#6
そして翌日。僕は麗奈が言っていた昼過ぎに総合学部を訪れた。御門の間へ直接来て欲しいという連絡が何故か志織からきていたので、少々不思議に思いながらも僕は指定された最下層へ向かう。
石室の中では既に榊会長が御門を開く準備を進めていて、その傍らには少し顔色の悪い麗奈と、いつも通り元気な志織がいた。
「麗奈?顔色が悪いみたいだけど……」
「大丈夫。悠斗、マナの補充しよう」
「えっと、ここで?」
「うん」
人前でキスするというのは少々抵抗があるけど、麗奈がそう言うなら仕方ない。もちろんそうは言っても会長と志織の前で堂々とは出来ないので、2人に背を向ける形で麗奈を抱きしめる。
唇から流れ込む暖かい感触。……けど、心なしかいつもより流入の速度が遅く、時間が掛かっているような……?
いや、見られているという自覚があるから、僕の時間感覚がおかしくなっているのかもしれない。そんな事を考えている間にマナの流入は止まり、麗奈が軽く息を吐いたのが判った。
「もしかして麗奈、徹夜でもした?」
「……うん。そんな感じ」
「あの、ユートさん。レーナさんは――」
「シオリ。約束したでしょ」
「……うう……」
僕の問いに志織が何か言いかけたけど、麗奈がそれを強い口調で止めた。何かあったのだろうか?心配する僕に麗奈は無言で頭を振ると,小さな小瓶を差し出した。
親指ほどのサイズで、中には鈍い赤光を放つ液体が満たされている。ポーションにしては量が少ないし、何かのエリクサーだろうか?
「これは?」
「ユートさん、それは……私が作ったものです」
「あれ?ポーションなら昨日貰ったけど、別のもの?」
「はい。それは……マナを回復させるマナポーションです」
「え!?」
麗奈から受け取った小瓶を僕は慌てて再確認した。これが……グレイランスでも見たことが無い、マナポーション?そんな未知のものを、志織が?
言われてみれば小瓶に入った液体の色は志織の義眼に宿ったエーテルの輝きに似た赤だ。もしかしたらエーテルを使った魔力の回復方法を発明してくれたんだろうか?
「凄い発明だけど、どうやって……?」
「レーナさんに協力して貰いました。その、協力というか――」
「シオリ」
「――協力、です」
やはり麗奈は何かを僕から隠そうとしている。彼女が僕に隠し事をするというのは珍しいけど、そうせざるを得ないと考えての事なら詮索するのは止めておこう。僕は麗奈の事は何があっても信じると決めているから。
「判った。来歴や製法は聞かないよ。で、これはどれぐらいマナが回復するのかな?」
「今回のは試作品なので……たぶん、ユートさんが保有できるマナ総量の15%ぐらいです」
「15%か……でも、万が一の時の保険には役立ちそうだ。ありがとう、志織。それに麗奈も」
「お礼は主にレーナさんに言ってください。私は言われるがままに作っただけですから」
「志織がそういう謙虚なこと言うの、珍しいね?」
「ユートさん、私の事どう思ってるんですか!」
……たぶんだけど、この2人がこのマナポーションを作ろうと思ってくれたのは、僕が前回マナ管理を失敗して「燃血の邪法」を使う下手を打ったせいだ。
マナを使い切った後の緊急手段を用意してくれた2人の気持ちに感謝しながら、僕はマナポーションをストレージへと収納する。
「準備は整ったかしら?じゃあ御門を開くけど……」
「けど、ということは向こうの状況に何か問題が?」
「ええ。町か村か、そういう居住地であることは間違いないのだけど、妙に活気がなくて少し荒廃している感じがするわ。召喚と違ってピンポイントで転移場所を追えるわけではないから、現地の状況と須藤に関係があるかどうかは判らないけど」
「少なくとも須藤がスローライフを満喫していないというのは間違いなさそうですけど」
「その可能性は高いわね。……御門、安定したわ」
榊会長が言う転移先の状況がどのようなものなのかはこの後すぐに判ることだし、今ここで議論していても仕方がない。僕は覚悟を決めると御門に向かい歩みを進める。
「ユートさん、気を付けてくださいね!」
