#8
「まぁアンタが勇者だろうが違おうがどうでもいいさ。アンタはアタシを助けてくれた。それで十分さ。……それよりここは寒い。こんなところで立ち話もなんだし、行く宛てがないならウチへ来るかい?暖かい茶でも出すよ」
「それは助かるけど、迷惑にならないのかい?」
「なに、どうせアタシの所へなんて誰も来やしないからね」
そういうフリーダの表情は少し寂しげだった。フリーダは僕よりもいくつかは年上に見えるけど、まだ十分に若い範疇だし、見た目も――まだ額に血の跡は付いているし、やつれた感はあるけど――悪くは無い。街の男達が放っておくようには見えなかった。
僕がそう指摘すると、彼女は薄く笑って言った。
「アタシが?何言ってるんだい。もう売り物にするにはトウが立っちまってるから、ドラゴンレイジの連中すら見向きもしないよ」
「じゃあ、どうしてここへ?」
「連中が街の若い娘を連れ去ろうとしてたからさ、止めに来たのさ」
フリーダの言葉に、僕の警戒が1段階高まる。彼女が須藤の転生体である可能性は未だ捨てきれない。もしチート能力を使ってドラゴンレイジの蛮行を阻止しようと考えていたのだとしたら、先ほどの探知の水晶の反応にも説明が付くからだ。
「それは随分と勇敢なことだね?フリーダは腕に覚えがあるか……もしくは何か不思議な力でも使えるのかい?」
僕の言葉にフリーダはきょとんとした表情でこちらを見つめ、しばらく沈黙したあと哄笑した。
「ユート!アンタ面白いこと言うね!アタシに不思議な力があるなら、ハインリヒの奴をぶっとばしてドラゴンレイジなんてあっという間に解体してやってるさ」
「じゃあ、身一つで人身売買組織のねぐらに?」
「あの連中は別に人身売買だけをしてる訳じゃ無いさ。怪しい薬の流通から、人攫い、果ては帝国軍で使ってる魔力銃の横流しまでなんでもござれだよ」
……マナガン、と言う言葉は初めて聞くけど、魔力を使った銃ということだろうか?そう言えば先ほど、フリーダは「帝国の騎士」ではなく「帝国の銃士」と言っていた気がする。つまりここの軍隊は銃を装備している……?
帝国が保有する技術も気がかりだけど、問題は多岐にわたる犯罪活動を展開するドラゴンレイジがそのマナガンなるものを保有しているというところか。
フリーダが須藤であれば帝国にもマナガンにも関わらずに済むところだけど、もしそうでなければ……厄介な事になるかもしれない。そう思いながら、フリーダへの質問を続ける。
「ならそんな危険な連中を相手に、どうしやって対抗しようとしたんだい?」
「アタシはね……ハインリヒの幼なじみなんだよ」
「ハインリヒ?」
「ああ、ドラゴンレイジの頭目さ。何でか知らないけど本人は『レイジ』なんて名乗ってるけどね」
……レイジ!ハインリヒという名の人物が須藤の転生体だとして、彼に前世の記憶があるのなら、レイジを名乗ることも、組織名にドラゴンレイジと付けることも納得がいく。
そしてハインリヒの行動は彼が前世で行っていた半グレ組織のものとほぼ同じ……つまりハインリヒこそがレイジであり、彼は記憶を持った転生者だ!
