#9
しかし前回同様、しばらくすると水晶の反応はふわりと消えた。一体これはどういうことなんだろうか?僕が水晶を見つめていると、湯気の立つジョッキを持ったフリーダが戻ってきた。
「おや、ユート?そいつは金目のものかい?」
「……まぁ、お守りみたいなものかな」
「そうか、なら大事にしまっときな。この街で金目のものを見せびらかしてたら、ドラゴンレイジの連中に目を付けられちまうからね。特に白銅貨なんか見せびらかしたら、あっという間だよ」
白銅貨というのは先ほどフリーダが話してくれたこの国の通貨で、日本の50円玉や100円玉と似たような硬貨だそうだ。この手の世界では硬貨を構成する金属そのものが価値を持つパターンが多いのだけど、ゾル=カタンではかつて使っていた銀が魔法銃の製造に必要だとかで徴収され、20年前から硬貨は白銅貨に置き換えられたらしい。
それはつまり……僕がアケトアテンで使い切れなかった銀貨が、この国ではかなり高価な貨幣であるということを意味していた。フリーダによれば金貨はとても高価らしく民間ではほぼ流通しいないそうで、そんなものを持っていることがバレたら帝国に即座に没収されると言っていたっけ。
いや、それよりも探知の水晶の事だ。先ほど一瞬光を放った水晶はフリーダが戻ってきても反応しない。となれば先ほど検知したリソースの流入はフリーダに起因するものではないのだろうか?
前回と今回に共通する、リソースを消費しうる状況……。
そこまで考えた僕は、自分の愚かさに情けなくなった。そうだ、リソースの消費だ!
僕が使うストレージもごく僅かとは言えリソースを消費する。つまり先ほど水晶が反応していたのは、僕自身だったんだ!
つまりこの探知の水晶は必要な時にストレージから取り出して使うのではなく、チェックの前にストレージから出してクールダウンする必要があるのか……。
もしかしたら志織が試作品だと言っていた理由も、このあたりにあるのかもしれない。現実世界で事前に機能確認しておかなかったのは失敗だったけど、今の推測が正しければ……フリーダが須藤ではないかという疑いは晴れたことになる。
「ところでフリーダ、頼みがあるんだけど」
「なんだい?アタシに出来ることかい?」
「両替を頼めるかな。僕はこの国のお金を持ってないんだ」
「呆れたねぇ……無一文で旅してるのかい?」
「いや、お金は持ってるよ。……ほら。異国の硬貨だけど、ちゃんとした銀貨だ」
そう言って僕が差し出したのは、先ほど探知の水晶と一緒に取り出した、アケトアテンの銀貨だ。どの程度の価値があるか判らないから、とりあえず30枚ほどをテーブルの上に置いてみる。
「……はぁ。ユート?」
「これじゃあ交換するには足りないかい?」
「逆だよ。アンタ、良くこんな大金持ち歩いて無事だったね?帝国兵やドラゴンレイジに見つかったら殺して奪われてるところだよ」
「……そんなに?」
「アタシは細かいことは知らないけどさ、これだけの銀があったら魔法銃どころか精霊銃でも作れちまうんじゃないかい?」
魔法銃は先ほど国の状況を聞いたときに話題に上ったけど、精霊銃という言葉は初めて聞いた気がする。
先ほどフリーダに聞いたこの国の歴史によればゾル=カタン帝国は技術立国だけあって、50年程前に原始的な銃器……いわゆる先込め式の銃を実現していたそうだ。
当時周辺諸国の騎士が身につけていた装備は剣と甲冑が主体で、僕達の世界の歴史同様に銃の登場によって騎士の戦略的価値は低下すると思われた。
けどそこに転機が訪れた。隣国ベイステア王国の開発した付与術によって甲冑は軽量強固な魔力甲冑へと進化し、銃弾を受け付けなくなったのだそうだ。
その結果、帝国の持つ軍事的な優位性は相対的に低下し、銃の威力を背景に侵略政策を行おうとしていた帝国はその戦略を改める必要性にかられた。
そんな中、登場したのが魔力銃で、一見するとボルトアクション式の小銃に見えるこの武器は、コッキングによって銃身に魔力を充填。トリガーを引くことで魔力の弾として撃ち出すことが出来るそうだ。
