#18
「……ユート。アンタは……アイツを殺すつもりなんだろ?」
「どうしてそう思うんだい?」
僕の胸元に顔を埋めたまま、そう呟いたフリーダの唐突な言葉に、僕は否定も肯定もしなかった。僕の任務は須藤礼治の転生体を狩ること。その「勇者狩り」は99%の確率で須藤を……ハインリヒを殺す結果になることは僕も理解していた。
そして彼がフリーダに対して行った事、そして今現在行っている傍若無人な犯罪を思えば、彼を生かして現実世界へ連れ戻せる1%という確率は……極限まで0に近いものだと今では考えている。
けど、だからと言って僕は遠距離からハインリヒを狙撃して殺し、何も見なかったことにすることは出来ない。だからこそ、フリーダに是とも否とも答えることはできなかったんだ。
「アタシだってワルの仲間だったんだ。誰かが誰かを殺そうとしている気配ぐらいわかるさ」
「……なら、止めるのかい?」
「いいや。アタシには止められなかったアイツを……アンタに止めて欲しい」
「僕は躊躇せずに人を殺せるロクデナシだ。おそらくハインリヒよりも多く人間を殺している。そんな人間に頼んでいいのかい?」
「ああ、構わないさ。けど、1つだけお願いがあるんだ」
「……なんだい」
「アイツを……ハインリヒを殺す前に、最後にアタシに話をさせて欲しいんだ。そんな事は絶対に無いと判ってはいるさ。けど……それでも、もしかしたら最後にアイツが止まってくれるかもしれない。そう思うのさ」
「裏切られるとは思わないのか?」
「……そんな気分になったのは、アンタのせいだよ。アンタが優しくしてくれるから、もしかしたらアイツも……って思っちまったのさ」
そう言うとフリーダは抱きついていた僕の体から身を離し、壁際を向いてしまった。
……もし彼女がハインリヒを説得することで、0に近かった須藤の帰還確率が1%に、そしてそれよりも大きな値になるのなら……。そんな奇跡に賭けてみてもいいかもしれない。
そう思った。
……けど、僕のその甘い判断は、最悪の結果を導くことになった。僕が飲ませた、希望という名の「毒」のせいで、フリーダは――。
翌朝、僕達は何事も無かったかのように普通に挨拶を交わし、混雑した食堂で朝食を取った。宿を引き払い、昨夜の戦闘で疲弊したダイアウルフの調子を確認し、出発可能だと判断した僕達は……ドラゴンレイジのアジトへと向かった。
「おい、そこで止まれ!誰だ……ってフリーダじゃねぇか」
「久しぶりだね、ジョイス。客人を連れてきたんだが、通ってもいいかい?」
「客だ?」
「君たちが扱ってる品を購入させて貰いたくてね。あんたたち、精霊銃も取り扱ってるんだろう?金なら用意してあるよ。ただしここじゃ無い所にね」
「……ちっ。まぁいい、通りな」
ドラゴンレイジのアジトは帝都郊外にある魔導工場の廃墟だった。なんでも魔法銃の量産が本格的に始まるまでは、ここで魔力導管を使った時計をはじめとした生活に役立つ魔導具が作られていたそうだ。けど軍需産業に傾倒した皇帝が工場の閉鎖を決定。荒れるに任せて放置されているらしい。
ドラゴンレイジの本拠地が帝都直近に置かれていることから、僕はやはりゾル=カタンの皇帝がハインリヒ……いや須藤がもたらすリソースを利用する意図を持っていること、そしてそれ故に彼の悪行を意図的に見逃しているのだと改めて理解した。
しかし場所はともかくかくとして、内部へ入るためにはそれなりの準備が必要になる。僕1人であれば「欺瞞の外套」の魔法を使って潜入することもたやすいのだけど、今回はフリーダをハインリヒに対面させることを約束してしまった。
