#4
「それで、今回の案件というのは?」
「少々……いえ、かなりやっかいな案件よ。なにせ今回は転生者だから」
「転生……召喚ではなく?」
「ええ。転生と召喚の違いはわかるかしら?」
もちろん、僕もその違いは知っている。
異世界召喚とはこの世界から他の世界へ「生存している人物がそのまま招かれる」という事象。
対して異世界転生は「この世界で死亡した人物が他の世界で生を受ける」という事象だ。
けど、僕が答えたその内容に榊会長は頭を振りながら言った。
「間違ってはいないけど、総合学部の立場としての解釈なら、それだけでは足りないわ」
「と言いますと?」
「私達は案件を認知する必要がある。そして異世界召喚された人物は失踪者だから、比較的容易に認知することが出来るわ。けど、転生者はどうかしら?」
「……死亡したということは、死体が残っている……?会長?なら、どうやって死者が転生したことを認知するんですか?」
言われてみればそれもそうだ。斎藤君や志織のケースはいずれも彼女達が「失踪した」と言う情報を元に総合学部が調査を行い、召喚されたという事実を突き止めている。けど、転生となると死体が現実世界に残っているはずで……いや、まさか?
「死亡するような状況にもかかわらず、死体が見つからないケース、ですか?」
「いいえ。転生者達もちゃんとご遺体は現実世界に残しているわ。むしろ、ご遺体やご遺骨を調べる事で転移先を特定しているぐらいだから」
なら、どうやって転生を見分けるのだろう?
……世に氾濫している異世界転生ものではトラックや車にはねられたり、通り魔に刺されたりたり、あるいは落下した鉄骨の下敷きになったりした結果、死亡して異世界へ……というのが定番だ。
ああ言ったフィクションの一部は、実際の異世界転移を漠然と把握している何者かによって流布されていると聞いたことがあるけど……。もしかしたら、フィクションで語られる死亡原因による死者が実際に異世界転生しているんだろうか?
「まさかと思いますけど、トラックにはねられたり、誰かに刺されたりすると転生する……とかじゃないですよね?」
「ちょっ、ユートさん……なんですか、そのゲーム脳的なの!」
「いや、だって他に思い当たる判別方法がないし」
志織のつっこみに弁解していると、榊会長は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
「詳しい話は……そうね、案件について説明しながらでいいかしら?でも今回に限って言えば貴方の推測は結果としては間違ってないわ」
「……と、言うと?」
「今回如月君に狩って貰いたい相手は、刺殺された人物だから」
……そう言った榊会長の言葉尻と目つきが、その転生者を少し蔑んでいるように見えたのは気のせいだろうか。人格者である会長がそんな表情を隠しきれないとなれば……その転生者とやらはただの通り魔被害者ではない……?
その後、作戦室へ移動してブリーフィングを受けることになった。移動するのは榊会長と僕、麗奈。そして案件には直接関係ないはずの志織もついてきた。
「志織?錬金術の研究はいいのかい?」
「気が乗らないというか、こっちの方が面白そうですし」
「いや、面白い話じゃないよ?」
目が見えなかったときと同じように僕の左肘にしがみついた志織がそんな事を言う。ちなみに総合学部の本部に入る際に眼鏡は外しているから、今の彼女は僕にとって見慣れたいつもの志織だ。
「面白いって言うと語弊がありますね。興味がある……かな?」
「あまり変わらないと思うけど?」
「違いますよ!だって前回、ユートさんは私の情報をみてアケトアテンへ来たんですよね?どんな情報が公開されてるのか、気になるじゃないですか」
「……まぁ、割とセンシティブな個人情報も見せられた記憶はあるけど」
「そう、それです!もしかして私のスリーサイズとか、体重とか、体脂肪率とか!そんな恐ろしい機密情報が開示されてたら、出るところへ出ないといけないじゃないですか」
「いや、そんな情報は無かった……と思うし、だいたい出るところってどこだよ」
「えっと、警察とか、政府とか……自衛隊とか?」
「それ、全部うちの協力組織だからね?」
そんな頓狂なことを言っている間に作戦室へとたどり着いた。ちなみに僕達の前を歩いていた麗奈と榊会長は空間座標や時流係数といった真面目な話をしていた。
漏れ聞こえた話だと、今回僕が赴く世界の時流係数は1.39……つまり現実世界の約1.4倍で時間が経過するところのようだ。
「1.4だと2泊3日に1泊おまけが付いてくる感じですね」
「うーん、言いたい事は判るけど全然違う気もするよ」
「なら、4割引でお得って感じですか?」
志織の軽口は続くけど、彼女とそれなりの付き合いになった僕には判る。志織はふざけている訳ではなく、内心の緊張や不安を隠そうとしてこんな事を言っていることを。なにせ彼女は軽い言動とは裏腹に、内面は極めて礼儀正しく真面目で、思慮深い少女なのだから。
「さて、じゃあ最初に今回のターゲットについて説明するわね。今回異世界へ転生したことが判明したのはこの人物よ」
