#14
その後、怯えたダイアウルフを宥め賺してその場を出発した僕達だったけど、小一時間も走ったところで再び停車するはめになった。そう、ここにも残骸があったからだ。
けど今回はダイアウルフの死骸だけではなく、粉砕された荷車のなれの果てと、バラバラになったコンテナの残骸が転がっている。見たところ人間の死体は無いようだけど、この状況は……?
「なぁユート、これ本格的にヤバいやつだよ。悪いこと言わないから引き返そうよ」
「そうは言ってもここで破壊されてる貨車は1台だけだよ?コンテナの中は空みたいだし、ここで荷物の積み替えでもしてたんじゃないかな」
「いや、そうだとしても……」
「ドラゴンレイジはまだ先行しているようだし、魔物も後を追い続けてるようだ。フリーダ、先を急ごう」
「……はぁ、とんでもない男と一緒に来ちまったよ……」
そこから先の街道には轍に沿って所々に血痕があることに僕は気が付いた。どうやら魔物は先ほどの場所で仕留めたダイアウルフ以外にも傷を負わせているようだ。となると……3台分の荷物委を2台で運び、負傷した獣が引いているドラゴンレイジの移動速度はかなり低下しているはず。もしかすると追いつけるかもしれない……。そんな事を僕が考え始めた時のことだった。
「ユート!あれ!」
「……檻……の、残骸?」
「ちょっと待っておくれよ。あの檻って攫われた連中が入れられてた奴じゃないのかい……?」
フリーダが言うように、街道脇に転がってたその物体はドラゴンレイジの連中が「荷物」……すなわち奴隷として売りさばこうとしていた人々を閉じ込めていた檻の残骸だった。ひしゃげて潰れた金属製のフレームからは赤黒い液体がしみ出しているのが見える。
「まさかと思うけど、アレ……」
「おそらく逃げ切れないと思って『積み荷』を捨てたんだろうね。魔物があの檻を襲っている間に獣車は逃げ出したんだろう」
「……なんてこった……」
そう、あれは十中八九ドラゴンレイジの連中が自分達だけは逃げ延びようとして、攫ってきた人々を囮として使い捨てた痕跡だ。どうやら連中は聞きしに勝る外道らしい。
フリーダの顔は青ざめているけど、それが未だ見ぬ魔物への恐怖からくるものなのか、それとも魔物への囮として、檻に閉じ込められた人間を喰わせたドラゴンレイジへの嫌悪から来るものなのかは……判らなかった。
さらにしばらく進んだところで今度は街道脇に野営の後とおぼしき痕跡が目に入った。雑に処理された焚き火の後や、うち捨てられた何かの空き箱からすると、ドラゴンレイジはここで夜を明かしたのかもしれない。
それもそうか、いくら魔獣が引く獣車とは言え休まずに走り続けることは不可能だし、ここまでの道のりでダイアウルフも人間も激しく疲労してただろう。
けど一方で魔物が追ってきている状況でのんびり休んでいられるとも思えない。となるとこれは……。
「フリーダ、これは野営の跡で間違いないかな」
「ああ、そうだね。と言うことは連中は魔物から逃げ切ったのかい?」
「見たところ雑とは言え焚き火の処理もしているし、慌てて逃げ出したようには見えないね。少なくとも無事に夜明かしは出来たようにみえるけど」
「……なら、アタシらが危ないってことかい!?」
「いや、魔物の足跡を見てくれ。野営跡の方へは寄らずに真っ直ぐ街道を進んでるだろ?きっと時間差で獲物の……ドラゴンレイジの連中の痕跡を追ってるに違いない。一方で連中は無事に朝を迎えることが出来たことで逃げ切れたものと勘違いしている可能性がある」
「ってことは……」
「ああ、油断したところを再度襲撃されている可能性があるだろうね」
「……それで、やっぱり行くのかい?」
「当たり前だろ?だって僕達はまだ魔物の姿すら見てないんだよ?」
「アタシは一生見たくないよ、そんなモノ」
まぁ僕も別に魔物の姿を見たい訳ではないけど、どちらにせよこの街道を進んでドラゴンレイジのアジトへ赴き、ハインリヒに会いに行く必要はある。その途中に魔物が立ちはだかれば排除するし、姿を見せなければ無理に探してまで討伐する義理もない。
