#12
「ハインリヒの力はやっぱり『手懐け』の一種かな?」
「手懐けねぇ……。アタシに言わせればそんな生ぬるいモノじゃないように思えたけどね」
「……何かあったのかい?」
「まぁね。さっき話したガストンのヤツなんだけど……結局、帝国軍が運んでいた魔法銃を奪えっていうハインリヒの無茶な命令に従って、部下共々全滅しちまったのさ。逃げりゃいいのに、最後まで魔法銃のコンテナにしがみついてたって聞いたよ」
それは……確かに普通ではない。ビーストマスターのテイムは手懐けたモンスターを戦わせることが出来るけど、モンスターの命を軽視した無茶な命令を出すとテイムが解除されてしまう。そうなればモンスターは逃げ出すか、あるいはビーストマスターに反抗して襲ってくることもあると聞く。
ガストンなるチンピラがテイムされていたとしても、部下が死に自分の命が危うくなった時点でさすがにテイムは解除されるはずなのに……。
もしそれがハインリヒの力だとしたら、それは「手懐け」というよりも「支配」じゃないか。……いや、よく考えれば女神が与えるチート能力が人間相手のテイムだと考える方がおかしいのかもしれない。あのくそったれな女神のことだ。より強力な能力を与えていても不思議はない。
ただ、少し気になるのは「支配」の発動条件だ。話を聞く限りでは、少なくともハインリヒの身近にいたはずのフリーダには支配の効力は及んでいないように見える。そして先ほどのガストンのエピソードを踏まえて考えれば……。
「もしかしてハインリヒは屈服させた相手を支配する能力を持っていたのかもしれないね?」
「……考えたこともなかったけど、アンタがいうようにアイツは何かそんな力を持ってたのかもしれないね」
ハインリヒがフリーダに支配の力を使わなかったのは、幼なじみという情によるものか、それとも彼女がハインリヒよりも精神的な上位にいたせいか……?詳細は不明ながら、ハインリヒの持つチート能力は警戒すべきものであると言うことは理解出来た。
もし彼と対峙することになれば、心を強く持ち、精神的に負けないことを心がける必要があるだろう。
「……しかし、やっぱりおかしいね。対向車の数が少なすぎるよ。何かあったのかね?」
「何かって……例えば敵国が攻めてきてる可能性があるのかい?」
「帝都は遠いとはいえ、この辺りはすでに帝国の内部だ。帝国の領内にベイステアの連中が攻めてきたってことはないと想うけどね?」
「なら、帝国が僕達に先行しているドラゴンレイジを捕縛しようと街道を封鎖してる可能性は?」
「まさか!帝国兵はドラゴンレイジとズブズブだよ。物資の横流しは当然として、連中が悪さをしても見て見ぬ振りさ」
「それって買収でもしてるのかい?」
「いや……そんな話は聞いたことが無いね。ただ、何故か帝国はドラゴンレイジの、ハインリヒのやることを取り締まろうとしないのさ。街ではハインリヒが皇帝の御落胤なんじゃないかって噂も流れてたけど、アイツがそんな身分な訳がないからね」
フリーダの言う街の噂というのは、一般的なケースとしてはあり得るものかもしれない。けど、僕には皇帝がハインリヒ……つまり須藤の行動を止めない理由に心当たりがある。
そう、須藤は異世界転生者で、彼が「支配」の力を使えば使うほど、ゾル=カタンには僕達の世界からリソースが流れ込む。
つまり皇帝は不思議な力を使うハインリヒが異世界転生者である事に気付いた上で、リソース目当てでハインリヒを自由にさせている可能性があるということだ。
勇者とは一般的に善行をなし、人々の為に戦う者であると理解されている。
けど……異世界から招かれた「勇者」はその行いの正邪にかかわらず、チート能力を使えば使うほどその世界に異世界からのリソースという恩恵をもたらす。為政者がその恩恵を承知していれば……邪悪な勇者の行いによる多少の被害はリソースを得るための必要コストだと計算することは、十分に考えられる。
言うならば、僕達の世界で大航海時代に存在していたという私掠船のようなものだろうか。勇者を召喚できるというベイステア王国であれば、須藤のような扱い辛いコマは処分して次の勇者を召喚すればいいだけの話だ。
けどフリーダの話を聞く限りではゾル=カタン帝国は能動的に異世界人を招くことが出来ないようだ。そういった状況を踏まえれば、好ましくない手札でも使わざるを得ない……ということなのだろう。
「なら、対向車が少ない理由は……魔物でも出たのかな」
「よしとくれよ、ユート。魔物の名を呼ぶと魔物が出るって言うだろ?」
「……噂をすれば影ってこと?」
「なんだい、その変な言葉は」
「僕の国の諺だよ。別の言い方だと、フラグが立った……ってとこかな」
諦め半分にそういった僕に、フリーダは訳がわからないという顔をした。
僕が途中獣車を操ったせいか、その日宿場町へ到着したのは少し遅い時間帯だった。そのせいか獣車の預かり所はとても混雑していて、フリーダはこのままだと宿が取れないかも知れないと言った。
「じゃあ獣車を獣舎へ預けるのはフリーダに任せるから、僕は先に宿を押さえてくるよ」
「ああ、それが正解だと思うよ。ユート、もし部屋が取れなかったら1部屋でいいからね?」