作戦室へ入り、僕達が席に着いたことを確認した榊会長はそう切り出すと、壁面の大型ディスプレイに対象者の情報を映し出した。
「須藤礼治……享年28歳、ですか。けど、この外見……」
「見るからにチンピラ……いや、ヤクザですかね?それもちょっと昭和臭が漂ってる気がします!」
志織が言うように、28歳で命を落としたとされる須藤なる人物のデータに添えられていた写真は、痩せぎすで目つきが悪く、ホストの客引きが着ていそうな黒いシャツとスーツを身につけている。昭和臭というのは良くわからないけど、ステレオタイプな反社会的組織の人間のようにも見える。
「当時はまだ準暴力団や半グレなんていう言葉がなかったから、カラーギャングとか暴走族OBとか、不良グループとか呼ばれていたけど……。概ねそういう認識の団体に所属していた人物で間違いないわ」
「……当時?って死亡時期が2006年!?20年も前じゃないですか」
「そう。この須藤礼治が死亡したのは確かに2006年の事よ」
榊会長はそういうけど、案件であることが判明するまでに20年も掛かるという話は初耳だ。けど麗奈も、榊会長も特段不審に思っている様子はない。もしかすると先ほど話があった転生を特定する方法と関係があるのだろうか。
「榊サン、年齢的に見てこの人って下っ端じゃなくて半グレの幹部クラスですか?」
「ええ。警察から送付して貰った当時の資料によると『新宿怒羅魂』という組織の幹部だったそうよ」
「うわー、やっぱり昭和感漂うネーミングですね……」
志織はそう言うけど、今から20年前といえば平成の前半だ。僕も未だ産まれていなかった時期だから当時の事は判らないけど、それでもどこかに昭和の名残が残っていてもおかしくないように思えた。
「死因は刺殺という事でしたけど、彼のバックボーンと関係があるんですか?」
「ええ。当時新宿怒羅魂と中華系マフィアが激しい抗争を繰り広げていたらしいわ。その中で武闘派だった須藤は相手組織の恨みを買ってヒットマンに刺殺されたそうよ」
眉をひそめる榊会長の様子に、先ほど僕が感じた違和感は解消された。清廉潔白な上流社会の住人でもある榊会長からすれば、抗争で命を落とすような反社会的人物は案件でもない限り関わり合いになりたくないと思う程、住む世界が違う相手なのだろう。
「それで、この須藤という男が転生したというのはどうやって判明したんですか?」
「かつて須藤の仲間であったトクリュウのリーダーが逮捕されことが切っ掛けよ。その関係で警察が過去の事件の洗い出しを行った際に不審な点が見つかったの」
「ユートさん、トクリュウって何ですか?」
「特定……いや匿名流動型……なんとかだったっけ?振り込め詐欺とか、闇バイトとかをさせてる連中だったと思うけど」
会長の言葉を聞いていた志織が僕にそんなことを聞いてきた。一瞬、言葉に詰まりながらも、なんとか年上としての面目を保つ。
「ええ、その認識で間違いないわ。それで元新宿怒羅魂のメンバーだったトクリュウ元締めの1人が供述した過去の事件について、死亡した筈の須藤の名前が出てこなかったの」
「……出て、来なかった?」
「ええ。リーダーは抗争の状況を詳細に語ったわ。『ヒットマンに幹部の一人が腹を刺されて死んだ』と。でもその幹部が誰だったのかどうしても思い出せないと言ったの。一緒に何年もつるんでいたはずなのに、名前も顔も、ぽっかりと穴が空いたように抜け落ちていたそうよ」
てっきり僕はそのリーダーとやらが過去に起きた須藤の事件に不審な点があったことを供述したのだとばかり思っていた。けど、榊会長が口にしたのは全く逆の言葉だ。僕の隣でも志織が小首をかしげている。
「悠斗。異世界転生者は『記憶』に残らない。存在の核になる魂が異世界へ転移するから」
「誰も覚えてないってこと?でも須藤のデータはここにあるよね?」
「『記録』は残る。遺体も。でも、それが誰で、誰かとどういう繋がりがあったのかという、存在の意味が消失する」
麗奈の言葉が意味するのは……事件の記録や過去の逮捕歴は残っているけど、仲間であったトクリュウのリーダーさえ須藤のことを覚えていなかった……ということだろうか?
例え20年前のことであったとしても、自分達の仲間が殺害されたら記憶に残っているのが当然のはず。それなのに、供述に名前が出てこない……?
「弓月さんが説明した通りよ。異世界転生者はその存在を定義づける魂がこの世界から連れ去られる。それ故に残された者には死んだのが誰なのかを認識出来ない。仲間も、友人も、家族さえも。手元に残された写真にその人物は写っていても、それが誰なのか……家族ですら覚えていない。異世界転生とはそういうことなの」
「それは……辛い話ですね」
「ええ。でも、意味の喪失が起きることで、総合学部は異世界転生を認知できるわ」
僕は辛い話だと口にしたけど、本当に辛いのは転生した人物なのか、それとも残された人達なのか。何故か脳裏にそんな小さな引っかかりを感じた僕は……自分でもその疑問に対する心の整理を付けられなかった。