「ハインリヒが地元の悪ガキだった頃はアタシの言う事も多少は聞いてくれたんだけどね。もうアイツにはアタシの言葉なんて届きやしない。今回だって手下どもに言わせりゃ殺されなかったのは幼なじみのよしみらしいけど、それでもここで死ぬに任せて放置されたんだ……。もしアンタが来てくれなかったら、きっと凍死してたろうし、もうアタシじゃハインリヒを止めることなんてできやしない」
「そうか……」
「さぁ、さっさとこの忌々しい場所から出ちまおう。『出荷』を止められなかったんだ。ここにいても、もう意味は無いからね」
出荷という言葉が意味するものは、ドラゴンレイジが定期的に人身売買を行っているということだろう。冷え切ったこの街に活気が一切感じられないのは……20年も続く戦争と、ドラゴンレイジの傍若無人な振る舞いによるものなのだと、僕は理解した。
その後、フリーダに案内された彼女の家は、僕がこの世界に到着した廃墟の隣に建つ小さな家だった。彼女はハインリヒ……つまり須藤の転生体と幼なじみだと言った。そして僕が転移した場所がこの廃墟。ということは……。
「フリーダ、もしかしてこの廃墟がレイジ……ハインリヒの生家なのかい?」
「おや、良くわかったね。ハインリヒの奴が仲間を率いて大暴れしたせいで、誰かの恨みを買ったらしくてね。で、放火されちまったんだよ。ハインリヒは生き延びたけど、おじさんも、おばさんも亡くなっちまった。もう5年……いや6年も前の話さ」
……どうやら須藤という人間は異世界へ来ても前世と同じ事を繰り返しているらしい。けど今回、彼は敵対組織の襲撃を生き延びることに成功し、結果として組織を大きく成長させた。
僕はフリーダの言葉に、思わず昨日ニュースで見たトクリュウの幹部のことを思い出す。もし須藤が生きていれば……。その「もしも」がこの世界では実現していたということか。
「結局、時間だけでなく死すらも、人の本質を変えることは出来ない……ってことか」
「ん?何か言ったかい?」
「いや、独り言だよ。それにしてもこの国は寒いね」
「何言ってるんだい、今はまだマシな方だろ」
「……とんでもない国だね、本当に」
呟きが耳に入ったフリーダにそんな事を言いながら……彼女の招きに応じて、僕は彼女に家へ足を踏み入れた。
この世界へ来てから初めて暖房のある空間に落ち着くことが出来た。フリーダはお茶を、と言っていたけど、入れてくれたのはスパイスの効いた暖かいワイン……いわゆるグリューワインだった。
エセルニウムでもホットワインは飲んだけど、あのただお湯で割っただけの薄いワインとは違い、フリーダの入れてくれたグリューワインは普段お酒を飲まない――もちろん日本では僕はまだ未成年だから、僕の飲酒は異世界限定だ――僕でも、美味しく飲むことが出来た。
「ありがとう、フリーダ。生き返ったよ」
「ワインで生き返れるなら、安いものさね」
そういって笑うフリーダに、僕はこのゾル=カタンという国についての情報を求めた。
フリーダ曰く、ゾル=カタン帝国は近隣諸国から悪名高い侵略国家として知られているそうで、そんな帝国のことを知らずに辺境とはいえ帝国領内に入り込んでいることを呆れられたけど……僕は国境線を越えてきたわけじゃない。
「――つまり、ゾル=カタンは元々軍事国家で、20年程前に魔法銃が開発されたことで隣国との大戦争に踏み切った、と」
「まあ概ねそういうことさね。ゾル=カタンはベイステアみたいにうさんくさい魔法とやらを扱える国じゃないけど、誰にでも恩恵が受けられる技術でそこそこ上手く回ってた国だったんだ。けど何時の頃からかウチの国でも魔導具が出回るようになったのさ」
フリーダの語るゾル=カタンの変化が可視化されたのは20年前。一方で須藤が転生してきたの28年前。そして隣国である、ベイステア王国は他国には無い魔法を使うことが可能で、現在は勇者を擁している……。
それらの情報から考えれば、もしかするとベイステア王国は前回僕が訪れたアケトアテンのように「勇者召喚」によって他の世界からリソースを奪い、利用する技術があるのかもしれない。
そして須藤の転生によってリソースが流入するようになったゾル=カタンも、隣国のような「魔導技術」を扱えるようになった……?
そこまで考えた僕は、ふとある事を思いだした。そう言えばフリーダを助けた際に確認した探知の水晶の反応……あれは何だったんだろうか。ゾル=カタンがリソースを利用している可能性は高いけど、ハインリヒ……つまり須藤はあの場にはいなかったはず。なら、あの時なぜ水晶は一瞬だけ反応した?
僕はハインリヒこそが須藤だと考えているけど、よく考えればその根拠となる情報は全てフリーダから得たものだ。もし彼女こそが須藤の転生体で、僕が須藤を追っていることに気付いていたとしたら……嘘の情報を与えてくる可能性も否定できない。
ゾル=カタンという国の事も、隣国の勇者についても、裏付けを取った方が良いのかもしれない。
表向きはフリーダと会話を続けながら、内心で僕はそんな事を考えていた。疑り深いことは狩人として必要な性質だけど、疑いすぎてどんどん性格が歪んでいっている気がする。そんな事を思っていると、フリーダが席を立った。
「ユート、ワインのおかわりはどうだい?」
「……そうだね、頂くよ」
「はいよ」
そう言うとフリーダはジョッキを手に台所へ向かった。丁度良いタイミングだ。探知の水晶をもう一度確認してみよう。
……そう思ってストレージから水晶を取り出した僕は困惑した。また、水晶が反応している……?




