#15
甲竜の類いとは何度も戦ったことがあるけど、あの連中は正面から攻撃を加えるとすぐ甲羅に身を隠してしまう。あれが曲がりなりにも亜龍であるなら、甲羅に魔法耐性を持っている可能性は高い。高火力の魔法で真正面から殲滅することも不可能ではないけど、マナ消費を考えると馬鹿正直に殴り合う訳にもいかない。
となると……僕が採るべき方法は、一つだ。
《マナよ、電を導きし標となりて散逸を拒め。雷よ、束となりてその道を焼き穿て。光の奔流よ、刃となりて我が前へと姿を現せ……》
呪文の中核部分を詠唱し終えた僕はそこで一旦魔法をホールドした。この魔法は設置型だから狙いを付けるのが大変だけど、ああいった巨体相手ならいくらでもやりようがある。そう考えながら、僕は魔法の効果発動位置を指定するマーカーをタラスクの背後側、地面に撃ち込んだ。
タラスクは後方から接近する僕に気付いたのか、6本の足を使って器用にその場で旋回してみせた。見たところ甲羅や獅子の顔に大きなダメージは見受けられない。つまり、魔力銃による攻撃ではまともにダメージが通っていないということになる。
それもそうだろう。フリーダに聞いた限りでは魔力銃をまともに使いこなせる人間は皆、軍に入っているらしいし、犯罪集団に身を寄せている人間が軍人と同程度の出力で魔力銃を撃てるはずもないだろうから。
近くで見るとタラスクの巨体はずいぶんと大きく感じられた。全高は15mぐらい、獅子の顔から尾の先端は25m程度といったところだろうか。武器でまともに戦うには少々面倒な相手だ。
僕は当初、街道に出没した魔物は中級冒険者で対処出来ると考えていたけど、これは中級パーティだと全滅しかねない奴かもしれない。自分の脅威度判定が誤っていたことに苦笑しながら、僕はタラスクがこちらに向かって移動し始めるのを待つ。
亜龍にどの程度知性があるのかは判らないけど、少なくともタラスクは僕を獲物か、もしくは敵と認めたのだろう。まるでこちらを威圧するようにゆっくりと僕の方へと向かって歩き始める。地響きと共に一歩一歩迫り来る巨体。けど……その歩みは確実にタラスクの敗北へと繋がっていることを、奴は理解しているのだろうか。
一歩、二歩、三歩。タラスクは進み、撃ち込んだマーカーが……タラスクの体の真下に位置したタイミングで、僕はホールドしていた魔法を解き放った。
《励起せよ、閃光の輝刃!》
次の瞬間。タラスクの体と地面の間に眩い閃光が生まれ、辺りに異臭が立ちこめる。オゾンの匂いと、肉が焼け焦げる匂い。僕が出現させた、魔力で固定化されたアーク放電による刃が、装甲の薄い甲羅下部からタラスクの体内を焼いているんだ。
体内を攻撃されているにもかかわらず、タラスクは声も上げず、微動だにしない。それもそうだろう。圧倒的な高圧電流を体内に流し込まれ、四肢……いや、六肢だろうか?ともあれ、足も尾も、自分の意志で動かすことが出来ないのだから。
つまり「閃光の輝刃」が発動した時点で、タラスクは体内を焼かれながら身動き一つ、咆哮すら上げられずに息絶える結末が確定していたということだ。
僕が醒めた目でタラスクが息絶えるのを見守っていると、背後から猛烈な勢いで獣車が走ってきた。誰かは考えるまでもない。なにせ僕の後方にいるのはフリーダだけだからだ。けど、どうしてこのタイミングで?
