なのは、もしかしたら「支配」の影響で自律的な行動が出来ないよう思考が鈍らされているせいなのかもしれない。そんな事を考えながら、僕は銀貨の入った革袋をテーブルの上に投げ出した。
がちゃり、と重たい音を立てて袋はテーブルに落下し、その衝撃で袋の口を結んでいた紐が緩むと袋から銀貨がこぼれ出る。
「白銅貨じゃねぇようだが……。本物だろうな?」
「手に取って確認すればいいだろ?」
「ふん。……けど悪ぃな、兄ちゃん。今は戦争の真っ最中で武器の類いは値段が上がってるのさ」
「へぇ。いくらなんだい?」
「そうだな……精霊銃なら、銀貨130……いや150枚ってとこだな」
嫌らしい笑みを浮かべてヤンゼンはそう言う。その表情を見れば、彼が何を考えているのかは手に取るように判る。おそらく戦争のせいで価格が高騰しているというのは嘘で、30枚から50枚という上乗せ分は自分の懐にでも入れるつもりなのだろう。
僕がそう判断した理由は極めて単純だ。この国が隣国と戦争をしているのは事実だけど、その戦争は昨日今日始まったわけじゃない。戦争は20年も続いているなら膠着状態だろうし、そんな状況で軍需物資である兵器の相場が高騰する理由がないし、それに急に5割も上昇したら帝国の国庫が破綻するじゃないか。
しかし正直な所、僕にとっては50枚の銀貨というのは小銭でしかない。なにせ他の世界では銀貨とはあくまでも日常使いする補助通貨でしかなく、大がかりな取り引きは基本的に金貨や白金貨で行うものだから。
僕の手持ち銀貨が限定的なのも単純に価値がないから貯め込んでいないだけだし、正直な所手持ち分の銀貨300枚全てをここで放出しても懐は痛まない。いや、それどころか邪魔な小銭が処分できて万々歳という程度の感覚だ。
けど、ここで馬鹿正直にそんな話をする必要もない。なので僕はニヤニヤと嗤うヤンゼンを冷たい視線で見つめながら、告げる。
「そうかい?まあモノが本物なら多少高くてもかまわないさ。それより君たちの持っている商品が本当にそれだけの価値があるモノなのか、確認させてくれないか?まさか天下のドラゴンレイジが偽物を掴ませるなんて事はないとは思うけどね?」
安い挑発に顔を紅潮させたヤンゼンは手近にいた若い男に何事か小声で指示を出した。おそらく精霊銃を取りに行かせたのだろう。
本筋ではないけど、今のところ「取り引き」は順調のように思える。ただ問題があるとすればハインリヒが姿を現す気配が微塵も感じられないというところだろう。
――と、思ったのだけど。
「おい、ヤンゼン。テメェ、誰に断って勝手に取り引き仕切ってやがる!」
「レ、レイジさん!?」
「ハインリヒ!」
しばらくして、顔を腫らした若い男を背後に従え、1人の男が室内に入ってきた。龍を象ったような金糸の刺繍で飾り立てられた黒いダスターコートを身につけた、細身だが鍛えられた体つき。少し傾いた独特の姿勢で肩を揺すりながら歩く挙動。髪はアッシュブロンドで、瞳ははしばみ色だけど……絵に描いたような三白眼だ。
僕はその人物を見て、一目で彼がハインリヒ……いや、須藤礼治の転生体だと見分けることが出来た。
彼の人種的特徴は確かにこのゾル=カタンの人々と同じ白人系のものだったけど、顔つきは出発前のブリーフィングで確認した「須藤礼治」に極めてよく似ていたし、服装の特徴や言動もいわゆるチンピラのそれと完全に合致していた。
それに何よりも……僕の隣に座っていたフリーダが立ち上がって、彼をハインリヒと呼んだことが決定打になった。
「あん……?なんだ、フリーダか。テメェ、オレのことはレイジと呼べっていつも言ってるだろうが。いや、それ以前になんでこんな所にいやがる?」
「アタシはこの人を案内して……いや、そんな事はいいんだ。ハインリヒ、アンタに話があるんだよ」
「オレの方には、ねぇな」
「待っておくれよ!アタシはアンタに――」
「うっせえぞ!」
必死に訴えかけるフリーダに対してただ煩わしそうに応じていたハインリヒ……いや、本人曰くレイジは、再度懇願するフリーダの言葉に激昂したのか、背後の男が持っていた箱の中から何かを取りだし、それをフリーダに向ける。
現実世界の拳銃よりはやや大ぶりで、ボリュームがある印象のあれが……おそらく精霊銃なのだろう。しかしこの男、元恋人の話を聞かないところか銃を向けるとは……。このままフリーダに話させると事故が生じるかもしれない。そう考えた僕はフリーダの手に触れ、彼女を席に着かせたあと……レイジに向かって話しかけた。
――日本語で。