「如月君、ご武運を」
「……悠斗」
「ああ、判ってるよ。ちゃんと帰ってくるさ、麗奈」
僕は3人に手を振り、3度目の狩りへと旅立った――。
「……寒っ!」
御門をくぐり抜けた僕が最初に感じたのは猛烈な寒気だった。日本は今初夏で、僕の服装はTシャツにジーンズ一枚。けどここの気温はまるで雪国のようで、露出した肌に痛みのような感覚が走る。
「耐寒装備……いや、先にコートだ!」
僕は慌ててストレージから取り出した厚手のコートに袖を通した。けど、コートの中は夏服のままだから、吹き付ける風こそ防げるようになったとは言え、劇的に状況が改善した訳でもない。
そう、風だ。僕が出現したのは屋外。それも広場のようなところではなく……半ば朽ち果てた廃墟の中だったんだ。
さすがに吹きさらしの場所にいるとコートを身につけていても凍えてしまう。どこか寒さをしのげる場所を探さないと。
時間帯も良くわからない曇天の中、周囲を見渡すと石造りの建物がいくつも建ち並んだ街並みが目に入った。どうやら廃墟なのは僕がいる場所だけのようだけど……。
もしここが須藤の転生したポイントだとしたら、彼の存在がこの建物の状況と関係しているのだろうか?そんな事を考えながら、僕は人気の無い街へと歩き出した。
いくつかの建物からは灯りが漏れているけど、今の僕は状況も判らず現地の言葉も喋れない。むやみに人のいる建物に立ち入ると無用なトラブルを引き起こしかねないだろう。そう考えた僕は建物が少ないエリアを目指して移動し、街外れにあった灯りの見えない倉庫のような建物に目を付けた。
あそこなら人気は無さそうだし、身を潜めて状況を確認する拠点に使えそうだ。
しかし当然のことながら建物の扉は施錠されていて、扉を開くことはできない。なら……仕方ない、ここは不法侵入になることを覚悟してピッキングを試みるしかないか。
僕はストレージからピッキングツールを取り出すと、扉の解錠を試みる。もちろん魔法を使えば普通の鍵なんて一瞬で開錠できるけど、アケトアテンでマナ切れを起こした時のことを思えば、魔法無しでも出来ることは極力魔力を使わないようにすべきだと考えたんだ。
正直、僕のピッキングスキルは素人に毛が生えた程度だから、ダンジョンの宝箱に仕掛けられてるような複雑な鍵は手に負えない。けど、街の倉庫みたいな鍵なら……。
寒さでかじかむ手に息を吐きかけながら格闘することしばし。カチリという小さな音と共に、扉の鍵は開いた。
「……プロなら一瞬で開いてるんだろうなぁ……」
思わずそんな事を呟きながら、僕は金属製の扉を押し開けた。
外から見えたように内部は無灯火だった。扉を閉め、外気を遮断すると少しだけ寒さは和らいだけど、倉庫らしきこの場所には当然暖房となる熱源なんてある訳もない。
見回すと入口付近には乱雑に積まれた……これはコンテナだろうか?明らかに木製ではない、金属の箱がいくつも置かれている。動くモノの気配は感じられないけど、注意しながら倉庫の奥へと足を進める。
……と、コンテナの向こうには予想していなかった光景が広がっていた。
いくつか並んだ檻のようなもの。そして、檻の外に倒れている……細身の人影。女性だろうか?ここからでは年齢も、いやそれ以前に生きているのか死んでいるのかもわからない。
状況が不透明すぎる。この倉庫を離れるべきか、それとも……。そう考えた時だった。
「う……うう……」
……どうやら倒れている人物は生きているようだ。苦しげなうめき声から察するに、負傷でもしているのだろうか?
あの人物が檻の中にいるのであれば、ここが倉庫に見える牢獄で件の人物は犯罪者という可能性も捨てきれない。
けど、檻の扉とおぼしきものは開かれているし、何故かあの人物は檻の外で倒れていた。となると……あの人物は看守かなにかで、脱走した囚人に襲われた?
遠くで観察していても状況は判らないし、あの人物が気絶しているなら「言語習得」を簡単に掛けことが出来る。そう考えた僕は身を潜めていたコンテナから離れ、倒れ伏した人物へ慎重に歩み寄る。