そう思い、振り返った僕に向かって御者台から必死の形相で手を差し伸べ、フリーダが叫んだ。
「ユート!逃げるよ!」
「……フリーダ?」
「何だか判らないけど、アイツの動きが止まったんだ。今のうちここを離れれば……逃げれるかもしれないよ!」
「……大丈夫だよ、フリーダ。タラスクはもう、死んでる。いや、もうすぐ死ぬ……かな」
「……え?」
「だから、この大きな亀はもう処理済みってことさ」
「……え?」
手を伸ばしたまま、茫然とそう繰り返したフリーダの言葉に合わせるように閃光の輝きは消えた。
甲羅の隙間から肉の焼ける匂いと共に薄く煙をたなびかせていたタラスクの巨体は……まるで燃え尽きた灰が崩れ落ちるように、崩壊した。これで街道を塞いでいた魔物の処理は無事に完了だ。
タラスクの身体は甲羅を除きほぼ炭化、崩壊している。つまり現場に残っているのは絵面だけ見れば巨大な亀が倒された痕跡でしかない。まぁジャイアントタートルと呼ぶには若干大きすぎる甲羅だけど、祟り神とやらに比べるとまだマシだろう。
「フリーダ、どうやら見間違いだったようだよ。これはただの巨大な亀。……そういうことでいいんじゃないかい?」
「アンタ、本当に何者なんだい?……いや、聞くのはよしておくよ。アンタなら……きっと魔王を、皇帝を倒してくれるに違いないからね」
「いやいや、僕は皇帝やら魔王やらもは興味はないよ。僕が興味を持ってるのはハインリヒ……レイジだけさ」
どうやらフリーダは本格的に僕の事を隣国が派遣した暗殺者だと勘違いしているようだ。どうやって誤解を解こうかと考えながら、僕達は街道のど真ん中に鎮座したタラスクの甲羅を迂回し、向こう側へと獣車を進める。この向こう側にはドラゴンレイジの連中がいるはずだ。
だが、向こう側の様子は凄惨なものだった。破壊された獣車と腹を食いちぎられた3頭のダイアウルフ。潰れた死体になったドラゴンレイジの連中はまだいいとして、逃げることも出来ずに檻ごと叩き潰された犠牲者の姿は……あまりにも悲惨なものだった。
少し先の路肩には車輪をぬかるみにとられたのか、半ば傾いた状態で茂みに突っ込んでいるもう一台の獣車が見える。原形は留めているし、貨車の前に繋がれているダイアウルフも怯えてはいるが生きているようだ。
「……うっ……」
「フリーダ、ここは空気が悪い。少し先へ行って待っててくれないか?」
「……あ、ああ……そうさせてもらうよ……」
さすがにこの凄惨な様子は気丈なフリーダにも厳しいものがあっただろう。口許を押さえて嘔吐くフリーダを先に行かせ、僕は状況の確認を試みる。
死んでいるドラゴンレイジとおぼしき男達は全部で……8人?9人?原形を留めていない死体もあるのではっきりは判らないけど、おそらくその程度だろう。破壊された檻の方は正直確認したくないけど、物音一つ聞こえないところをからすれば生存者はいないと判断せざるを得ないだろう。
生存者の可能性があるとすればもう一台の獣車の方だろうか。茂みをかき分けると、そこには荷崩れしたコンテナと、荷台から放り出されたとおぼしき檻が一つ。
……中には、4名の女性。茂みから覗き込んだ僕の顔に、それまで息をひそめていたのであろう女性、は怯えた表情でこちらに目を向けた。
「もう、大丈夫ですよ」
「……あなたは……?」
「通りすがりの者です。あのバケモノは……そう、勇者が倒してくれましたよ」
「え……?勇者様が……?」
「ええ。颯爽と現れて、颯爽と去って行かれましたが」
まぁ、僕の仕業だと判らなければ誰もいい。見知らぬ勇者にタラスク退治の功績は進呈しよう。僕の言葉に女性達は半信半疑という表情だけど、まぁそれはどうでもいいだろう。
見ると散乱しているコンテナには予想通り魔法銃が入っているようだ。僕はその場に転がっていた魔法銃の1丁を手に取ると、檻の中の女性達に声を掛ける。
「鍵を壊します。なるべく離れていてください」
「は、はい!」
彼女達が狭い檻の中で可能な限り距離を取ったことを確認し、僕はフリーダに聞いた通りにマナガンをコッキングする。微かに魔力が吸い取られる感触と共に、マナガンの本体に光が宿った。
「じゃあ、撃ちます」
「……はい」
もちろん、自前の魔法で鍵を壊した方が圧倒的に早いんだけど、見知らぬ人の前で迂闊に魔法を使うわけにもいかない。なのであえて魔法使いである僕には不要なこの魔法銃を使い……。
ドゴーン!
「きゃああ!?」
引き金を引くと、まるで大砲でも撃ったかのような音と共に、檻の前面が消し飛んだ。……なんだ、これ。
一瞬、あっけにとられたけど……そうか、魔法銃は使用者の魔力に比例して威力を増すアイテムだ。大魔法使いである僕が撃てば、それなりの威力になる……ということなのだろう。
万が一を考えて射線を檻の横方向へと外しておいて正解だった。鍵だけを破壊するという予想していた結果とは異なり、檻の前面とその先にあった地面にクレーターを作りながらも、とりあえず囚われていた人達を解放するという目的は果たすことが出来た
僕は使い終わった魔力銃と、転がっていた同型のもの2丁を拾い上げ、こっそりとストレージに収納した。功績は勇者に譲るけど、タラスク退治の報酬をもらってもバチは当たらないだろうと内心で言い訳しながら。まぁこれは僕にとっては不要な品だけど、持ち帰れば総合学部で何かに使えるかもしれないからね。
回収を終えた後、僕は檻の中で抱き合って固まっている女性達に声を掛けた。
「……すみません、驚かせてしまって。でももう大丈夫。これで外に出られますよ」
「あ……はい……」
恐る恐るという感じで檻から出た女性達。その中の独りが茂みから外をうかがい……声を上げた。
「バケモノが……!」
「ああ、大丈夫です。あの亀なら死んでますよ」
「亀?あれはタラスクでは……」
「勇者様が、あれはただの大きい亀だと言ってましたよ」
1日以上タラスクに追跡されていた彼女達に対する僕の言葉は白々しい嘘だけど、僕が彼女達と関わるのはこれが最初で最後だ。おかしな嘘をつく異邦人がいたとしても、誰も気にしないだろう。