フリーダによるとその威力は従来式の甲冑であれば簡単に貫通し、条件次第では魔力甲冑をも撃ち抜くことが可能なのだそうだ。ただ問題はその条件というのが、使用者の魔力なのだという。
「火薬式の銃は誰が撃っても威力は同じさ。けど魔法銃は撃つ奴によって威力が違う。だから高い火力が出せるレベルの魔力持ちはみな軍に入って出世したし、アタシらみたいに魔力の低い人間は街で畑仕事さ」
フリーダはそう自嘲してみせたけど、話を聞く限りでは「高い魔力の人間」の撃つ魔法銃であっても、僕が使う「貫く魔弾」の魔法よりも威力は低いように思えた。
つまり「銃」を名乗ってはいるけど、実体としての魔法銃は魔法が使えない人間でも使用可能な「詠唱不要で自動的に魔法が発動する魔法杖」のようなものなのだろう。ただ魔力の変換効率は悪そうだから、魔法が使える僕にとっては意味の無い代物だとは思うけど。
「魔法銃は判ったけど、さっきの精霊銃はどういうものなんだい?」
「アタシも良くは知らないけど、小型で、精霊の力を使った新型の銃らしいよ。誰が撃っても威力は同じ。けど事前に精霊の力を取り込んでおく必要があるって聞いてるけどね」
「事前チャージ式の銃ってことか……」
フリーダの説明を聞く限りでは僕の知っているチャージ式のマジックアイテムと似ている気がする。かつてグレイランスで冒険していた頃、魔力切れに備えてファイヤーボールをチャージした杖を持ち歩いてたこともあったけど、おそらくあの手のアイテムでリチャージ可能なものなのだろう。
「その精霊銃ってどうやってチャージするか判る?」
「さぁねぇ?噂じゃ、水につけておくと水の力が、土に埋めておくと土の力が補充されるらしいとは聞いたけど、眉唾物だよ」
「なるほど、それで精霊銃、か」
もしその精霊銃というのがマナ由来ではなく、他の方法でエネルギーを補充できるものなのなら、保有できる魔力量に制限があり、継戦能力に難のある僕にとって役立つアイテムだと言える。入手する方法があれば良いのだけど……。いや、入手以前に解決すべき問題があった。
「それでフリーダ、両替はしてもらえそうかい?」
「そうさねぇ……うちにある白銅貨をかき集めても銀貨1枚分にもならないよ。交易所へ持って行って、何か高いモノを買えば当座の足しになる程度の白銅貨なら手に入るだろうけど」
「さっき言ってた精霊銃は手に入る?」
「馬鹿言っちゃいけないよ!確かに作るだけなら銀貨30枚もありゃ足りるとは思うけどさ、あれを買うなら銀貨100枚は必要だろうし、そもそも普通に売ってるものじゃないからね?」
フリーダはそう言うけど、僕のストレージの中にはアケトアテンで使い切れなかった銀貨が300枚以上入っている。つまり、販売している人間さえ見つけることが出来れば精霊銃を入手することは可能ということか。
「そう言えばドラゴンレイジは武器の横流しもしてるって言ってたよね?」
「……ユート。悪い事は言わないよ。あの連中と関わりを持つのはやめな」
それまでの気安い様子から一転、フリーダは厳しい表情でそう言った。おそらくドラゴンレイジが魔法銃や精霊銃を取り扱っているという僕の推測は間違っていないだろう。けど彼等と接触すること自体が危険だ……とフリーダは言っているのだ。
しかし僕の本当の目的は銃の入手ではなく須藤の転生体であるハインリヒに接触し、帰還の意思を確認することだ。となれば精霊銃の取り引きを口実に、ドラゴンレイジと接触するという方法は僕にとっては一石二鳥な選択肢なのだけど……。
「じゃあ、正規ルートで入手するなら王都……いや、帝都で、かな?」
「型落ちした旧式の魔法銃ならブラックマーケットに出回ってるかもしれないけど、精霊銃を売ってるなんて聞いたことないよ」
「そうか……残念だよ。でも帝都へ行ってみるのは良いかも知れないな」
「ここから帝都まで歩いて行くのは無理だよ?」
「なら、丁度良いじゃないか」
その後、フリーダの全財産でも僕の銀貨を換金できないため、交易所で移動のための足――といっても馬車ではなく、魔獣が引く獣車とでもいうようなものを――入手し、そのおつりとして現地通貨を入手することに成功した。