それ故に隠密行動ではなく、あえて正面からアジトへ入り込むことを選び、かつてドラゴンレイジの一員だったフリーダの顔パスと、僕が精霊銃を欲しているという芝居――いや、手に入るのであれば本当に欲しいけど――をうって、元メンバーの紹介による取引希望者として内部へ潜り込むことにしたんだ。
金を持ってきていないというのは当然方便だ。なにせ連中の事だ。僕が精霊銃を買えるだけの銀貨を持ち歩いていると知れば、まっとうに取り引きするのではなく殺して奪おうとすることは明白だったから。
そして実際、廃工場へと続く小道に設けられた関所のような所を守っていたジョイスという見張りの男が舌打ちしたことで、僕の推測は事実だったと裏付けられた形となった。
廃工場へと至る道を進みながら、前を向いたままフリーダが言う。
「たぶん、監視されてるよ。気を抜くとやられちまう。……いや、アンタならそんな心配はないか」
「いや、僕だって人の子だからね。斬られれば血が出るし、撃たれれば死ぬかもしれない」
「かも、ってあたりがユートらしいよ」
フリーダは小さくそう呟くと、口許に小さな笑みを浮かべる。僕も前を向いたまま、小声でこの後の行動について確認を行う。
「じゃあ手はず通り、精霊銃の取り引きを装って話を進めよう。取り引き中にハインリヒが姿を現せば良し、現れなければ取り引き完了後に頭目に挨拶したいとっておびき出す」
「……ああ。けどユート、無理はしないでおくれよ」
「それはこっちの台詞だよ」
僕はハインリヒと話をしたいと言ったフリーダが無茶なことをしでかすのではないかと心配している。けど、一方でもし須藤が現実世界への帰還という説得に応じる可能性があるとすれば、フリーダの言葉による後押しは必須条件だとも考えていた。
しかしいずれにせよ須藤……ハインリヒが姿を現さないと話は進まない。そういう意味では、まずは精霊銃の取り引きを円満に進めることが目先の目的になるだろう。
「ウチのシマまで出張ってきて取り引きしようって物好きはお前らか?……ってなんでぇ、フリーダじゃねぇか。なんだ?ドラゴンレイジに復帰したいのか?」
「……ヤンゼン」
「まぁ、傷物とは言え顔だけは上玉だからな。オレの女になるなら居場所をくれてやってもいいぜ?」
「冗談はよしとくれ。アタシはただ、アンタらクソッタレと取り引きしたいっていう物好きを案内してきただけさ」
ドラゴンレイジのアジト内へ足を踏み入れた僕達はそれなりの広さがある応接室のような場所に通された。ここが元は廃工場であることを考えれば、会議室か何かの跡だろうか。お世辞にも整理整頓が行き届いた場所ではないけど、応接セットらしきモノが置かれているので、連中か取引に使う場所なのかもしれない。
僕とフリーダは古びたソファに腰を下ろす。僕達の対面に腰掛けたのは禿頭の中年男。そして部屋の壁際には魔力銃を持った十数人の男達。おそらく僕達が不審な動きをすれば殺せとでも命令されているのだろう。
交渉役の中年男はフリーダの言葉によればヤンゼンと言うようだけど、どうやら彼は彼女の知己であるだけでなく、フリーダに下心を持っているようにも思える。
しかしいくらフリーダの自己肯定感が低いとは言え、さすがにあの男になびく気にはならないだろうと思えるほど、ヤンゼンの表情は醜かった。
……いや、今は人間関係の観察をしている場合じゃない。フリーダが特に気負った様子を見せないところからするに、壁際に並んでいる男達の中にハインリヒは混じっていないのだろう。
僕達の対面に座っているヤンゼンがこの中では立場的に一番の上位者で、先ほどのフリーダを復帰させるという言葉から察するにドラゴンレイジの組織内でもそれなりの立場にいる人間なのだろう。ということは少なくとも取り引きの仕切りはヤンゼンが担うということで、ハインリヒ……須藤をこの場に引きずり出すのは商談の後になるということだ。