「……まぁ、考えておくよ」
フリーダの言葉は善意によるものだとはわかっているけど、やはり身構えてしまう。いや、旅に出てからの彼女は街にいたときに感じたどこか鬱屈したような雰囲気から解放されたせいもあって、随分と綺麗に見えるんだ。いや、モブ顔の僕が他人の容姿をどうこう言うのは烏滸がましいとは判っているけど。
ともあれ、フリーダは魅力的な女性だから、同室で泊まると間違いを起こしそうで怖い。だから僕は3軒あるという宿屋を回って、2部屋借りられるところを探すことにした。
しかし予想以上に宿は混雑していて、僕が押さえられたのは3軒目の宿の屋根裏部屋、かろうじて間仕切りで空間を分けることが出来るとはいえ……尚早心許ない部屋だった。合流したフリーダに状況を説明して謝罪する。
「何言ってるのさ。最初から1部屋で問題無いって言ってるだろ?」
「まぁフリーダはそう言うけどさ、君は綺麗だから僕が誘惑に負けそうになるんだよ」
「あはは、冗談でも褒めて貰えるのは嬉しいよ」
そう言ってフリーダは笑うけど、僕的にはあまり笑い事じゃないんだけど。なにせ防寒着を着ていると目立たないとは言え、部屋着になるとフリーダは……その、かなり肉感的な体つきをしているものだから。
ともあれ、荷物を屋根裏部屋へ放り込み、僕達は宿の1階にある酒場へと向かった。宿が繁盛しているということは当然酒場も混雑している訳で、僕達は大テーブルでキャラバン隊のメンバーと相席することになった。
「随分と混雑していますね」
「ああ。なんでもこの先に魔物が出たらしくてな。帝都へ討伐要請を送ったそうだけど、いつ到着することやら」
「手強い魔物が出たんですか?」
「それが良くわからないんだが、龍種が出たっていう奴もいれば、デカい亀だって言う奴もいるみただぜ?」
「オレは獅子のバケモノが出たって聞いたぞ?」
どうやら情報が錯綜しているようだけど、街道が魔物の出現によって通行不能になっている事だけは間違いなさそうだ。しかし龍種のような、亀のような、獅子のバケモノ……?
話だけ聞けばそれぞれの証言は別の魔物を指しているようにも思えるけど、キメラ的なものなら全ての特徴を満たしている可能性も考えられる。
そう思った僕は小声でフリーダにキメラは存在するのかと聞いた。
「きめ……?なんだい、それは」
「複数の魔物の人為的に合成した怪物だよ。獅子の体に山羊の頭、尻尾は蛇……とかね」
「ユート……あんた、吟遊詩人にでもなったほうがいいんじゃないかい?いや、それ以前にアンタ何の仕事をしてるんだい?」
「まぁ、職業は……狩人、かな」
「武器も持たない狩人かい?まったくユートは……」
呆れた様にそんな事を言われてけど、どうやら今の会話からすれば件の魔物はキメラのような合成生物ではないように思えた。なら見間違えか、話に尾ひれが付いたのか……。そんな事を考えながら、僕は周囲の様子を見回した。
先ほどキャラバンの護衛に聞いたところによればその魔物が出たのは一昨日の事らしく、昨日以降に到着した駅獣車やキャラバンは皆ここで足止めを喰らっているらしい。対向車が来なかったのは街道が通れなかったことによるものだと言う理由はわかったけど……問題は一昨日から街道が通れないということで、僕達よりも一日先行しているドラゴンレイジの連中がこの宿場町に留まっている可能性が高いということだ。
フリーダが言うには今回辺境まで出向いてきた中にハインリヒはいなかったそうだけど、それでもドラゴンレイジの構成員と接触すればハインリヒの持つチート能力についてさらに詳しい情報が得られるかもしれない。そう考えて、それらしい人間を探してみたのだけど……。
「どうしたんだい、キョロキョロして。夜を共にしたい女でも探してるのかい?」
「もし万が一そんな気になったとしたら、その時はフリーダの誘いに乗るよ」
「遠回しに断ってるんじゃないよ、全く。それで?誰か探してるのかい?」
「一昨日から通行止めになってるってことは、ドラゴンレイジの連中がこの宿場町にいるんじゃないかと思ってね」
「……ユート」
「何、興味があっただけさ」
僕がそう言うとフリーダはため息をつくと、顔を寄せて小声で囁きかけてきた。蠱惑的な香りとアルコール臭が混じった吐息が僕の耳をくすぐる。しかしフリーダの言葉は、当然のことながら甘い囁きなどではなかった。
「あんまり大声でドラゴンレイジの名前を出すもんじゃないよ。どこに連中に手下やシンパが混じってるか判ったもんじゃないからね」
「まぁ、それもそうか……」
「あとね、連中はここにはいないよ」
「……どういうことだい?」
「獣車を停める際に確認してきたのさ。連中が『荷物』を運んでる時は、納屋に貨車を隠すからね」
その言葉は、フリーダが連れ去られた街の人々を探していた……ということなのだろうか。僕が自分の考えをフリーダに確認しようとすると、彼女は黙って首を振り上を指さした。……そうか、この手の話をするなら部屋へ戻ってから、ということか。
僕は納得したと示すために頷き、テーブルに残った料理と酒を片付けることに集中した。