つまるところ、どちらにせよ僕はこの街道を真っ直ぐ進むだけだということだ。
そして野営跡を発見したところから2時間ほど移動し、そろそろ陽が陰りはじめようかという頃、異変が訪れた。最初に感じたのは大地を揺るがすような咆哮。そして前方に見えた巨大な影。さらには耳障りな甲高い何かの音。
「ユート!あれ!」
「ああ、どうやらお出ましのようだ」
「だから、なんでそんなに落ち着いてるんだよ!」
「……それよりフリーダ、あの耳障りな音は何か判るかい?」
「アレは魔法銃の発射音だよ!」
……なるほど、そういうことか。次の宿場町までまだ距離がある上に、聞こえてくる魔力銃の射撃音はかなり散発的だ。となるとあれは帝国軍が魔物討伐を行っているのではなく、魔物に追いつかれたドラゴンレイジが売り物を使って抵抗している、というところだろう。
そう言えば途中で見つけた空のコンテナが魔力銃の入っていたものだとしたら……連中はただ逃げるだけでなくこれまでも応戦しながら撤退を続け、結果として魔物のヘイトを維持し続けていた可能性も考えられる、か。
けど問題は連中が戦っているあの魔物の正体だ。姿が確認出来た時点でフリーダに獣車を停車してもらっているのでまだ遠目だけど……確かに亀の甲羅のようなモノで覆われた巨大な魔物には見える。けど、僕の知識にはない魔物であるようにも見える。
「フリーダ、あの魔物が何かわかる?」
「……あ、あれ……まさか……タラスクじゃないのかい……?」
「タラスク?」
サイズと形状から甲竜の類いかと思ったのだけど、フリーダの口にした名前は僕の知っている、いわゆる定番の魔物の名とは違っていた。説明を求める僕の言葉に、蒼白な表情でフリーダは言う。
「アレは祟り神だよ……。あんなの、人がどうこうできる相手じゃないよ」
「そう言えばこの世界にはドラゴンもいるんだよね?あのタラスクっていうのはドラゴンよりも強いのかい?」
「まさか!龍種はこの世界で最強の生き物だよ!?そりゃ、タラスクも強いけど、ドラゴンには負けるさね」
「そうか……なら、まぁなんとかなるだろう」
「ユート!?アンタ、何言って……」
「それよりフリーダ、あのタラスクとか言うやつについて知ってることを教えてくれないか?例えば首を落としても生えてくるレベルの再生能力があるとか、周囲の空間を歪めるとか、魔力を阻害するアンチマジックフィールドを展開するとか」
「ちょ、アンタが何言ってるのかわからないよ……」
困惑するフリーダが語った所によると、タラスクとは6本の足を持つ巨大な魔物で、亀の甲羅に守られた胴体から獅子の頭と鋭いトゲのある長い尾が生えた、異形の怪物らしい。一応、帝国の伝承では亜龍種の一体だと考えられているそうだけど、外見的なイメージからすると僕には亀のバケモノにしか思えなかった。
タラスクの性格は獰猛……というより貪欲で、喰らうことだけでなく殺すことをも目的とした行動をとる厄介な性格らしく、過去に出没した時は皇帝の直轄領1つが壊滅的な打撃を受けたらしい。
ただフリーダの語ったタラスクの能力はただ大きく、力が強いこと。そして甲羅による高い防御力という話ぐらいで、僕が警戒すべき特殊能力のようなものは言い伝えにも存在していないように思える。
……なら、あれは僕にとってはただの大きな亀と同じだ。
このままタラスクを放置して街道をすりぬけ、ドラゴンレイジのアジトへ向かっても良いけど、間違ってアレに後ろから追ってこられるとアジトに侵入する際の不確定要素になる可能性もある。なら……ここは久しぶりに魔物狩りと洒落こもうか。
「じゃあ、あの邪魔者を片付けてくるよ。フリーダは静かになるまでここで待っててくれるかい?」
「はぁ?アンタ、何言って……」
「……魔力銃の射撃音が聞こえなくなったようだ。手早く済ませよう」
「ユート!?」
僕はフリーダと獣車をその場に残し、前方で暴れているタラスクに向かって駆け出した。




